ナビゲーションを飛ばす

教職員募集 所内専用go to english pageJP/EN

facebook_AORI

instaglam_AORI

地球が地球である理由 ~大気中の酸素濃度増加とプレートテクトニクスの重要なリンクを明らかに~

2016年5月17日

横山祐典(東京大学大気海洋研究所)
尾崎和海(ジョージア工科大学)

発表のポイント:

◆太陽系の惑星のなかで唯一地球の大気中にのみ酸素が多く存在する理由として、プレートテクトニクスが本質的な役割を担っていることを明らかにしました。
◆大気中の酸素濃度は2段階の上昇を経て現在のレベルに達したと考えられていますが、1度目の上昇は約27−25億年前に大陸地殻がケイ酸に富む珪長質の組成に変わったことで引き起こされたことを突き止めました。
◆およそ7−5億年前に生じた2度目の大気中酸素濃度上昇について、大陸の成長に伴う炭素循環の活発化の帰結として説明できることを地球表層圏の炭素循環モデルを用いて示しました。

発表者:

横山祐典(東京大学 大気海洋研究所附属 高解像度環境解析研究センター 教授/東京大学大気海洋研究所附属 地球表層圏変動研究センター 教授/東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授/東京大学大学院 総合文化研究科 国際環境学専攻 教授)

尾崎和海(研究当時:東京大学大気海洋研究所附属 地球表層圏変動研究センター 特任研究員 / 現:ジョージア工科大学 NASAポストドクトラル研究員)

発表概要:

現在の地球は、大気中から深海に至るまで遊離酸素に満ちています。これは地球が太陽系のほかの惑星と大きく異なる特徴の一つであり(図1)、私たち人間を含めた高等生物が生存するための必要不可欠な条件と考えられています。しかしながら、地球の原始大気は遊離酸素が存在しない還元的大気であり、現在のような富酸素な表層環境が実現したのは今からおよそ7-5億年前のことと考えられています。すなわち、地球史の85-90%以上の時代は酸素が乏しかったと考えられているのです。これまでの地質学的研究によれば、大気中の酸素量は約25−20億年前と7−5億年前にそれぞれGOE (Great Oxidation Event; 大酸化イベント、注1)、NOE(Neoproterozoic Oxygenation Event; 新原生代酸化イベント、注2)と呼ばれる酸素濃度の上昇を経て現在と同レベルの酸素濃度に達したことが分かってきています。しかしながら、なぜ2つの段階を経たのか、GOEやNOEがどういったメカニズムで発生したのかは地球惑星科学分野の大きな謎となっています。

東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授と尾崎和海特任研究員(現:ジョージア工科大学NASAポスドク研究員)、および米国ライス大学とイェール大学の合同チームは、大陸地殻の成長と大気中酸素濃度の段階的上昇の間に密接な因果関係があることを、地球科学的情報の統合的解釈(ジルコン年代、熱力学平衡計算など)、および地球表層圏についての炭素循環モデルを駆使することで明らかにしました。

チームはジルコン(ZrSiO4)と呼ばれる鉱物のウラン−鉛年代測定(注3)結果の再解釈や岩石学的考察などを行い、およそ27−25億年前にかけて大陸地殻の組成が苦鉄質から珪長質へと変化したことを突き止めました。これは、プレートの沈み込みに伴い地球内部に大量の水が供給されるようになった結果引き起こされたと考えることができます。苦鉄質岩石は珪長質岩石に比べて酸素との反応性が非常に高いため、珪長質の大陸地殻が形成されるようになったことで大気中の酸素消費が激減し、GOEが発生したと考えられます。

さらに、プレートテクトニクスの確立後、地球表層圏の炭素リザーバーが増大する必然的帰結として2度目の酸素濃度上昇イベント(NOE)が生じることを、数理モデルを用いることで明らかにしました。NOEは、複雑な形態をした動物群の進化・多様化が生じたエディアカラ動物群の出現やカンブリア爆発(注4)と関連しているといわれています。

こうした結果は、プレートテクトニクスに伴う超長期(億年スケール)かつ惑星規模の物質循環によって地球が富酸素な大気、ひいては高等生物を宿す惑星となっている、との新しい地球観を示しています。

発表内容:

