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人新世の開始時期を決定する正確なマーカーを提唱 ――第五福竜丸事件の核実験の痕跡を 別府湾堆積物と石垣島サンゴの極微量同位体から発見――

2022年7月1日

東京大学 大気海洋研究所
愛媛大学

研究成果

発表のポイント

◆現在、議論が行われている人新世(注1)について、その開始時期を正確に決めることができる手法を発見しました。
◆年輪を刻む北太平洋のサンゴ骨格に残された1950年代のマーシャル諸島での核実験の僅かな痕跡の検出と、精密な古水温変動解析によって、別府湾の堆積物が人新世を記録した世界標準となりうる可能性を示唆しました。
◆今年度中に議論が行われる人新世の定義と国際的な模式地の決定について、別府湾堆積物の重要性を示す貴重なデータとなります。

発表者

横山 祐典(東京大学大気海洋研究所 教授)
平林 頌子(東京大学大気海洋研究所 講師)
阿瀬 貴博(東京大学大気海洋研究所 技術専門職員)
宮入 陽介(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
加 三千宣(愛媛大学沿岸環境科学研究センター 准教授)

発表概要

東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授らの研究チームは、愛媛大学沿岸環境科学研究センターの加三千宣准教授やオーストラリア国立大学の研究者らとともに、別府湾の堆積物(図1)に極めて僅かに含まれる同位体のシグナルが、人新世の開始時期を示す重要なマーカーとなることを発見しました。

国際地質科学連合(IUGS)は最終氷期が終わり現在の環境になった1万1700年前からの地質時代を完新世としています。しかし、20世紀の半ばから世界の人口急増や経済の急拡大、工業活動の増大などに伴い、大気二酸化炭素レベルも急上昇しました。その結果、地球の気候に対して人類活動が影響をおよぼすというそれまでの地球の歴史にない時代が訪れています。したがって、IUGSでは現在の地質時代を完新世とは別の時代(Anthropocene:人新世)として区別しようと議論が進められており、日本の別府湾をはじめとし、カナダの湖やカリブ海のサンゴ、それに南極の氷など12の地点がその「国際標準模式地」(GSSP)(注2)として最終候補に残っています。日本からは愛媛大学の加准教授が中心になって別府湾の承認を目指して研究を続けています(関連論文1項参照)。このプロセスで重要なのは人新世の開始時期を明確に決めることのできる年代マーカーの検出です。人新世は核の時代といわれている時期と重なるために、大気核実験起源のマーカーを使うことが有効であるだろうということは検討されていましたが、1963年の部分的核実験禁止条約(PTBT)発効後50年を以上経て、当時の痕跡が微弱になってしまった今、天然試料中からシグナルを検出することは困難を極めていました。

そこで横山教授らの研究グループでは、東京大学大気海洋研究所とオーストラリア国立大学の2つの加速器質量分析装置(AMS)(注3)を使って(図2)、極めて微量の放射性核種を分析する技術を用い、サンゴ骨格と堆積物中にそれぞれ含まれている炭素14とプルトニウムの同位体を高精度で分析しました(図3図4)。その結果、第五福竜丸の被曝事件でも知られている1954年のマーシャル諸島での水爆実験のシグナルを正確に捉え、月から年単位でその変動を復元することに成功し、当時世界各地で観測されたPTBT発効と同時期の1963年に起こった急激な放射性物質の拡散の減少に至るまでの履歴を正確に捉えられることができました。また、このような精密な分析を用いたとしても2011年の福島第一原発(FDNPP)事故の前後での同位体の変化は検出できず、同事故の汚染は広範囲には影響を及ぼしていないこともわかりました(図4)。

本研究の成果は、現在議論が続けられていて今年中にも国際会議で決定されることが予測されている新しい地質時代である人新世について、別府湾の堆積物が国際標準の試料として最適であることを示しています。標準模式地として指定を受けることが期待されます。

