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貝類の産地を判別する新しい手法を開発

2022年1月18日

東京大学

発表のポイント

♦貝殻に微量に含まれるネオジムの同位体比(注1)を使って、貝類の産地を正確に判別する手法を開発しました。
♦これまで貝類の産地を判別することは非常に困難でしたが、本手法を用いることで貝類の産地を正確に判別できるようになります。
♦開発された産地判別法は貝類以外の魚介類にも応用できる可能性があり、産地偽装を抑止する技術として将来の応用が期待されます。

発表者

田中 健太郎(東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)
田副 博文 (弘前大学 被ばく医療総合研究所 准教授)
飯塚 毅  (東京大学 大学院理学系研究科 准教授)
山本 敏博 (水産研究・教育機構 水産資源研究所漁業生態系グループ グループ長)
白井 厚太朗(東京大学 大気海洋研究所 准教授)

発表概要

食品の産地偽装は消費者と生産者の権利を著しく損なう違法行為ですが、国内外でしばしば露見されています。本研究は、これまで困難だった貝類の産地判別方法を開発し、産地偽装に対抗する抑止力を社会に提供することを目的として行われました。

東京大学大気海洋研究所の田中健太郎特任研究員を中心とした研究グループは、地質学的な特徴を反映するネオジムの同位体比に着目し、貝殻のネオジム同位体比を産地判別の指標として利用できるか、アサリを対象として検証しました。具体的には、日本と中国で採集されたアサリ貝殻のネオジム同位体比を分析し、貝殻のネオジム同位体比は産地ごとに特有の値を持ち、産地判別の指標として利用できることを明らかにしました。

今回開発された手法により、貝類の産地がより正確に判別できるようになりました。また、応用として魚介類全般の産地判別への利用が期待されます。

発表内容

<研究の背景と問題点>
国際化が進んだ現代社会では、食品の国際取引が活発で、日本にいながらさまざまな国で生産された食品を手に入れることができます。国内外でしばしば露見する食品の産地偽装は、食の安全に対する脅威であり、ブランド力を持つ食品の公正な市場価格の維持を困難にしています。

食品のなかでも貝類は地域によって貝毒や汚染物質を体内に蓄積する場合があります。一方、特定の産地の貝類(例えば広島のカキなど)は高いブランド力を持ち、他の産地よりも高い市場価格で流通します。そのため、貝類の産地偽装も消費者と生産者の権利を著しく損なう恐れがあります。

食品の産地偽装を未然に防ぐためには、生産者から消費者まで食品の移動を把握するトレサビリティを普及させる必要があります。現在のトレーサビリティ手法の主流はICT技術を使った電子的な追跡手法ですが、トレーサビリティの簡便化と低コスト化には、いずれの流通段階でも適用可能な産地判別手法が必要不可欠です。農産物などの産地を判別する手法は既に実用化されつつありますが、貝類を含め魚介類の産地を正確に判別できる方法はこれまでほとんど提案されていませんでした。こうした背景をふまえ、貝類の産地表示の真偽を科学的に検証する方法を開発し、産地偽装を未然に抑止する手段を社会に提供することを目的として、この研究を行いました。

<研究内容>
この研究では、海洋に地理的に不均質に分布するネオジム同位体に着目し、貝殻のネオジム同位体比を産地判別の指標として利用できるか、国内で消費量が多いアサリを対象として検証しました。東京大学大気海洋研究所の田中健太郎特任研究員らの研究グループは、国内の12地点と中国の4地点から採集されたアサリ貝殻のネオジム同位体比を分析しました。

地球化学分野におけるこれまでの研究により、地質のネオジム同位体比は地質の年代を反映し、古い地質ほど同位体比が小さく、新しい地質ほど同位体比が大きいという一般的な傾向を持つことが知られています。ネオジムを豊富に含んだ土壌などの懸濁物が河川を通して陸域から沿岸域に輸送されるので、沿岸域のネオジム同位体比は後背地の地質年代を反映し、地理的に不均質な分布を持ちます。ネオジムが沿岸に生息する貝類にそのまま取り込まれると貝殻のネオジム同位体比も後背地の地質年代を反映すると考えられ、「地質年代が異なる産地ごとに貝殻のネオジム同位体比は異なる値を持つ」と予想されます。この予想にもとづき、アサリ貝殻のネオジム同位体比を産地判別の指標として利用できるか検証するため、以下のような研究項目を実施しました。