[背景]
これまでの地質学的研究から、地球の大気中酸素濃度は太古代の遊離酸素をほとんど含まない(現在の10万分の1以下)還元的条件から2度の上昇期を経て現在の酸化的条件になったと考えられています。1度目の上昇は約25−20億年前の”大酸化イベント(Great Oxidation Event (略してGOE))”と呼ばれる期間とされ、それ以降大気中には現在の<0.1%から数%程度の遊離酸素が含まれるようになったと考えられています。 2度目の上昇はおよそ7−5億年前に起こったと推定されており、新原生代酸化イベント(Neoproterozoic Oxygenation Event: 略してNOE)と呼ばれています。NOE以降、深海にも酸素が存在した証拠が認められるようになり、現在と同レベルの遊離酸素が地球表層に存在するようになったと考えられています。NOE後には複雑な構造を持つ動物群の出現を示す化石記録があることから、富酸素な地球表層環境の誕生と高等生物の進化の間には密接な関係があるとされています。

富酸素な地球環境が実現している究極的な原因は光合成による酸素の生成です。しかしながら、地球表層環境中の酸素濃度は、生成と消費のバランスによって決まっており、光合成活動の存在だけでは必ずしも富酸素な表層環境が実現していることの説明とはなりません。実際、近年報告された地質学的・地球化学的データに基づけばシアノバクテリアなどの酸素を生成する光合成活動はGOEよりも数億年前から存在したと考えられています。なぜ光合成生物の存在にも関わらずGOEの発生が数億年も遅れたのか、なぜ2段階の上昇を経て酸化的な地球表層環境が実現したのか、GOEやNOEの発生メカニズムは具体的に何であったのかはよくわかっておらず、地球惑星科学分野の大きな謎の一つとなっています。

[研究内容]
本研究は、大陸地殻の形成年代を記録していると考えられているジルコン(ZrSiO4)という鉱物のウラン-鉛年代測定(注3)の年代値の再解釈を行い、1度目の酸素濃度上昇イベント(GOE)について新たなメカニズムを提唱しました。ジルコンは、その頑強な性質から最初に鉱物として形成された年代(つまり大陸形成の年代)を示すとされ、多くの研究者が年代測定を行っています。最古の年代は44億年を越すものがオーストラリアなどから報告されており、この時期に初期の大陸は形成されていたことを示します。しかしながら、これまでの報告値のヒストグラムを観察すると、28億年より以前の17億年間の年代を示すジルコンは全体の1%程度であるのに対し、28−24億年にはその4倍の数のジルコン年代が報告されています(図2)。 研究グループは、このジルコン生成の急増は、大陸地殻を形成するマグマの質が変わったと考えることで説明できることを指摘しました。

ジルコンが形成されるにはケイ酸に富むマグマの存在が必要であり、ジルコン生成の急増はプレートの沈み込みに伴い大量の水がマントルに供給されたと理解することができます。すなわち、現在日本の沖合などで起きているようなプレートテクトニクスによる沈み込みに伴ってマントルまで水が供給されるようになった結果、それ以前の苦鉄質の大陸地殻にかわって珪長質の大陸地殻の形成が始まったと解釈すると矛盾がないことがわかりました。このことは地球表層環境の酸素収支を考える上で重要な意味を持っています。なぜなら、苦鉄質岩石は鉄やマグネシウム、還元態イオウなどを多く含み大気中の酸素を取り除く還元的な作用が強い一方、ケイ酸塩を多く含む花コウ岩などの珪長質岩石は苦鉄質岩石にくらべて100分の1程度の酸素消費効果(還元力)しか持たないからです。すなわち、現在型のプレートテクトニクスの開始によってそれ以前の苦鉄質の大陸地殻が珪長質の地殻にとって代わられたことが、GOEの発生を促したと考えられます。

現在型のプレートテクトニクスの確立は、GOE以降の酸素進化についても重要な意味を持っています。研究チームは、固体地球内部から地球表層へともたらされた炭素の多くが炭酸塩や有機物として大陸棚などの大陸地殻上に堆積しマントルへと再循環しないことに着目し、プレートテクトニクス確立後の地球表層圏の炭素循環をシミュレートしました。その結果、大陸地殻の炭素リザーバーの増大によって地球表層圏の炭素循環が時代とともに活発化するのに伴って遊離酸素の生成率も上昇し得ることを明らかにしました(図3)。さらに、酸素の生成率が酸素の最大消費率に達するようになると、急激な酸素濃度の上昇が起きることを示しました。すなわち、2度目の酸素の上昇(NOE)はプレートテクトニクスに伴う超長期かつ惑星規模の炭素循環の帰結として引き起こされることを明らかにしました。

