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動物の陸上進出の足かせとなる遺伝子の発見

2021年4月12日

東京大学 大気海洋研究所

発表のポイント

◆亜鉛の取り込みを抑制する新規タンパク質「二価金属イオン輸送体関連タンパク質(DMTRP)」をオニヒトデから発見した。
◆DMTRP遺伝子を持つ生物はすべて海に棲む動物であったが、淡水や陸上の動物を含む主な動物群(脊椎動物、節足動物など)からはDMTRP遺伝子は検出されなかった。
◆系統進化的に考察すると、淡水や陸上で繁栄している動物群は、DMTRP遺伝子を失った祖先から進化しており、同遺伝子は動物を海に留める足かせになっていると考えられた。この発見は、動物の進化過程の研究にブレークスルーをもたらすものである。

発表者

佐々 三依子(東京大学大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所 博士課程3年)
髙木  俊幸(東京大学大気海洋研究所 助教)
金城   梓(東京大学大気海洋研究所 特任研究員*)
善岡  祐輝(東京大学大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所 博士課程1年)
座安  佑奈(沖縄科学技術大学院大学 マリンゲノミックスユニット スタッフサイエンティスト)
新里  宙也(東京大学大気海洋研究所 准教授)
神田  真司(東京大学大気海洋研究所 准教授)
杉原 奈央子(日本学術振興会 特別研究員/東京大学大気海洋研究所 特任研究員*)
白井 厚太朗(東京大学大気海洋研究所 准教授)
井上  広滋(東京大学大気海洋研究所 教授)

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の佐々三依子大学院生、東京大学大気海洋研究所の井上広滋教授らは、金属の取り込み調節に重要な役割を果たす新規タンパク質をオニヒトデ(注1)(図1)から発見し、「二価金属イオン輸送体関連タンパク質(Divalent Metal Transporter-Related Protein: DMTRP)」と命名した。

組換え酵母(注2)(図2)を使ってその機能を調べると、DMTRPは細胞への亜鉛(注3)の取り込みを抑制することがわかった(図3)。海水に溶け込んでいる亜鉛は生物に必須だが、量が多すぎると有害となるため、DMTRPは、亜鉛が豊富な海において、その過剰な取り込みを防いでいると考えられる。

様々な生物の遺伝子を調べたが、DMTRP遺伝子を持つ生物はすべて海に棲む動物で、淡水や陸の動物はDMTRPを持っていなかった。亜鉛が不足する環境では、取り込みを抑制するタンパク質を持つと不利なためと考えられる。一方、海に棲む動物の中でも、節足動物、脊椎動物など、淡水や陸上に進出した種を含む動物群はDMTRPを持っていないことがわかった。

分子系統解析(注4)の結果は、DMTRP遺伝子の消失が、脊椎動物の祖先や、節足動物・線形動物などの共通祖先において起こった可能性を示した(図4)。昆虫や哺乳類の陸上での繁栄は、祖先生物におけるDMTRP遺伝子の消失に起因していると考えられる。逆に言えば、DMTRPは淡水や陸上への動物の進出を妨げる「進化的足かせ」として働いてきたと考えられる。この発見は、動物の進化や、淡水、陸上への進出過程を理解するための新たなブレークスルーをもたらすものである。

発表内容

本研究では、海洋生物の金属取り込み制御のしくみを解明するために、海洋生物の中でもゲノムDNA配列(注5)が高い精度で解読されているオニヒトデ(注1)(図1)を対象として、まず、二価金属イオン輸送体(DMT)遺伝子の探索を行った。DMTは生物に広く存在する金属輸送体で、ヒトでは腸における鉄の取り込みを担っているが、鉄以外の二価金属(亜鉛、銅、マンガンなど)も取り込む性質がある。海の生物においてもDMTは鉄の取り込みに関与していると考えられるが、海水中には様々な金属イオンが溶け込んでいるため、選択性の低いDMTは鉄以外の金属をより多く取り込んでしまうと考えられる。しかし、必要のない金属の取り込みをどのように制限するかはこれまでよくわかっていなかった。

