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マアジの発育に伴う深い生息層への移行 ――耳石に刻まれた化学成分の変化から――

2022年10月12日

東京大学 大気海洋研究所
水産研究・教育機構 水産資源研究所

発表のポイント

◆マアジの耳石に含まれる酸素安定同位体比から、東シナ海におけるマアジの近底層への生息層の移行を明らかにしました。
◆マアジは、稚魚に変態する前から生息層を徐々に深くし、約1ヶ月かけて近底層へと生息層を移行させることがわかりました。
◆近底層への移行中に成長速度が最大となっており、より栄養価の高い餌料を求め、近底層へと移行していることが推測されました。

発表者

榎本 めぐみ(東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻 博士課程)
伊藤 進一(東京大学大気海洋研究所 教授)
髙橋 素光(水産研究・教育機構水産資源研究所 主幹研究員)
白井 厚太朗(東京大学大気海洋研究所 准教授)

発表概要

マアジは小型浮魚類(注1)として知られていますが、成長とともに生息層を深くし、体長が5cmに達するころには、70~140m付近の近底層(注2)へと生息域を移行させることが過去の調査から明らかにされています。しかし、短期間で移行するのか、それとも徐々に移行するのかはわからず、また何が近底層への移行を誘発しているのか不明なままでした。

そこで、東京大学大気海洋研究所の伊藤進一教授、白井厚太朗准教授、水産研究・教育機構水産資源研究所の髙橋素光主幹研究員らを中心とする研究チームは、マアジの耳石(注3)に含まれる酸素安定同位体比(注4)を測定することで、マアジの近底層移行の実態を調べました。その結果、マアジは、稚魚に変態する前から徐々に生息層を深くし始め、約1ヶ月かけて徐々に近底層へと生息層を移行していることがわかりました。また、栄養状態が良くないマアジほど近底層を早めている傾向が確認されたことから、表層の餌料だけでは十分な成長を支えるエネルギーを得られなかったマアジが、より栄養価の高い餌料を求めて近底層移行しているという仮説を提案しました。

本研究成果は、2022年10月12日(英国夏時間)に英国科学誌「Progress in Oceanography」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

<研究の背景と問題点>
マアジは、マイワシ、カタクチイワシ、マサバ、サンマなどと同様に小型浮魚類の一種であるにもかかわらず、他の小型浮魚類とは異なる生態を示すことが知られていました。それは、体長が5cmに達するころには、近底層に生息域を移行させるという生態です。東シナ海において、マアジの産卵場は南部の台湾北東沖合の海域に形成されます。東シナ海の表層を調査すると仔魚が採集されますが、大陸棚上の70~140m付近の近底層をトロール網で調査すると体長5cmを超す稚魚が採集されます。これらのことから、成長とともに、近底層へと生息層を深くしていることがわかっていましたが、小さな仔魚から稚魚の時期に魚体にセンサーを取り付けることもできず、どのくらいの期間をかけて近底層へ移行しているのか、また、何が近底層移行を制御しているのか不明なままでした。

<研究内容>
この研究では、マアジの内耳に含まれる炭酸カルシウムの結晶である耳石の酸素安定同位体を分析することで、マアジの近底層移行の様子を調べました。マアジの耳石には1日1本の日周輪が形成されるため、日周輪を解析することによって採集したマアジの日齢と孵化日がわかります。日周輪約10日分ずつの耳石を精密ドリルで切削し、削り取られた耳石粉に含まれる酸素安定同位体比を分析しました(図1)。耳石に含まれる酸素安定同位体比は、耳石に炭酸カルシウムの結晶が沈着する際の海水に含まれる酸素安定同位体比と、水温に依存することが知られています。また、海水に含まれる酸素安定同位体比は、塩分と比例関係にあることが知られています。つまり、耳石に含まれる酸素安定同位体比は、水温が低いほど、また塩分が高いほど、高い値を示します。海洋では一般的に、表層が暖かく低塩分、深い下層に行くほど低水温、高塩分となり、酸素安定同位体比が高くなります。この特徴を利用して、成長に伴う耳石の酸素安定同位体比の増加様式からマアジの近底層移行を検出することを試みました。

酸素安定同位体比の増加から、孵化後約23日齢から近底層移行を開始し、約31日間かけて近底層移行していることが推定されました(図2)。分析に用いたマアジが仔魚から稚魚へと変態したのは孵化後約28日齢の時と推定されたため、マアジは稚魚へと変態する前にすでに近底層移行を開始していることがわかりました。また、耳石の日周輪の幅から成長速度を推定することができます。この方法を用いて成長速度が最大となる時期を求めたところ、近底層移行中の孵化後約42日齢で成長速度が最大となっていました(図3)。