[意義・課題]
地球がなぜ酸素に満ち多様な生命を宿す惑星となっているのか、その究極的な理由の一つは光合成生物による遊離酸素の生成であることは知られていますが、本研究成果は“プレートテクトニクスによる大陸組成の変化”と“固体地球を含めた惑星スケールでの物質循環の非定常”という新たな概念を導入し、その帰結として地球表層環境の段階的富酸素化を説明する新たな仮説を提唱しています。本研究は、プレートテクトニクスに伴う億年スケールの変化の上に、大気—海洋—生命圏の相互作用によってもたらされるより短い時間スケールの変動が生じているとの新しい地球観を提唱している点でも意義があると言えます(図4)。

本研究は、プレートテクトニクスに伴う超長期の炭素および酸素の収支に着目した議論を行っています。GOEやNOEにともなって酸素濃度どのような時間スケールでどの程度変動するのか、その際にどういった気候変動や海洋化学組成の変動を伴うのかなどは検討されていません。これらはGOEやNOEによる地球表層環境ならびに生命進化への影響を考える上で重要な意味を持っており、今後の課題となっています。

発表雑誌:

雑誌名:Nature Geoscience
掲載日: 2016年5月16日
論文タイトル:Two-step rise of atmospheric oxygen linked to the growth of continents
著者:Cin-Ty A. Lee, Laurence Y. Yeung, N. Ryan McKenzie, Yusuke Yokoyama, Kazumi Ozaki, and Adrian Lenardic

問い合わせ先:

東京大学 大気海洋研究所附属 高解像度環境解析研究センター
教授 横山 祐典
Email: yokoyamaaori.u-tokyo.ac.jp    ※「◎」は「@」に変換して下さい。

用語解説:

注1)GOE
Great Oxidation Eventの略。 大酸化イベントとも呼ばれ、およそ25―20億年前に起こったとされる大気の酸素濃度上昇イベント。この期間を境に、それ以前の還元的(酸素濃度が現在の10万分の1以下)な大気からより酸化的な(現在の0.1%―数パーセントの酸素濃度)へと変化したとされる。
注2)NOE
Neoproterozoic Oxygenation Eventの略。新原生代酸化イベント。およそ7―5億年前に起きた地球表層の酸化現象。この時期以降、酸素濃度が現在と同程度のレベルに達したとされる。
注3)ウラン-鉛年代
地球や太陽系の年代などを測定するのに半減期の長いウラン-238や235の同位体を使った年代測定を用いる。
注4)カンブリア爆発
およそ5億年前に起こった生物の多様性の増加した現象。

添付資料:


(図1)太陽系の地球型惑星の大気組成 (パーセント)
金星と火星の大気組成は似ており、ともに大気の95%以上は二酸化炭素であり、次に窒素、アルゴンが多く、酸素はほとんど含まれていない。一方、地球大気中には酸素が0.21気圧も存在している。

(図2) 現在考えられている地球大気中の酸素濃度の変遷史(下図)。2回の上昇期(それぞれGOE, NOEと呼ばれる;注釈参照のこと)を経て現在の酸素レベルに達したとされる。GOEの直前の時代には地球史上で初めてのジルコン数の増加が生じており、これはジルコンを生成する珪長質の大陸地殻が多く形成されたと解釈できる(上図)。

(図3)NOEに関係する酸素の生成と消費および酸素濃度の関係
NOEに関係する酸素の生成と消費および酸素濃度の関係。大陸地殻中の炭素リザーバーサイズの増大に伴って、遊離酸素の生成率が岩石の酸化風化による酸素の最大消費率を上回るようになると、大気中の酸素濃度が急激に上昇する。酸素濃度が上昇するためにはコンデンサーのような役割をしている炭素の貯蔵システム(炭酸塩の堆積や有機物の生産量など)が十分に大きくならなければいけない。

(図4)本研究で提唱した地球史における酸素の濃度変化と固体地球の関係の概念図。27―25億年前にプレートの沈み込みが開始する事で珪長質の大陸地殻が形成されるようになり、これが酸素の消費量を激減させる事でGOEが生じる。固体地球から表層へと供給された炭素の多くは大陸棚に堆積し、地球内部には再循環しない。大陸地殻の炭素リザーバー増大は数億年の時間スケールで大気海洋系への炭素流入フラックスを増大させ、遊離酸素の生成率が時代とともに上昇する。一方、酸素の主な消費プロセスである岩石中の有機物の酸化風化は母岩からの有機物供給率(浸食率)によって律速され、酸素の生成率が最大消費率を上回るようになると2度目の急激な酸素濃度の上昇(NOE)が発生する。

プレスリリース