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荒波と暴風の中で飛び立つアホウドリ ―局所的な環境条件が海鳥へ与える影響とは?―

2023年10月11日

東京大学

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研究成果

発表のポイント

◆地球上で最も大きな飛翔性海鳥であるワタリアホウドリの飛び立ちが風や波の存在によって大きく助けられていることを明らかにした。
◆気象観測や気象予報モデルでは分からないワタリアホウドリの周辺の局所的な風や波の大きさを、海鳥自身の行動記録から推定し、飛び立ちへの影響を調べた。
◆広大な海を長距離移動できる海鳥と気象の関係の理解が進み、気候変動による海鳥への影響をより詳しく予想できることが期待される。

動物搭載型の行動記録計を装着したワタリアホウドリ(撮影:後藤佑介)

発表概要

東京大学大気海洋研究所の上坂怜生特任研究員、坂本健太郎准教授、佐藤克文教授らからなる研究グループは、ワタリアホウドリ(Diomedea exulans注1)という世界最大の飛翔性海鳥が海面から飛び立つ際には目的地の方向に関わらず一度風上を向くこと、風が強いほど飛び立ちが容易になること、さらに、意外なことに風が強くなくても波が高ければ飛び立ちが容易であることを明らかにしました。海鳥と海洋環境の関係を調べるのは重要です。しかし、海洋環境を観測する手段には限りがあるため、海鳥の秒単位でめまぐるしく変わる行動に対して風や波がどのように作用しているのかを調べるのは非常に困難でした。本研究グループはこの問題を、海鳥自身の行動記録(注2)からその周辺の海洋環境を推定することで解決しました。

ワタリアホウドリにとって非常に体力を消耗する行動である飛び立ちが海洋環境によって大きく変化するという事実は、彼らに対する気候変動の重要性を際立たせます。また、風のみならず波の存在までもが海鳥に有利に働いていることはこれまでに確かめられたことがない新たな発見です。この研究により、アホウドリ類やミズナギドリ類(注3)の飛行に対する理解がさらに深まり、気候変動が海鳥に与える影響をより正確に予測できるようになることが期待されます。

発表内容

〈研究の背景〉
海洋に住む生物は、風や波などさまざまな環境から影響を受けながら生活しています。気候変動によって地球環境が変化している時代に、このような動物と自然の関わり合いを調べるのは非常に重要です。しかし、例えば海鳥がある場所を飛んでいたとして、そこにどのような風が吹いていたのかを知ろうとすると、これは非常に困難です。なぜなら、海洋で気象観測が行われている場所には限りがあり、海鳥がたまたまその観測点を飛んでいない限りその海鳥の周辺環境は分からないからです。海洋のある場所についてピンポイントで、特定の時間の風の強さや波の高さを調べるのは、気象予報モデルなどの計算能力が向上している現代でも簡単ではありません。渡り鳥の経路のように時空間スケールの大きな行動を調べる場合には、調査動物と気象観測の間にある場所や時間のずれはある程度無視することができますが、海鳥の一瞬の飛び立ちなど、秒単位で変化する行動を調べようとするとこの問題はより顕著になります。

海鳥にとって飛び立ちは非常に重要です。なぜなら、飛び立つ時には海面から自分の体を浮かせるために翼と脚を必死に動かす必要があり、ちょうど人間の全力疾走のように非常に体力を消耗するからです。特に、普段は風の力を利用してほとんど体力を使わずに飛んでいるアホウドリ類のような海鳥にとっては、飛び立ちが1日の中で最もエネルギーを消費する瞬間であり、1度の旅で消費するエネルギー量が飛び立ちの回数に左右されてしまう程です。そのため、飛び立ちが風や波から受ける影響を調べることは、気候変動が起こっている中での海鳥の将来を予想するための鍵を握っています。

