クロマグロの若魚期初期における高い産熱能力が体温形成に寄与していることを発見
2025年5月29日
東京大学
発表のポイント
◆クロマグロは若魚期(約20~40cm)に、体温を周囲の水温より高く維持する能力(内温性)が発達するが、この体温形成には、身体の熱の保持能力の発達だけでなく、熱の産生能力が発達することも重要であることを発見しました。
◆特に若魚期初期において、産熱能力が発達し、体温形成の初期段階において重要な役割を果たすことが示されました。遊泳中の代謝速度、血合筋重量、心室重量といった産熱能力に密接に関連する生理形質が若魚期初期に特異的に増加していることを確認し、この時期に高い産熱能力を示すことを裏付けました。
◆本研究は、クロマグロだけでなく、マグロ類の内温性発達における産熱能力の役割に新たな視点をもたらし、内温性の進化過程を解明する上で重要な知見を提供することが期待されます。
アーカイバルタグを装着したクロマグロと、代謝計測中のクロマグロ
概要
東京大学の北川貴士教授と阿部貴晃特任研究員(研究当時)、福家真帆大学院生(研究当時)を中心とする研究グループは、クロマグロが若魚期初期に体温を急速に発達させ、その発達過程には代謝産熱(注1)の発達が寄与していることを明らかにしました。
クロマグロは高い代謝産熱を保持することで、水温よりも高い体温を保つことができる内温性魚類です。一方で、この内温性は生得的なものではなく、成長とともに形成されていきます。本研究では、体温が急発達する時期のクロマグロの熱収支を計算し、この時期に高い代謝産熱を示し、高い代謝産熱が体温形成に重要な役割を果たすことを明らかにしました。また、代謝速度や筋肉、心室重量を計測し、この時期に産熱能力が発達することを示しました。本研究の発見は、内温性魚類の体温形成過程について新たな知見を提供し、マグロ類だけでなく、ネズミザメ類や他の内温性魚類の進化過程を考察していく上でも重要な知見となることが期待されます。
発表内容
【研究の背景】
魚類のほとんどは体温が外部の環境温度に依存する外温動物ですが、マグロ類やネズミザメの仲間などは、自身の代謝熱を保温することで、特定の組織や器官を水温よりも高く維持することができます(局所内温性)。これらの魚は内温性魚類と呼ばれ、マグロ類の中でもクロマグロは高い体温を示し、近年の研究により、クロマグロは若魚期(尾叉長20~40cm)に内温性を急発達させることがわかってきました(図1)。
図1:体温と水温の時系列データ(上)とその差の時系列データ(下)
これまでの研究では、内温性発達のメカニズムとして、熱保持能力の向上が主に注目されてきました。しかし、高い体温の維持には、熱の産生能力も不可欠であり、産熱能力の発達パターンと内温性への寄与については、十分に理解されていませんでした。そこで、本研究は、若魚期における産熱能力の発達様式と内温性発達との関係を明らかにすることを目的としました。
【研究の内容】
本研究では、クロマグロの若魚に小型の行動記録計を装着し、体温、水温を記録し、成長に伴った体温の発達を調べました。そして、得られた体温、水温データを用いて熱の収支を計算し、産熱速度(産熱能力の指標)と全身熱交換係数(熱保持能力の指標)を推定し、各時点での体サイズと比較しました。その結果、体温と水温の差ができ始める若魚期初期(20〜35cm)に、高い産熱速度を示すことが明らかとなりました(図2)。さらに、理論的には、体温と水温の差は産熱能力と熱保持能力の比により決まることから、これらの値から産熱能力が体温と水温の差にどの程度寄与するのかを計算しました。その結果、高い産熱能力が若魚期初期の体温形成に重要であることがわかりました(図2)。
図2:成長と産熱速度の関係(左)と産熱速度と熱の交換速度から推定された体温と体サイズの関係(右)
また、若魚期における高い産熱能力の生理的基盤を明らかにするために、遊泳実験による代謝速度測定と、血合筋および心室重量の測定を行い、体サイズとの関係を調べました。その結果、これらの形質は以降の成長段階と比較して高い増加率を示しており、若魚期における高い産熱能力は血合筋や心室の発達が基盤にあることが考えられました。
【今後の展望】
内温性魚類は古くから研究がされていますが、成長に伴った体温形成過程は十分に理解されていませんでした。しかし、本研究により、クロマグロの産熱能力の発達パターンと、体温形成への寄与が明らかとなりました。今後は、他のマグロ類の体温形成過程と比較することで、マグロ類の内温性の進化の解明につながることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院新領域創成科学研究科 自然環境学専攻/大気海洋研究所 海洋生命システム研究系
北川 貴士 教授
大気海洋研究所/大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻
福家 真帆 研究当時:博士前期課程
日本大学生物資源科学部 海洋生物学科
阿部 貴晃 研究員/日本学術振興会特別研究員-PD
研究当時:東京大学大気海洋研究所 特任研究員
東海大学海洋学部 海洋生物学科
藤岡 紘 特任准教授 研究当時:水産研究教育機構水産資源研究所
京都大学フィールド科学教育研究センター
野田 琢嗣 研究員
海遊館
飼育展示部魚類環境展示チーム 海洋生物研究所以布利センター
入野 浩之 主任
飼育展示部魚類環境展示チーム
北谷 佳万 サブマネージャー
水産研究・教育機構水産資源研究所
福田 漠生 グループ長
デンマーク工科大学
Morten Bo Søndergaard Svendsen Scientific consultant
研究当時:コペンハーゲン大学 PhD-Fellow
コペンハーゲン大学
John Fleng Steffensen 教授
論文情報
雑誌名:Frontiers in Physiology
題名:Juvenile-specific high heat production contributes to the initial step of endothermic development in Pacific bluefin tuna
著者名:Takaaki K. Abe*, Maho Fuke, Ko Fujioka, Takuji Noda, Hiroyuki Irino, Yoshikazu Kitadani, Hiromu Fukuda, Morten Bo Søndergaard Svendsen, John Fleng Steffensen, Takashi Kitagawa
DOI: 10.3389/fphys.2025.1512043
URL: https://doi.org/10.3389/fphys.2025.1512043
研究助成
本研究は、科研費「内温性形成に伴ったマグロ族の温度生理特性の変化の解明(課題番号:23K14004)」、戦略的創造研究推進事業CREST「長距離ナビゲーション動物が獲得した超感覚統合メカニズムの解明(課題番号:JPMJCR23P2)」、水産庁「水産資源調査・評価推進委託事業 (国際水産資源動態等調査解析事業)」、笹川科学研究助成「内温性形成がクロマグロ若魚における代謝速度の水温依存性に与える影響の評価(課題番号:2023-4027)」の支援を受けて実施された。
用語解説
問合せ先
東京大学大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所
教授 北川 貴士(きたがわ たかし)
E-mail:takashik◎aori.u-tokyo.ac.jp ※「◎」は「@」に変換してください