近底層移行開始時期、最盛期、終了時期と関連がある要素を調べた結果、体長、成長速度、稚魚変態日齢などが関係していることわかり、同じ日齢で比較すると体長が大きい割に成長速度が低いマアジが、早い時期に近底層移行を始めることがわかりました。これらの結果から、栄養状態が良くないマアジほど近底層を早めていることが推測され、表層の餌料だけでは十分に成長を支えるエネルギーが得られなかったマアジが、より栄養価の高い餌料を求めてより早期に近底層移行しているという仮説を提案しました。

<社会的意義と今後の展望>
本研究によりマアジの近底層移行の概要を把握することができました。また、マアジが餌料を求めて近底層へと生息層を移行しているという仮説を提案できました。この仮説が正しければ、近底層の餌料環境がマアジにとってとても重要であることが推察されます。地球温暖化の進行によって変化する海洋環境の中で、東シナ海陸棚域の近底層も環境変化が予測されます。将来にわたって持続可能なマアジの利用を実現するために必要な、漁業管理手法の開発に本成果が役立つと期待されます。

また、本研究で用いた耳石の酸素安定同位体比による生息層の推定は、他海域のマアジ、そして他魚種の生態解明に貢献することが期待されます。

本研究は、科研費 新学術領域研究「海洋混合学の創設:物質循環・気候・生態系の維持と長周期変動の解明」(課題番号:JP15H05823)、科研費「サンマ初期生活史の回遊経路の非連続性と分布沖合化維持機構の解明(課題番号:JP21H04735)」、科研費 学術変革領域研究(B)「生物地球化学タグによる回遊履歴復元学の創成(課題番号:JP22H05030)」、JST次世代研究者挑戦的研究プログラムJPMJSP2018の支援により実施されました。この論文は水産庁水産資源調査・評価推進委託事業による成果の一部を活用しています。

発表雑誌

雑誌名:「Progress in Oceanography」(10月12日付)
論文タイトル:Vertical habitat shifts of juvenile jack mackerel estimated using otolith oxygen stable isotope
著者:Megumi Enomoto, Shin-ichi Ito*, Motomitsu Takahashi, Chiyuki Sassa, Tomihiko Higuchi and Kotaro Shirai
DOI番号:10.1016/j.pocean.2022.102897
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1016/j.pocean.2022.102897このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生物資源部門
教授 伊藤 進一(いとう しんいち)
E-mail:goitoaori.u-tokyo.ac.jp    ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1:小型浮魚
マイワシ、カタクチイワシ、マサバ、ゴマサバ、マアジ、サンマなど、海洋表層に分布する小型魚の総称。
注2:近底層
東シナ海のマアジは、体長が5cmに達するころには着底トロール網を用いて採集されるため、海底から10m以内の近底層に多く分布していると考えられる。
注3:耳石
魚類の内耳の中で形成される、炭酸カルシウムを主成分とする結晶。多くの魚類で1日に1本の日周輪を形成しながら少しずつ大きくなり、その化学成分は周囲の環境や魚の代謝量によって変化する。日周輪の輪紋の数を数えることで孵化後の日齢を知ることができるほか、化学分析によって魚類が経験した環境を調べることができる。
注4:酸素安定同位体比
酸素原子の中には、同じ元素でありながら、わずかに重さの異なる酸素原子が存在する。原子の重さの指標となる質量数が16のものが自然界の大半を占めるが、17や18のものもわずかに存在する。本研究では、耳石に含まれる酸素原子の中で、質量数が16の原子に対する18の原子の割合(δ18Oと表記する)を調べた。耳石のδ18Oは、周囲の海水のδ18Oと水温によって変化することが知られている。また、海水のδ18Oは塩分とともに増加するため、耳石のδ18Oは結果として、塩分が高いほど、水温が低いほど、増加することになる。

添付資料

図1. マアジの耳石の切削位置(上)と酸素安定同位体比分析結果(下)の例。マアジの耳石に刻まれた日周輪をもとに、孵化後20日間に形成された部分(赤色)、その後は10日間毎に形成された部分を割り出し(橙色から紺色)、精密ドリルで切削し集めた耳石粉の酸素安定同位体比を測定。酸素安定同位体比の増加から近底層移行している期間を推定。

図2. マアジの近底層移行の概念図。横軸の数字は体長、括弧内の数字は孵化後日齢を、縦軸は深度を示す。

図3. マアジの近底層移行の時期と稚魚への変態、成長速度が最大になる日齢の比較。上から稚魚への変態日齢、成長速度が最大となる日齢、近底層移行が開始する日齢、近底層移行が最も顕著となる日齢、近底層移行が完了する日齢。箱の中の縦線が中央値、箱の両端が25および75パーセンタイル、横線はデータの存在範囲、黒点は外れ値を示す。

プレスリリース