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無黒点太陽の磁場が気候を変えた ―樹木年輪から解明した17-18世紀の急激な太陽地球環境変動―

2010年11月9日

山口保彦(東京大学大気海洋研究所 / 大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 博士課程1年)
横山祐典(東京大学大気海洋研究所 / 大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 准教授)
宮原ひろ子(東京大学宇宙線研究所 特任助教)

東京大学大気海洋研究所の山口保彦(大学院生 博士課程1年)、横山祐典准教授および、東京大学宇宙線研究所の宮原ひろ子特任助教は、名古屋大学の中塚武教授、名古屋工業大学の庄建治朗助教らの研究グループと共同で、17-18世紀に70年間続いた長期太陽無黒点期(マウンダー極小期)において、太陽磁場活動が周期的に極端に弱化し、北半球の広範囲の気候に影響していたことを発見しました。奈良県の樹齢390年超のスギなど樹木年輪の分析から明らかにした、世界初の成果です。
日射量ではなく太陽磁場の変動シグナルが広範囲の気候に見られたことは、太陽系外から飛来する高エネルギー粒子(宇宙線※1)が地球の気候に影響していたことを示唆し、気候システムの変動メカニズム理解に重要な成果です。また、マウンダー極小期のような長期太陽無黒点期は近い将来にも起きる可能性があり、今回得られた17-18世紀における太陽地球環境変動の知見が、将来の気候変動の予測にも役立つことが期待されます。
これらの成果は、11月8日の週にProceedings of the National Academy of Sciences of the USA (米国科学アカデミー紀要)オンライン版に掲載されます。

[1.発表内容]
・背景
太陽の活動度は10年から1000年におよぶ様々な時間スケールでダイナミックに変化しています。例えば17-18世紀には、太陽活動度が低下して黒点がほとんど現れなかった時代が、70年の長期間にわたって続きました(マウンダー極小期:西暦1645-1715年)。こうした太陽活動変動が気候変動に影響している可能性は、200年以上昔から議論が続いています。日射量の変動そのものだけでは気候に与える影響は小さいと考えられており、増幅メカニズムとして「日射量の変動が気候システムにより増幅される」「紫外線強度の変動が成層圏に影響する」「太陽磁場活動が、地球に飛来する宇宙線の量を変え、宇宙線が気候に影響する」などの仮説が提唱されてきました。

しかし、太陽活動変動の影響を他の気候変動因子(人類活動や気候システム内部の変動など)から区別することや、各増幅メカニズム同士を区別することは容易ではありません。人工衛星などによる太陽活動や気候の精密な観測記録は、数十年分程度しか存在しない上、その期間は人類活動も温室効果ガスやエアロゾルの排出などを介して気候に影響を与えており、状況を複雑にしています。過去の太陽活動と気候を、より長期スケールで復元・比較した研究も数多く行われてきましたが、やはり太陽活動の影響のみを抽出することは困難です。例えば、太陽活動に見られる11年周期を気候変動記録に見出した場合でも、その気候の11年周期が他の要因(気候システム内部の変動など)に起因する可能性を排除できません。さらに、過去を長期スケールで復元する際には多くの場合、復元データの年代に誤差を伴うため、太陽活動と気候の変動を正確に比較できていませんでした。 
私たち研究グループは、マウンダー極小期における特殊な太陽活動変動に着目することで、太陽活動が気候に与える影響の解明に取り組んできました(図1)。通常の太陽の状態では、日射量や紫外線は約11年、太陽磁場活動は約22年の変動周期を示しますが、マウンダー極小期には周期がそれぞれ約14年、約28年に伸びていたことが分かっています。こうした特殊な太陽活動のシグナルを同時期の気候変動に見出せば、気候変動を引き起こす様々な因子の中から、太陽活動の影響を抽出することができます。また、17-18世紀は産業革命前で、人類活動が気候に与えた影響も限定的だったと考えられるため、よりシンプルに太陽活動の影響を議論できるという利点もあります。研究グループでは2008年に、マウンダー極小期におけるグリーンランドなどの気候が太陽磁場活動に同調していたシグナルを見出していましたが、年代誤差などの問題があり、詳細は不明でした。

