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粒子追跡手法から明らかになった北太平洋深層水の行方

2022年4月25日

川崎 高雄(東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)
松村 義正(東京大学 大気海洋研究所 助教)
羽角 博康(東京大学 大気海洋研究所 教授)

発表内容

発表のポイント

◆南極周辺や北大西洋を起源とする深層水が、北太平洋をどのように流れてどこへ流出しているのかについて、深層水を模した粒子を追跡する計算を行って明らかにしました。
◆最新の知見を取り入れた太平洋深層循環のシミュレーション結果を用い、これまでに類のない膨大な数の粒子を追跡することで、深層水の行方についての定量的な見積もりを実施しました。
◆世界で最も高濃度の栄養塩を含む北太平洋深層水の行き先を明らかにしたことで、北太平洋の海洋生態系を維持するメカニズムやその将来予測に貢献すると考えられます。

発表概要

北太平洋には炭素や栄養塩などの物質が世界で最も多く溶け込んだ深層水が存在し、その行き先を明らかにすることは気候システムや海洋生態系を理解する上で重要です。東京大学大気海洋研究所の川崎高雄特任研究員、松村義正助教、羽角博康教授は、シミュレーションによって得られた海洋循環に対して粒子追跡手法を適用することで、南極周辺や北大西洋を起源とする北太平洋深層水の行方を明らかにしました。海洋シミュレーションは、太平洋深層での海水の流れの主要な維持メカニズムである、潮汐起源の深海乱流の効果について最新の知見を取り入れたもので、これまでで最も高い観測との整合性が確認されています。また、かつてないほど大量の粒子を長期間にわたって追跡することで、非常にゆっくりと流れる深層水の経路や行き先や所要時間について、定量的な見積もりが初めて可能になりました。北太平洋深層水は世界で最も多くの栄養塩を含んでおり、この研究で得られた結果は、北太平洋の海洋生態系・豊富な水産資源がどのようにもたらされているのかを知る手掛かりになります。

発表内容

<研究の背景・先行研究における問題点>
全球を1000年スケールでめぐる海洋大循環において、北太平洋は海面からの沈み込み域である北大西洋や南極周辺から最も遠く離れているため、炭素や栄養塩を多く含む世界最古の深層水が存在しています。そのため、北太平洋の深層水がどこへ流れていくのかを明らかにすることは気候システムや海洋生態系の理解に必要です。しかしながら、世界最大の面積を誇り、水温・塩分が比較的均質な北太平洋深層での海水の流れを観測から把握することは非常に困難であり、その実態解明が進んでいないのが現状です。
海水の行き先を明らかにする上で、海洋循環場と粒子追跡を組み合わせることは非常に有用な手段で、北太平洋の深層水をターゲットにこの手法を用いた研究がいくつか行われてきました。しかしこれまでの研究では、流量や滞留時間といった定量的な見積もりを行うには粒子の数が不十分で、用いられた海洋循環場も観測との整合性が低いものでした。最近、北太平洋深層循環の主要な維持メカニズムである深海乱流に関する最新の知見を取り入れた海洋循環シミュレーションによって、観測と整合する北太平洋深層循環を求めることに成功しました(文献1図1)。

<研究内容(具体的な手法など詳細)>
本研究では、北太平洋での深層水の流路や行き先について定量的に明らかするために、観測と整合性の高い最新の太平洋深層循環のシミュレーション結果(文献1図1上段)に粒子追跡手法を適用しました。
北太平洋の深層水は南大洋から流れ込んでおり、その入り口であるサモア水路付近(図2aの赤線)の3500 m以深で、そこを通過する海水の体積に比例する数の粒子を放出しました。約230万個の粒子がサモア水路付近から放出され、それが深層流によって運ばれる過程を3000年間追跡しました(図2)。太平洋深層水を模した粒子をこれほど膨大な数かつ長期にわたって追跡した例はこれまでありません。
粒子追跡の結果、深層水は3500m以深では地形に制約を受けながら北上し、北太平洋の西部に偏って上昇することが明らかになりました(図2)。さらに、深層水の一部は深さ2000-3500mで南大洋へ戻り、残りはさらに上昇してインド洋や北極海へ抜けていきました(図2)。このような経路を記述は、粒子追跡によって初めて可能になりました。
深層水の行き先の割合を算出するために、各流出先に到達した粒子数をカウントしました。その結果、北太平洋深層水の約半分が南大洋へ、30%がインド多島海を通過してインド洋へ、残りが北極海や海面蒸発によって大気に放出されることが明らかになりました(表1)。また、それぞれの行き先に、どれくらいの時間かけて到達したのかの時間も見積ることができました(表1)。その結果、深層水の太平洋での滞留時間は数百年スケールで、従来考えられてきた千年スケールよりもはるかに短いことが明らかになりました。このような定量的な見積もりは、膨大な数の粒子を追跡することで初めて実現しました。