〈研究の内容〉
本研究グループは、世界で最も大きな飛翔性海鳥であるワタリアホウドリに小型の行動記録計を装着することで移動経路や体の動きを記録し、彼らの飛び立ちを調べました。そして、飛び立ちの瞬間の風の強さや波の大きさを、飛び立ち直前の海上での動きや飛び立ち直後の飛行経路から推定しました。ワタリアホウドリが海面に着水している間は、自分から体を動かすことがあまりないため、基本的には波に任せてブイのように漂っています。そのため、浮かんでいるときの上下方向の運動をGPSの記録を元に調べることで波の高さを計算することができます。また、ワタリアホウドリの飛行は前述の通り風の力を利用しており、飛行スピードや飛行方向が風に大きく依存します。そのため、飛行経路を詳細に調べることで、風の強さと方向を逆算することができます。これらの方法によってこの研究では一般的な観測値や気象予報モデルでは入手できないワタリアホウドリの周辺の局所的な海洋環境条件を推定しました。飛び立ちがどの程度容易にできたかは、翼や脚の運動量を調べることで判断しました。ワタリアホウドリに装着した小型の行動記録計には、加速度計と呼ばれる、体の動き(揺れ)を記録するセンサーが搭載されています。ワタリアホウドリが飛び立ちを始めると、加速度計には翼の運動に起因する上下方向の揺れや脚の運動に起因する横方向の揺れが記録されます。これにより、羽ばたきの回数や離水までにかかった時間といった、飛び立ちの労力の指標を求めることができます。つまりこの研究では、ワタリアホウドリに装着した行動記録計から、「波・風・飛び立ちの労力」の3つを推定するというアイデアを実現しています(図1)。

図1:研究アイデアの概念図

この研究の結果、海洋環境条件と飛び立ちの労力、例えば波の高さと離水までにかかった時間を比べると、波が高ければ高い程より短い時間で飛び立てることが分かりました。飛び立ちの労力を評価したほかの指標を見ても、基本的に風が強く波が高い場合には少ない羽ばたきで素早く飛び立てることが分かりました(図2)。つぎに、風と波が飛び立ちに与える複合的な影響を調べるため、飛び立ち時の環境条件を風の強弱と波の高低で4つのグループに分けて比較しました。すると、風と波の両方が弱い場合にのみ飛び立ちに必要な労力が増え、風か波のどちらか一方さえ強ければ容易に飛び立てていることが判明しました(図3)。線形混合モデル(注4)を用いたシミュレーションでも同様の結果が得られ、ワタリアホウドリの飛び立ちが風と波の両方の存在に助けられていることが明らかになりました。さらに、ワタリアホウドリは目的地の方向に関わらず風上の方向(向かい風)に飛び立つことも確かめられました(図4)。

図2:ワタリアホウドリが飛び立ちに要する労力と環境条件(波高・風速)の関係

飛び立ちを開始してから海面を離れるまでの時間(上段)や飛び立ち時の羽ばたきの回数(下段)が波高(左列)や風速(右列)が大きくなるにつれて減少していることが分かります。

図3:飛び立ちに要する労力に対する波高と風速の複合的な影響

飛び立ち時の環境条件を風の強弱と波の高低で4つのグループに分けて比較した結果、風と波が両方とも弱い場合(WL)にのみ飛び立ちに要する労力が大きい結果となりました。風は弱いが波が高い場合(WH)や逆に風は強いが波が低い場合(SL)、風と波の両方が強い場合(SH)には労力が小さくなっています。×印は各グループの平均値を表しています。

図4:風向に対する相対的な飛び立ち方向

風向に対する相対的な飛び立ち方向を表した黒丸の分布が0゚(向かい風)の方向に偏っており、ワタリアホウドリは風上に向かって飛び立つ傾向が高いことが分かります。また、灰色の×印は飛び立ち後5分間に移動した方向を表しており、必ずしも向かい風方向には偏っていないことが分かります。つまり、ワタリアホウドリは行き先に関わらず飛び立つ際には一度風上の方を向くということを意味しています。円の半径は風速を表しています。

風が強いと飛び立ちが容易になる理由は、ワタリアホウドリが風上を向いて飛び立つと風が強い時には翼が風を切る速度がよりあがり、大きな揚力(注5)を獲得できるためだと考えられます。また、波が飛び立ちを容易にする理由は完全には明らかにはなっていませんが、波の形状により風が弱い時にでも飛び立ちに好ましい上昇気流が生み出されている可能性が考えられます。

