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九州地方の豪雨に先行する大気中下層の水蒸気流入の役割を解明

2021年9月27日

東京大学 大気海洋研究所

発表のポイント

◆九州地方の豪雨に1日程度先行して大気境界層より上空(高度1000m以上)の水蒸気流入が増加することを15年分の気象庁メソ数値予報モデル初期値データから示しました。
◆この水蒸気流入により、対流圏中層で大気が飽和した湿潤絶対不安定層(モール)が形成され、多量の雨をもたらすメソスケール降水域の維持に寄与していることを明らかにしました。
◆降水量が多い場合、上空の加湿化がより早く始まりモールが頻発することから、この成果は大きな被害をもたらす豪雨の事前予測に貢献することが期待されます。

発表者

辻  宏樹(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
高薮  縁(東京大学大気海洋研究所 教授)
澁谷 亮輔(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
釜堀 弘隆(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
横山 千恵(東京大学大気海洋研究所 特任助教)

発表概要

これまでの多くの研究は、雷雲のような背が高く激しい上昇流を伴う雲を豪雨の原因として想定し、大気の不安定性や大気境界層(注1)での水蒸気流入の重要性を強調してきました。一方、豪雨の発生に関する上空での水蒸気流入の役割については、あまり注目されませんでした。しかし、近年の研究(引用1, 2)は、豪雨が必ずしも雷雲を伴わないこと、大気中下層(2000~3000mの上空)が非常に湿った条件で生じることを指摘し、大気中下層の水蒸気流入の重要性が示唆されます。東京大学大気海洋研究所の辻宏樹特任研究員、高薮縁教授らは、15年間の気象庁メソ数値予報モデル初期値データを用い、豪雨時の九州地方への水蒸気流入を境界層と1000m以上の上空とに分けて解析しました。その結果、九州地方の豪雨に1日程度先行して上空の水蒸気流入が増加することが明らかになりました。この水蒸気流入は、大気中下層で飽和した湿潤絶対不安定層(モール)を形成し、多量の雨をもたらすメソスケール降水域を維持するのに役立ちます。さらに、降水量が多い場合、上空の加湿化がより早く始まりモールが頻発していました。この成果は大きな被害をもたらす豪雨の事前予測に貢献することが期待されます。

発表内容

(1) 研究の背景
近年、九州地方では甚大な被害を伴う豪雨災害が頻発しています。豪雨に関する過去の研究の多くでは、雷雲のような、背が高く激しい上昇流を伴う雲(図1a)が豪雨をもたらすと想定し、大気の不安定性や大気境界層における水蒸気流入の重要性を主張しています。一方、近年の研究(引用1, 2)では、豪雨が必ずしも雷雲や激しい上昇流を伴わないこと、2000~3000mの上空が非常に湿っている状況で生じることを指摘しています(図1b)。湿った環境では、メソスケール降水域の中に、湿潤絶対不安定層(Moist Absolutely Unstable Layer, モール)(注2)が出現しうることが指摘されています(引用3)。しかし、集中豪雨の仕組みの議論の中で、上空の水蒸気流入とモールの役割については解明されてきませんでした。

(2) 研究方法の概要
今回、東京大学大気海洋研究所の辻宏樹特任研究員、高薮縁教授らは、気象庁メソ数値予報モデル初期値データを用いて豪雨時の水蒸気流入を境界層と上空に分けて解析し、それぞれの時間変化を調査しました。豪雨事例は、九州域(図1a赤枠)の平均降水量のピークの値で3段階(20–40mm/day、40–60mm/day、60mm/day以上)に分けて抽出しました。2006年から2020年までの6–8月の解析期間において、各々105、77、62の事例を抽出し、降水ピークの前後の平均的な水蒸気流入量および環境場の時間発展を定量化しました。これらの豪雨事例には、甚大な被害をもたらした2020年7月豪雨や2018年7月豪雨も含まれています。

(3) 研究結果
まず、代表事例として2016年7月の事例を解析しました。この事例では豪雨時の33時間前から上空の水蒸気流入量が増加し始めていました(図2)。これに伴い、大気の鉛直積算水蒸気量も増加傾向になっていました。これは、豪雨に先行する上空の水蒸気流入によって、大気が加湿化していることを示しています。この事例の豪雨時の降水分布や静止軌道衛星赤外画像から、豪雨時には九州を覆うほどの大きさのメソスケール降水域が発達し(図3b)、その一部として豪雨の原因となる降水域が存在していることが確認できます(図3a)。降水域を含む断面(図3aの白線)で大気の流れの鉛直構造を確認すると、地上から4000m程度の厚さの風の層が降水域に流れ込み、斜めに上昇しています(図3c)。さらに、この上昇域では湿潤絶対不安定層(モール、図3c〇印)が生成、維持されていました。これらの特徴は先行研究(引用3)が示す湿った環境でのメソスケール降水域の特徴と整合的です。