<社会的意義・今後の予定>
本研究では約1000m以深の深海での海流を主なターゲットとしましたが、粒子追跡に用いた海洋シミュレーションの結果は、黒潮や親潮など日本近海の表層を流れる主要な海流の再現には若干難のあるものでした。特に、北太平洋の深層水に溶け込んでいる世界で最も高濃度の栄養塩が、表層の海洋生態系にどのように影響していて将来どのように変化していくのかを明らかにするために、今後はこれら表層海流をよく再現できる高精度シミュレーションに取り組んでいく予定です。

本研究は、科研費・新学術領域研究「海洋混合学の創設:物質循環・気候・生態系の維持と長周期変動の解明」における計画研究「鉛直混合を取り入れた海洋循環・物質循環・気候モデル開発と影響評価(課題番号 JP15H05825)」及び科研費「粒子追跡による海洋物質循環・生態系モデリング手法の構築 (課題番号16K12575)」の支援により実施されました。

文献1:Kawasaki, T., H. Hasumi, Y. Tanaka (2021), "Role of tide-induced vertical mixing in the deep Pacific Ocean circulation", Journal of Oceanography, doi:10.1007/s10872-020-00584-0.

発表雑誌

雑誌名:「Scientific Reports」(4月22日付)
論文タイトル:Deep water pathways in the North Pacific Ocean revealed by Lagrangian particle tracking
著者:Takao Kawasaki*, Yoshimasa Matsumura, Hiroyasu Hasumi
DOI番号: 10.1038/s41598-022-10080-8
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1038/s41598-022-10080-8このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所 気候モデリング研究部門
特任研究員 川崎 高雄(かわさき たかお)
Email:kawasakiaori.u-tokyo.ac.jp   ※「@」は「◎」に変換してください

添付資料

図1:炭素同位体比Δ14Cの深さ2500m(左図)と西経170度線に沿った断面(右図)での分布。炭素同位体比は海水が海面から離れてどれくらい時間が経過したかを示しており、従来版(中段)に比べて、本研究で用いた最新版のシミュレーション結果(上段)は観測値(下段)と整合的な結果になっている。このことは、シミュレーションによって得られた海洋深層循環の強さや3次元構造が観測値と概ね整合することを端的に表している。

図2:深層水を模した粒子をサモア水路付近(左上図の赤線)の3500m以深から放出して、5、20、50、100年経過した後の粒子の位置。色は粒子の深さを表している。粒子が海底地形の制約を受けながら北上して全体に広がっていく様子が見られる。深層での粒子の上昇は西側で顕著であり(図c、d) 、深海乱流が西部北太平洋で強いことが原因である。一方、一部の粒子は比較的短い時間で深さ3000m付近まで上昇し、南大洋へ出ていく(図b、c)。
【参考】図2の3D動画「深層水を模した粒子のアニメーション」
https://drive.google.com/file/d/1pj1DumNnz4WeYTo3QfVMUj58iwcwDIEv/view?usp=sharingこのリンクは別ウィンドウで開きます 

表1:粒子を放出してから3000年までに各行き先に到達した粒子に関する統計量。1つの粒子を一定体積の海水に置き換えられ、到達粒子数から海水の流量や到達割合を算出することが可能。さらに、各行き先への到達に要する時間の平均値・中央値・最頻値も粒子追跡手法によって求められる。粒子が放出されてから3000年後でも残留している粒子の割合はごくわずか(0.2%)で、ほぼすべての粒子(海水)が太平洋から出ていくという結果になった。

プレスリリース