・研究方法の概要
17-18世紀の太陽活動と気候変動を、小さな年代誤差かつ高い時間解像度で復元するため、私たちは樹木年輪に含まれる同位体を精密に分析・解析・比較しました。樹木年輪中の同位体の組成は、年輪が形成された毎年毎年の大気や雨の同位体組成、周囲の環境条件などを記録しています。特に、炭素同位体(炭素14 ※2)からは太陽活動変動を、酸素同位体(※3)からは周囲の気候(主に湿度や降水量)を、それぞれ復元できます。樹木年輪から両者のデータを得て直接比較したのは、今回の研究が世界で初めてです(図2)。試料には、奈良県室生寺で1998年台風七号によって倒れたスギ(樹齢392年)などを用いました(写真1)。

・結果と考察
まず、樹木年輪中の炭素14量の詳細な解析などから、マウンダー極小期およびその前後において、太陽磁場活動が約28年周期の極小の年で極端に弱化していたことを見出しました。次に、樹木年輪酸素同位体組成の分析から日本の気候を復元し、さらにグリーンランドや北半球平均の気温復元データと比較したところ、3つのデータ全てが太陽磁場活動の極端な弱化と同調した変動を示すことを発見しました。日本では湿潤に、グリーンランドと北半球平均では寒冷になっていました。特に日本では、太陽磁場弱化に対応した1年のみの急激な気候変動シグナルを捉えることができました(図3)。一方で、日射量や紫外線の約14年周期との同調は限定的でした。これらの結果は、マウンダー極小期における北半球の広範囲の気候変動が、日射量や紫外線よりも太陽磁場活動に強く影響されていたことを意味します。
太陽磁場活動のシグナルが気候に見られたことは、宇宙線が気候に影響していたことを示唆します。通常の太陽磁場はうねったラセン構造を持ち、太陽系内への宇宙線侵入をある程度ブロックしています。一方で太陽磁場の数値計算の結果からは、マウンダー極小期における太陽磁場活動極小の年には、磁場の形状がほとんど平らになってしまい、大量の宇宙線が太陽系内に侵入したと考えられます(図4)。この大量の宇宙線が地球大気に降り注ぎ、気候に影響したものと思われます。

・研究の意義
今回の研究の意義は、最近数十年間の観測データからは推定が難しかった太陽地球環境の変動メカニズムや、最近数十年間には記録されていない極端・急激な現象を明らかにした点にあります。まず、太陽活動が気候に影響するメカニズムには様々な仮説が提唱されていましたが、マウンダー極小期に着目した研究から、太陽磁場活動と宇宙線の周期的な変動が北半球の広範囲に有意な気候変動を引き起こしていることが示されました。影響の定量的な評価には今後さらなる研究が必要ですが、太陽活動と気候の関係をめぐる長年の議論に一石を投じる成果です。
また、今回見出したマウンダー極小期における極端・急激な太陽地球環境変動は、近い将来に再び発生する可能性があります。マウンダー極小期のような長期太陽無黒点期は、約200年おきに発生してきたことが分かっています。2008-2009年の太陽は無黒点の時期が比較的長く続き(写真2)、約200年ぶりに弱い活動度となりました。2013年の次の活動のピークに向けて太陽活動は徐々に活発化していますが、過去数十年間の活動ピークに比べて低くなる可能性が高いとされています。さらには、10~20年先に長期太陽無黒点期に突入する可能性も依然として残っています。長期太陽無黒点期が到来した際には、今回得られたマウンダー極小期における知見が、気候変動の予測に役立つものと期待されます。