この状況の普遍性を確認するため、抽出したすべての豪雨事例を用いて平均図を作成した結果、同様の特徴が統計的有意に確認されました(図4)。さらに、九州域の平均降水量が大きい事例で作成した場合ほど、上空の水蒸気流入による大気加湿化がより早く始まっていました(図5a–c)。加えて、モールの出現頻度もより多くなることが確認できました(図5d–f)。これらの結果は、上空の水蒸気が豪雨に先行して非常に湿った環境を用意しモールを生成維持すること、それが九州域の豪雨の原因となるメソスケール降水域の持続的な発達を促進することを示しています。

(4) 社会的意義と今後の展望
上空の水蒸気流入による大気の加湿化は、豪雨よりも1日前後先行します。したがって、上空の水蒸気の状況を表すデータを数値予報に利用することが、豪雨の予測可能性の向上に貢献しうることを示しました。今後は、今回九州域で示された結果が、他の地域においても適用できるのかの調査を行う予定です。なお、この研究結果は、9月24日に「Geophysical Research Letters」に掲載されました。

本研究は、JAXA 降水ミッション、東京大学の運営費による「水と気候の大規模データ解析研究拠点」プロジェクト、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20192004)の支援により実施されました。

引用1:Hamada, A., Takayabu, Y. N., Liu, C., & Zipser, E. J. (2015). Weak linkage between the heaviest rainfall and tallest storms. Nature Communications, 6, ncomms7213. doi.org:10.1038/ncomms7213

引用2:Tsuji, H., Yokoyama, C., & Takayabu, Y. N. (2020). Contrasting features of the July 2018 heavy rainfall event and the 2017 northern Kyushu rainfall event in Japan. Journal of the Meteorological society of Japan, 98, 859–876. doi:10.2151/jmsj.2020-045

引用3:Bryan, G. H., & Fritsch, J. M. (2000). Moist absolute instability: The sixth static stability state. Bulletin of the American Meteorological Society, 81(6), 1207–1230. doi.org:10.1175/1520-0477(2000)081<1287:Maitss>2.3.Co;2

発表雑誌

雑誌名:「Geophysical Research Letters」(9月24日付)
論文タイトル:The Role of Free-Tropospheric Moisture Convergence for Summertime Heavy Rainfall in western Japan
著者:Hiroki Tsuji*, Yukari N. Takayabu, Ryosuke Shibuya, Hirotaka Kamahori, and Chie Yokoyama
DOI番号:10.1029/2021GL095030
アブストラクトURL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2021GL095030このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 気候変動現象研究部門
特任研究員 辻 宏樹(つじ ひろき)
MAIL:h-tsujiaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

(注1)境界層
大気のうち、地表面の影響を受ける層で地表から高度1000m程度までの層のことを指す。
(注2)湿潤絶対不安定層(モール)
湿度がほぼ100%で飽和した状態で絶対不安定になっていて、すぐに対流が起こると想定される状態。水蒸気が補給され続けることで持続できる。

添付資料

図1 (a) 背の高い降水域と(b) 非常に湿った状況における降水域の模式図。緑の領域がモールを示す。

図2 代表事例(2016年7月)における九州領域での境界層の水蒸気流入量、上空の水蒸気流入量、平均降水量、の時間変化を示す図。横軸は時間を示している。7/8 12時に平均降水量がピークとなり、値も閾値を超えているので、この時刻を豪雨時として定義している。

図3 (a) 代表事例豪雨時(7/8 12時)の降水量分布(色)と水蒸気の流れ(矢印)を示す図。赤枠は解析領域を示す。(b) 同じ時刻におけるひまわり8号赤外画像。(c) 同じ時刻における強い降水域(図3aの白線部分)に沿った鉛直断面。色で風速の絶対値、矢印で断面における風、黒線で相当温位を示す。〇印はモールの条件を満たしている場所を示す。紫の線は高度(1000mと5000mのみ)を示す。

図4 平均降水量ピークが60mm/day以上の豪雨事例を合わせた平均図。(a) 水蒸気流入に関係する各要素の時間変化。エラーバーは95%信頼区間を示す。(b) 九州領域内でモールの条件を満たすグリッド数の時間変化。横軸は降水ピークからの経過時間を示す。

図5 平均降水量ピークが(a, d) 20-40mm/dayの豪雨事例、(b, e) 40-60mm/dayの豪雨事例、(c, f) 60mm/day以上の豪雨事例(図4と同じ)、を合わせた平均図。(a, b, c) 水蒸気流入に関する各要素の時間変化。エラーバーは95%信頼区間を示す。(d, e, f) 九州領域内でモールの条件を満たすグリッド数の時間変化。横軸は降水ピークからの経過時間を示す。

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