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成長-回遊モデルによるマサバ初期成長への環境影響の解明

2022年6月21日

東京大学 大気海洋研究所

発表のポイント

◆マサバの成長―回遊モデルを初めて構築し、2002年から2016年におけるマサバ仔稚魚の成長の再現実験を行いました。
◆黒潮の北側に位置する仔稚魚は成長が早く、北側の仔稚魚の割合が高い年に、漁獲対象サイズまで達する割合が高まることが示されました。
◆仔稚魚の成長は、餌料の多寡に加え、黒潮流軸(注1)付近で発生する餌料の種類に依存することが示されました。

発表者

郭  晨穎(中国科学院南海海洋研究所 博士研究員、研究当時:東京大学農学生命科学研究科 博士課程学生)
伊藤 進一(東京大学大気海洋研究所 教授)
上村 泰洋(水産研究・教育機構水産資源研究所 主任研究員)
修   鵬(中国科学院南海海洋研究所 教授)

発表概要

マサバは、太平洋沿岸域に広く分布する重要な水産資源の一つですが、資源量は気候変動や漁獲圧の影響を受けて変動することが知られています。先行研究によって、孵化後の高水温が仔魚の生残に重要であることが示されていますが、逆に成長の良いマサバ稚魚ほど餌料の多い低水温帯に積極的に回遊していることも示されており、水温と餌料が仔稚魚へ与える影響については、不確定な部分が多く残されていました。

東京大学農学系研究科の郭晨穎大学院生(研究当時)と同大学大気海洋研究所の伊藤進一教授、水産研究・教育機構水産資源研究所の上村泰洋主任研究員、中国科学院南海海洋研究所修鵬教授らからなる研究チームは、マサバの成長-回遊モデルを初めて構築し、2002-2016年の再現実験を行いました。その結果、仔稚魚の移動経路は黒潮に大きく左右され、餌料の多い黒潮流軸の北側に位置する仔稚魚は成長が良くなることが示されました。また、漁獲対象サイズまで成長する資源尾数に相当する加入量と比較すると、黒潮流軸の北側に位置する仔稚魚の割合が多い年に加入量が高いことがわかりました。さらに、加入量は、黒潮流軸が房総半島に接近し沿岸暖水種の動物プランクトンが増えるときに増加しており、黒潮流軸付近で発生する餌料の種類が仔稚魚の成長に影響を与えていることが示されました。

発表内容

<研究の背景と問題点>
マサバは日本のみならず世界でも重要な水産資源の一つですが、例えば日本の太平洋側のマサバ資源にみられるように1970年代の増大期、1990年代の減少期、2010年代の増大期と数十年周期で10倍以上の変動を繰り返すことが知られています。マサバの資源変動には、漁獲圧の影響のほかに気候変動の影響があることが指摘されています。先行研究によって、孵化後の高水温が仔魚の生残に重要であることが示されていますが、逆に成長の良い稚魚ほど餌料の多い低水温帯に積極的に回遊していることや、親魚が産卵前に低水温を経験した場合に卵質が向上することなども示されており資源変動にとって水温と餌料のどちらが重要なのか、不確定な部分が多く残されていました。

<研究内容>
この研究では、マサバの成長-回遊モデルを初めて構築し、2002-2016年における仔稚魚の成長の再現実験を行いました。マサバの成長は、摂餌によって獲得したエネルギーと、呼吸代謝、消化、排出、排泄などの消費エネルギーの差によって計算しますが、各項目の体長、体重、水温、餌料密度などへの依存性は、先行研究の知見をもとに決定しました。回遊は、自身の遊泳、海流による移流・拡散から計算し、遊泳方向は最大成長できる方向とランダムな探索遊泳の混合と仮定しました。

再現実験では、産卵域は水深500~1000mでかつ海面水温が16℃以上の海域と仮定し(図1)、過去の研究から求まっている各年の産卵ピーク期の産卵域に卵を配置し、産卵期から稚魚に成長する6月8日までの成長-回遊を計算しました。モデルを駆動する環境データは、人工衛星から観測された海面水温、クロロフィル量(植物プランクトン量を指標)と海面流速場をもとに、緯度・経度1/12度の水平解像度で作成し、クロロフィル量からマサバ仔稚魚の餌料である動物プランクトン量を推定して用いました。動物プランクトン量は餌料の種類の変化は考慮していないため、餌料の摂餌の容易さを指標する餌料半飽和定数(注2)を年毎に調整して、先行研究によって得られている各年の成長変動を再現しました。