〈今後の展望〉
これまで、アホウドリ類やミズナギドリ類などの海鳥が飛行する際には波の形状によって生み出された特別な上昇気流を利用しているという説が提唱されていましたが、これを確かめた実験は存在していませんでした。本研究はワタリアホウドリの飛び立ちが波によって容易になっていることを実験的に示すものであり、その後の飛行にも波浪が大きく関係している可能性を力強くサポートしています。この研究により海鳥の特殊な飛行様式の謎がさらに解明されていくことが期待されます。また、ワタリアホウドリにとって非常に体力を使う行動である飛び立ちの労力が海洋環境によって変わるのであれば、気候変動に伴って彼らの生息域が大きく変化することも予想されます。飛び立ちに伴うエネルギー消費量の計算がさらに進めば、海洋生態系の将来の予想や保全の計画をさらに適切に行うことができると考えられます。

〈関連のプレスリリース〉
「海鳥は野生の風速計 ~滑空する海鳥の飛行から海上の風向・風速を観測する~」(2016/7/26)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2016/20160726.htmlこのリンクは別ウィンドウで開きます

研究グループ

国立大学法人東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門
 上坂 怜生 特任研究員
 坂本 健太郎 准教授
 佐藤 克文 教授

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 大学院環境学研究科 地球環境科学専攻
 後藤 佑介 准教授
  研究当時:東京大学 大気海洋研究所 特任研究員

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 航空技術部門
 成岡 優 主任研究開発員

フランス国立科学研究センター シゼ生物学研究センター
 アンリ ヴァイマースキルチ 研究部長

論文情報

雑誌名:eLife(2023年10月10日付)
題 名:Wandering albatrosses exert high take-off effort only when both wind and waves are gentle
著者名:*Leo Uesaka, Yusuke Goto, Masaru Naruoka, Henri Weimerskirch, Katsufumi Sato, Kentaro Q. Sakamoto
DOI:10.7554/eLife.87016.3
URL:https://elifesciences.org/articles/87016このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、科研費・基盤研究A「海洋高次捕食者のエネルギー収支を指標とした環境アセスメント手法の開発(課題番号:17H00776)」、国際先導研究「国際的なバイオロギング研究の先導による人為起源海洋環境ストレッサーの影響解明(課題番号:22K21355)」、文部科学省CREST「サイバーオーシャン:次世代型海上ナビ機構」、東北マリンサイエンス拠点形成事業「海洋生態系変動メカニズムの解明」、日本科学協会 笹川科学研究助成「海面からどう飛び立つ?海鳥と波浪の関係を新しい波浪観測手法で明らかにする」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)ワタリアホウドリ
空を飛ぶことができる海鳥の中で最大の種であり、体重は10㎏前後、翼開長(翼を広げた時の大きさ)は3mにも及ぶ。南半球に広く分布し広大な行動範囲を持つ。
(注2)行動記録、行動記録計
動物にGPSなどのセンサーが搭載された小型のデバイスを装着して収集した、移動経路などの記録及びその装置のこと。
(注3)ミズナギドリ類
アホウドリ類と同じような飛行の方法をとる海鳥のなかま。分類としてはアホウドリ科とミズナギドリ科は共にミズナギドリ目に属する。
(注4)線形混合モデル
統計解析モデルのひとつ。本研究ではワタリアホウドリの個体差を考慮したうえで波高と風速(説明変数)が飛び立ちの労力(応答変数)にどの程度影響を与えるかを統計的に調べた。
(注5)揚力
飛行機や多くの鳥が空を飛ぶ際に必要な、翼に発生する持ち上がる力のこと。揚力の大きさは翼が風を切る速度の2乗に比例する。

問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門
特任研究員 上坂 怜生(うえさか れお)
E-mail:leo.uaori.u-tokyo.ac.jp    ※「◎」は「@」に変換してください。

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