本研究成果は、2022年7月1日午前10時(英国夏時間)に「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

恐竜が絶滅したタイミングが白亜紀の終わりとされているように、地質年代は環境の変化に対して国際的に決定されてきました。IUGSでは現在の環境になった1万1700年前からの地質時代を完新世としており、その開始時期はグリーンランド氷床の氷の記録の年層に基づいて決定されています。しかし、20世紀の半ばから世界の人口急増や経済の急拡大、工業活動の増大などに伴い、大気二酸化炭素レベルも急上昇しました。その結果、地球の気候に対して人類活動が影響をおよぼすというそれまでの地球の歴史にない時代が訪れており、完新世の終わりを定義して、現在を人新世という新しい地質時代として定義しようという気運が国際的に高まっています。その国際標準模式地として世界中から湖や氷の記録などがある12地点が候補に挙がっています。九州の東部に位置する大分県の別府湾とその海底堆積物もその一つとなっています。この海域の特徴は、海底の地形の影響で堆積物が乱されずに保存されていることであり、現在有力な候補の一つとなっています(図1)。

模式地とされるために重要なポイントは正確な年代マーカーの検出です。人新世の開始時期とされる20世紀の半ばは、核の時代の到来とも重なることから、大気圏核実験のシグナルをその開始の年代の定義に使うことが良いのではないかということが議論されてきました。1950年代には米国やソビエト連邦などにより大気核実験が盛んに行われていました。特に太平洋のマーシャル諸島に存在した太平洋核実験場(PPG)では1946年から1962年にかけて大気圏内核実験が行われていました。しかし、日本の故猿橋勝子博士と故三宅泰雄博士の海水の分析研究結果などをもとに、表層環境への影響が懸念されたこともあり、1963年に部分的核実験禁止条約(PTBT)が発効しました。しかし50年以上たった現在、残存する放射能は極めて微弱であり、PPGから遠く離れた日本周辺の北西太平洋での天然試料中に残る当時の核実験のシグナルの検出は極めて難しい状況にありました。

今回研究グループは、加速器質量分析装置(AMS)を用いた分析を行うことで、この困難を乗り越えました(図2)。堆積物中に含まれるプルトニウムの同位体を、オーストラリア国立大学に設置されている大型のタンデム加速器を用いて分析したところ、1950年代後半から1960年代のピークを正確にとらえていました。一方で、2011年のFDNPP事故に相当する変化は全く認められませんでした。また、堆積物の年代の高精度決定を行うために、同じ黒潮流域に位置する石垣島のサンゴ骨格の年輪の分析も東京大学大気海洋研究所に設置されている日本で唯一のシングルステージ加速器質量分析装置を用いて高精度で分析を行いました(図2)(関連論文2項参照)。

その結果、石垣島のサンゴ骨格に残された炭素14の変化は(図3)、第五福竜丸の被曝事件でも知られているPPGで行われたキャッスル作戦のブラボー実験によるものだということが判明し(関連論文3項参照)、そのシグナルとプルトニウムの同位体比を比較して検討することで、極めて正確に別府湾の堆積物のシグナルのタイミングを決定しました(図4)。また、近隣で採取された2本目の堆積物試料も分析したところ、ピークが同様に捉えられ、この研究で提案した手法を使うことで、正確に年代決定を行うことが可能であることを示しました(図4)。

これらのデータは、別府湾堆積物試料が人新世の環境のレコーダーとして極めて優れたアーカイブであることを示したものです。別府湾の堆積物は完新世の開始時期を含めた長期間の環境変遷の記録も含んでいることで、サンゴ骨格などでは捉えられない長期間の環境変遷の履歴を復元することができます。今回の研究成果はIUGSの会議での模式地の選定のための必須条件を提示できただけではなく、別府湾の堆積物試料を用いて地球環境変化について正確に追跡することが可能となり、将来の環境変化の予測にも貢献できるものと期待されます。