モデル内での成長パターンを調べるため、規格化した日間成長量を用いてクラスター解析(注3)を実施し、3つの成長パターンに分類しました。その結果、(クラスター1)主に黒潮流軸の南側に位置し、水温環境が安定しているものの、餌料環境が悪いために成長が遅いグループ、(クラスター2)主に黒潮の流軸上に位置し、黒潮によって沖へと運ばれ孵化後20~25日前後には黒潮続流(注4)北側の餌料豊富な環境を経験し成長が早いグループ、(クラスター3)孵化直後に沿岸の高餌料環境を経験し早い段階から成長が良く、その後黒潮によって沖へ運ばれ、黒潮続流北側の餌料豊富な環境を経験し成長が早いグループ、に大別されました(図2)。これらの結果は、黒潮流軸の南北の餌料環境の差異がマサバの成長に大きく影響しており、餌料の多寡が仔稚魚の成長にとって重要であることを示しています。

マサバの漁獲対象サイズまで成長する資源尾数に相当する加入量と比較すると、黒潮流軸の北側に位置する仔稚魚の割合が多い年に加入量が高いことがわかりました(図3)。つまり、黒潮流軸の南北の餌料環境の差異が生残にも大きく影響していることがわかりました。さらに、モデル内で摂餌しやすい餌料が多くなるほど加入量が増加することが、餌料半飽和定数と加入量の比較からわかりました(図4)。マサバの加入量は、黒潮流軸が房総半島に接近し沿岸暖水種の動物プランクトンが増えるときに増加しており、黒潮流軸付近で発生する餌料の種類がマサバの初期成長に影響を与えていることが示されました。

<社会的意義と今後の展望>
本研究により、黒潮の流軸の位置、餌料の多寡、餌料の種類がマサバの資源変動に影響をしていることが明らかとなりました。大きく変動するマサバの資源において、餌料のモニタリングが必要不可欠であることを明示しました。

また、マサバの成長-回遊モデルが構築されたことにより、将来の地球温暖化影響下における応答予測が可能となり、中長期的な資源評価に貢献することが期待されます。

この論文は水産庁水産資源調査・評価推進委託事業による成果の一部を活用しています。

発表雑誌

雑誌名:「Progress in Oceanography
論文タイトル:Evaluating the influence of environmental factors on the early life history growth of chub mackerel (Scomber japonicus) using a growth and migration model
著者:Chenying Guo, Shin-ichi Ito, Yasuhiro Kamimura, Peng Xiu
DOI番号:10.1016/j.pocean.2022.102821
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1016/j.pocean.2022.102821このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生物資源部門
教授 伊藤 進一(いとう しんいち)
E-mail:goitoaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1:黒潮流軸
本州南岸を流れる海流である黒潮の中で最も流速が早い部分を上流から下流に向かい線のようにつないだものを流軸と呼ぶ。
注2:餌料半飽和定数
餌料の分布密度Pが高い場合に摂餌量Cが増加する様子をモデルで表現するため、餌料半飽和定数Kを用いて摂餌量を、C=Cmax P / (K+P)と定義している。ここでCmaxは最大摂餌量を表す。餌料密度Pが餌料半飽和定数Kと同じ値になった際に、最大摂餌量の半分の摂餌量に達するため餌料半飽和定数と呼ぶ。餌料半飽和定数が小さい場合は、大きい場合より、摂餌量が高くなる。すなわち餌料半飽和定数が小さい場合は、食べやすい餌料が多いことを示す。
注3:クラスター解析
大量のデータがある際に、似た変動を示すものを集約し、複数個のグループに分類する解析方法。
注4:黒潮続流
東シナ海を抜け、日本列島の南岸を鹿児島から房総半島にかけて流れる黒潮が、房総半島から離岸して沖に向かい、蛇行しながら流れ出る海流を指す。黒潮続流を跨いで南側に暖水が、北側に冷水が位置し、顕著な水温前線が形成される。

添付資料

図1 . マサバ成長-回遊モデルの計算対象領域(上図)および初期産卵設定海域(下図)。上図の水色の矢印は2010年4月15日の流速場を示す。黒枠で囲んだ範囲は、先行研究でマサバ仔稚魚が採取され成長履歴が解析された調査海域。赤枠で囲んだ範囲は、初期産卵設定海域。下図の橙色の丸印は、産卵域は水深500~1000mでかつ海面水温が16℃以上であり、卵が配置された海域。

図2. マサバ成長-回遊モデルによって計算されたマサバ仔稚魚の分布。2002年~2016年のすべての計算結果をもとにクラスター解析によって成長パターンを分類した結果(左列:クラスター1、中列:クラスター2、右列:クラスター3)。上段から計算開始3日後、15日後、30日後、45日後の分布。色はマサバの体長を示す。

図3. 漁獲対象サイズまで成長するマサバの資源尾数に相当する加入量の対数値(橙色)と、黒潮流軸の北側に位置し成長の早い仔稚魚の数(水色)の比較。加入量は、平成 30 (2018) 年度マサバ太平洋系群の資源評価(http://abchan.fra.go.jp/digests2018/index.html)から用いた。

図4. 漁獲対象サイズまで成長するマサバの資源尾数に相当する加入量の対数値(赤色)、モデル内で成長が早いマサバ仔稚魚が経験した餌料密度(橙色)および餌料半飽和定数(緑色)の比較。

プレスリリース