遺伝子の探索の結果、他の生物のDMTと構造上よく似たタンパク質をコードするふたつの遺伝子を検出した。より詳しく比較すると、片方の遺伝子がコードするタンパク質は、これまでに他の生物から発見されているDMTと類似性が極めて高く、オニヒトデのDMTであると結論した。しかし、もう一方の遺伝子がコードしているタンパク質はこれまで知られていない新規タンパク質だったため、二価金属イオン輸送体関連タンパク質(DMT-Related Protein: DMTRP)と命名した。

オニヒトデのDMTとDMTRPの機能を調べるため、それぞれを酵母の細胞膜上に組換え発現(注2)(図2)させたのち、種々の金属に曝露して、酵母の細胞内に取り込まれた量を調べた。その結果、DMTを発現させた酵母は、鉄、亜鉛、ニッケル、鉛、銅、カドミウムを取り込んだのに対し、DMTRPを発現させた細胞では金属の取り込みが抑制される傾向が認められ、とくに、亜鉛(注3)については顕著であった(図3)。以上より、DMTRPの主な機能は亜鉛の取り込み抑制であることがわかった。

様々な生物のゲノムデータベースを探索すると、DMTRP遺伝子はオニヒトデ以外の様々な動物から検出されたが、植物や単細胞生物からは検出されなかった。原始的な動物として知られるカイメンにDMTとDMTRPの両方の遺伝子が存在することから、DMTRP遺伝子は動物進化の極めて早い時期に、DMT遺伝子の重複により生じたと考えられる。また、DMTRP遺伝子を持つ動物はすべて海に棲む動物であり、淡水や陸上に棲む動物からはDMTRPは見つからなかった。亜鉛(注3)は様々な生体機能に重要な役割を果たす必須元素であるが、大量に取り込むと有害となる。海水中には一般に鉄よりも亜鉛のほうが多く含まれるため、DMTRPは海洋動物においては亜鉛の過剰摂取を防ぐ役割を持つと考えられる。それに対して、淡水や陸上の環境では亜鉛は不足しがちな元素であり、取り込みを抑制するタンパク質の存在は生存に不利になる。したがって、海の生物のみがDMTRPを持ち、淡水・陸上で繁栄している生物、例えば哺乳類や爬虫類などの脊椎動物や、昆虫などがDMTRPを持たないことは、理論的に矛盾がない。

予想外だったのは、分子系統解析(注4)により、DMTRPの消失が、淡水や陸上に進出したタイミングではなく、まだ海に棲んでいた祖先において先に起こったことが示されたことである(図4)。たとえば、脊椎動物についてみると、魚類(硬骨魚類)は多くの種が淡水に進出しているが、それより原始的で、進化の過程で淡水を経験していないと考えられているヌタウナギからもDMTRPは検出されない。脊椎動物に近い無脊椎動物であるナメクジウオはDMTRPを持つため、DMTRPの消失は脊椎動物の進化のごく初期に起こっていたと考えられる。また、昆虫やエビ・カニ等の甲殻類を含む節足動物、センチュウの仲間を含む線形動物も淡水や陸上に進出しているが、やはりDMTRPは検出されない。節足動物や線形動物は「脱皮動物」と呼ばれ、共通の祖先から派生したと考えられているため、脱皮動物の祖先においてDMTRPが失われた可能性が高い。

これらの結果より、海にいたすべての動物はもともとDMTRPを持っていたが、脱皮動物の祖先と、脊椎動物の祖先でそれぞれ遺伝子の消失が起こり、それらの系統の子孫から淡水や陸上に進出し、繁栄した生物が現れたと考えられる。一方、DMTRPを保持している生物は海にとどまっているため、DMTRPは淡水や陸上への進出を妨げる「進化的足かせ」になっていると考えられる。軟体動物における分布など、検討事項は残っているものの、本研究で発見したDMTRPが新規タンパク質であることに加え、そのタンパク質がなくなることによって適応できる場所が拡大したという結果も新規性が高い。

本研究はDMTRPが環境適応に関して果たす役割、および亜鉛が淡水・陸上適応に対して果たす役割、また動物の進化や、淡水・陸上への進出過程の研究に、新たなブレークスルーをもたらすものである。