はじめに、同一の産地から得られたアサリ貝殻のネオジム同位体比を検証するため、浜名湖産のアサリ10個体を分析しました。その結果、貝殻のネオジム同位体比は測定誤差の範囲内で同じ値を持ち、貝の大きさ(すなわち年齢)とネオジム同位体比に相関がありませんでした(図1)。この結果から、ネオジム同位体比は年齢とともに変化する代謝や食性の影響をほとんど受けず、産地が同じ個体の貝殻は同一のネオジム同位体比を持つといえます。

つぎに、国内の12地点と中国の4地点から採集されたアサリ貝殻のネオジム同位体比を測定し、貝殻のネオジム同位体比は産地ごとに特有の値を持ち、産地判別の指標として利用できることを明らかにしました(図2)。日本よりも地質年代が古い中国で、アサリ貝殻のネオジム同位体比が低かったことから(図3)、貝殻のネオジム同位体比は後背地の地質を反映し、地質年代が異なると貝殻のネオジム同位体比も異なる値を持つと考えられます。

これまでの国内外の研究で貝類の炭素同位体比や微量元素濃度などが、貝類の産地を判別する指標として提案されていました。しかし、これらの指標は海水温や塩分などの海洋環境や個体の代謝にも大きく影響を受けるので、産地の指標としては有効ではありません。ネオジム同位体比は水温や生物の代謝からほとんど影響を受けず、主に産地の地質年代を反映することから、正確に産地を判別できる指標といえます。5グラム程度の貝殻(アサリ1個体に相当)があれば十分にネオジムの同位体比を測定できるため、個体ごとに産地を検証できるという利点もあります。

<社会的意義と今後の展望>
今回開発した手法により、貝類の産地を正確に判別できるようになりました。海水中のネオジムは貝殻だけでなく骨や軟組織にも取り込まれるため、魚類や海藻類などにも応用が可能であり、魚介類全般の産地判別に利用できると考えられます。魚介類のトレーサビリティはこれまでほとんど普及していませんでしたが、今回開発した手法の社会実装が実現すれば、魚介類の産地偽装を抑止できると期待できます。

発表雑誌

雑誌名:「Food Chemistry
論文タイトル:Using neodymium isotope ratio in Ruditapes philippinarum shells for tracking the geographical origin
著者:Kentaro Tanaka*, Liqiang Zhao, Hirofumi Tazoe, Tsuyoshi Iizuka, Naoko Murakami-Sugihara, Kotaro Toyama, Toshihiro Yamamoto, Takefumi Yorisue, Kotaro Shirai
DOI番号:10.1016/j.foodchem.2021.131914
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2021.131914このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋化学部門 特任研究員
田中 健太郎(たなか けんたろう)
E-mail:kentaro.tanakaaori.u-tokyo.ac.jp    ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1:ネオジム同位体比
原子番号が同じで中性子の数が異なる核種を同位体と呼びます。中性子の数が異なると質量数も異なるので、自然界における振る舞いが変わります。ネオジムは原子番号60の金属元素で、自然界に極微量に存在しています。今回の研究では質量数が143と144のネオジムの同位体の比(143Nd/144Nd)を測定しました。
添付資料ではεNdを使って143Nd/144Ndの比を表しています。εNdは、143Nd/144Ndが正確に決まっている標準物質と試料(アサリ貝殻)の143Nd/144Ndの差を表した数値です(εNdが小さいほど、アサリ貝殻のネオジム同位体比143Nd/144Ndも小さい)。

添付資料

図1 浜名湖産のアサリ貝殻の分析結果。実線と破線はそれぞれ平均値と平均値±標準偏差を表す。個体の大きさとネオジム同位体比(εNd)に相関がなく、産地が同じ個体は同一のεNdを持つことが示される。

図2 日本と中国から採取したアサリのネオジム同位体比(εNd)の地理的分布。地図上の色は地質図を、三角形プロットの色はネオジム同位体比(εNd)を表す。

図3  (A)日本(12ヶ所)と中国(4ヶ所)のネオジム同位体比(εNd)。(B) 日本と中国の比較。地質年代が古い中国の沿岸で生育したアサリの貝殻のεNdは日本産のアサリよりも低い値を持つ。

プレスリリース