関連論文:

  1. Kuwae, M. et al. (2022) Human-induced marine degradation in anoxic coastal sediments of Beppu Bay, Japan, as an Anthropocene marker in East Asia. Anthropocene, 37, 100318.
  2. Yokoyama, Y. et al. (2019) A single stage Accelerator Mass Spectrometry at the Atmosphere and Ocean Research Institute, the University of Tokyo. Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section B, 455, 311-316.
  3. Hirabayashi, S. et al. (2017) Multidecadal oceanographic changes in the western Pacific detected through high-resolution bomb-derived radiocarbon measurements on corals. Geochemistry Geophysics Geosystems, 18, 1608-1617.

発表雑誌

雑誌名:「Scientific Reports」(7月1日付)
論文タイトル:Plutonium isotopes in the North Western Pacific sediments coupled with radiocarbon in corals recording precise timing of the Anthropocene
著者:Yusuke Yokoyama*, Stephen Tims, Michaela Froehlich, Shoko Hirabayashi, Takahiro Aze, L. Keith Fifield, Dominik Koll, Yosuke Miyairi, Stefan Pavetich and Michinobu Kuwae
DOI番号:https://doi.org/10.1038/s41598-022-14179-wこのリンクは別ウィンドウで開きます
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41598-022-14179-wこのリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋底科学部門
教授 横山 祐典(よこやま ゆうすけ)
E-mail:yokoyamaaori.u-tokyo.ac.jp   ※「@」は「◎」に変換してください

用語解説

注1:人新世(じんしんせい、英: Anthropocene)
パウル・クルッツェン博士らが2000年に提唱した新たな地質時代。2009年には地質時代を承認する国際地質科学連合に「人新世作業部会」が設置され、人新世を新たな地質時代区分として採用することが妥当であるかどうかが審議されています。
注2:「国際標準模式地」(GSSP)
国際地質科学連合は層序年代区分に対応する地質時代の境界とその境界の模式地を定めています。国際標準模式地はその特徴を最もよく捉えている地点として登録される場所です。
注3:加速器質量分析装置(Accelerator Mass Spectrometry:AMS)
炭素14(14C)やプルトニウム同位体など、サンプル中にごく微量しか存在しない核種を高精度で定量する分析装置。例えば炭素14は、地球表層に存在する炭素のうちの1兆分の1以下という極めて少ない量しか存在しません。そのため、測定の妨害となる核種を取りのぞくために、加速器質量分析装置が用いられます。本研究で用いたシングルステージ型加速器質量分析装置は日本で唯一、オーストラリア国立大学の大型タンデム加速器も世界で同型の装置が存在しない特徴ある装置となります。

添付資料

図1:別府湾と石垣島それにマーシャル諸島の位置。サンゴ骨格は石垣島で採取され、堆積物試料は別府湾から2本採取された。

図2:微量での高精度な年代測定が可能になった日本で唯一の東京大学大気海洋研究所に設置のシングルステージ加速器質量分析装置。(a)全景。(b)24万ボルトの加速部。右側はプルトニウムの分析に用いたオーストラリア国立大学の大型タンデム加速器質量分析装置。

図3:石垣島サンゴのX線写真によって年輪を正確に数えて年代を決定。さらに骨格から試料を削り出し、水温の指標である骨格中のストロンチウムとカルシウムの比率(Sr/Ca)を分析し、夏と冬を決定し、年代モデルのクロスチェックを行った。そして削り出した試料を東京大学大気海洋研究所設置のシングルステージ加速器質量分析装置(AMS)で炭素14を分析し、核実験起源のシグナルの検出に成功した。

図4:別府湾の堆積物試料(BMC19とBMC21)に残された人新世の重要なマーカーとなりうるプルトニウムのシグナル。1950年代半ばのキャッスル作戦のシグナルが明確に捉えられている。一方、2011年前後での変化は見られない。

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