発表雑誌

雑誌名:「Communications Biology
論文タイトル:Divalent metal transporter-related protein restricts animals to marine habitats
著者:Mieko Sassa*, Toshiyuki Takagi, Azusa Kinjo, Yuki Yoshioka, Yuna Zayasu, Chuya Shinzato, Shinji Kanda, Naoko Murakami-Sugihara, Kotaro Shirai, Koji Inoue
DOI番号:10.1038/s42003-021-01984-8
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s42003-021-01984-8このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門
教授 井上 広滋(いのうえ こうじ)
メールアドレス:inouekaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1:オニヒトデ
学名Acanthaster planci。サンゴを食害することで知られる大型のヒトデ。 ゲノム配列がかなり正確に読まれており、海洋生物の遺伝子を研究する上で貴重な生物である。
(参考)沖縄科学技術大学院大学(OIST)HP (2017) オニヒトデのゲノム解読
https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/29805このリンクは別ウィンドウで開きます
注2:組換え酵母
単離した遺伝子がコードするタンパク質の機能を調べるには、大腸菌に発現させて調べることが多いが、本研究で出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)にDMTおよびDMTRPを発現させた。酵母は真核生物であるため、真核生物であるヒトデのタンパク質の本来の性質を再現しやすいと考えられる。実際、本研究では酵母の細胞膜上にDMTおよびDMTRPが正しく発現したことを確認できた(図2)。そして、発現させた酵母を各種金属に曝露し、その後で酵母の細胞内の金属量を測定することで、それぞれの金属を取り込んだかを調べた。
注3:亜鉛
必須の栄養素として知られる金属。多くのタンパク質において、構造形成や活性発現のために必須である。亜鉛を含む酵素には、DNA ポリメラーゼ、RNA ポリメラーゼ、アルコール脱水素酵素、炭酸脱水酵素など生物にとって重要な酵素が多く含まれる。また、DNAと結合するタンパク質に含まれるジンクフィンガーなど、タンパク質の機能のために必須の構造を形成することでも知られる。そのため、環境中の亜鉛の濃度が生物の進化に影響したとの説がある。一方、継続的に過剰摂取すると生物に有害な作用があり、ヒトでは銅や鉄の欠乏症や貧血などの障害が起こることが報告されている。
注4:分子系統解析
タンパク質のアミノ酸配列や、遺伝子の塩基配列を使って、関係が近いものほど配列の類似性が高いという性質を利用して、生物や遺伝子の進化の道筋を解明しようとする研究手法。
注5:ゲノムDNA配列
それぞれの生物がもつ核酸のすべての遺伝情報をゲノムと呼ぶ。ゲノムは多くの生物においてDNAの配列として存在するため、ゲノムDNA配列を網羅的に解読することで、その生物がもつすべての遺伝子や、遺伝子を制御する情報などを明らかにすることができる。

添付資料

図1 オニヒトデ(撮影:新里宙也・高木俊幸)

図2 DMTおよびDMTRPを発現させた組換え酵母
ApDMT: 蛍光タンパク質で標識したオニヒトデDMT、
ApDMTRP: 蛍光タンパク質で標識したオニヒトデDMTオニヒトデDMTRP、
EGFP: 蛍光タンパク質のみ、をそれぞれ発現させた。
EV: 組換えタンパク質を発現していない対照区
ApDMTおよびApDMTRPは細胞の膜上のみで発現していることがわかる。

図3 ApDMT、ApDMTRPを発現させた酵母細胞による金属の取り込み
ApDMTまたはApDMTRPを酵母に組換え発現させ、各金属に曝露後、細胞内に取り込まれた金属量を測定した。ApDMTを発現した酵母は、どの金属についても、組換えタンパク質を発現していない酵母(EV:対照区)よりも多く取り込んでいるのに対し、ApDMTRPを発現している酵母では金属の取り込みは促進されず、むしろ亜鉛の取り込み量が低下した。

図4 動物の進化過程におけるDMTRPの誕生と消失
分子系統解析により、DMTRPは動物の祖先においてDMTの重複により誕生し、動物進化の過程で複数回独立に消失が起こったことがわかった。尾索動物・脊椎動物の共通祖先で起こった消失の結果、爬虫類や哺乳類が淡水や陸上で反映し、脱皮動物の祖先で起こった消失の結果、昆虫やセンチュウ類が陸上で繁栄したと考えられる。薄字は、ゲノムが読まれていないためDMTおよびDMTRPの探索が行えなかった動物門を示す。動物の系統関係は西川(2013)生物の科学遺伝67: 89-94に従った。

プレスリリース