・今後の展望
今回の研究で初めて採用した「樹木年輪同位体から過去の太陽活動と気候の両方を復元して比較する」という手法は、マウンダー極小期以前の時代でも適用可能です。また、正確な年代軸にもとづいた世界各地の樹木年輪のデータを直接対比することで、気候変動の空間的な分布を明らかにすることもできるため、太陽地球環境変動の仕組みを明らかにすることができる画期的な手法でもあります。研究グループでは現在、日本・世界各地から小氷期や温暖期を中心に樹木年輪を入手して分析を進めています。
太陽活動の変動の時間スケールは約10年から長いものでは数千年にもおよび多岐にわたります。それぞれの時間スケールで太陽活動が気候に与える影響を定量的に評価するには、さらなる研究が必要です。今後、様々な時代の太陽活動および気候の復元データを蓄積していくことで、気候変動への理解が深まり、長期的な気候変動予測の精密化が期待できると考えられます。

[2. 発表雑誌]
著者:山口保彦, 横山祐典, 宮原ひろ子, 庄建治朗, 中塚武

タイトル:Synchronized Northern Hemisphere Climate Change and Solar Magnetic Cycles during the Maunder Minimum

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA

掲載日:2010年11月8日の週(オンライン版掲載)

[3.注意事項]
日本時間11月9日(火)午前5時 (米国東部時間:11月8日午後3時)以前の公表は禁じられています。

4. お問い合わせ先
東京大学大気海洋研究所 横山祐典准教授
Tel: 04-7136-6141 E-mail: yokoyama[atmark]aori.u-tokyo.ac.jp
東京大学宇宙線研究所 宮原ひろ子特任助教
Tel: 04-7136-3177 E-mail: hmiya[atmark]icrr.u-tokyo.ac.jp

[5. 参考情報
1:「屋久杉を使って1100年前の太陽活動の復元に成功」
東京大学大学院理学系研究科プレスリリース(2008年7月4日)
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/press/press-2008-14.html

2:「過去1200年間における太陽活動および宇宙線変動と気候変動との関わり」
宮原ひろ子, 地学雑誌, 119(3) 510-518 2010
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography/119/3/510/_pdf/-char/ja/

[6. 用語解説
※1:宇宙線
宇宙空間を飛びかう高エネルギーの粒子で、その多くは陽子。超新星爆発残骸などが起源とされる。太陽磁場活動が活発なほど、宇宙線は太陽系内に侵入しにくくなり、地球に飛来する量が減少する。

※2:炭素14
宇宙線と大気の相互作用によって生成される、炭素の放射性同位体(質量数14)。地球大気における炭素14の生成量は地球に飛来する宇宙線量と正相関し、宇宙線量は太陽活動(特に太陽磁場活動)と逆相関するため、太陽活動が低下した時には炭素14生成量が増える。植物は光合成時に大気中二酸化炭素に含まれる炭素14を取り込むため、樹木年輪中の炭素14量を1年ごとに精密に分析することで、各年の太陽活動を復元できる。

※3:酸素同位体
酸素には、質量数が16、17、18の3種類の安定同位体(酸素16、酸素17、酸素18)が存在し、今回の研究では酸素16と酸素18の存在比を分析した。天然環境中の水(雨、海、河川など)に含まれる酸素16と酸素18の比は、降水や蒸発といった水循環プロセスを反映して、わずかに変動する。日本のような温暖湿潤な地域では、雨が多い/湿度が高い(湿潤な気候)ほど、樹木年輪中に取り込まれる酸素18の存在比が低くなる傾向にある。

図1: 現在およびマウンダー極小期における、気候変動をもたらす要因の違い。現在は様々な因子が複雑に絡み合い、太陽活動の影響を抽出することが難しい。マウンダー極小期では、太陽活動周期が特殊だったほか、産業革命前で人間活動の影響が限定的だったため、太陽活動の影響を比較的抽出しやすい。

図2:今回の研究で用いた手法の概略。樹木年輪に含まれる同位体を分析・解析することで、気候と太陽活動の両者を復元し比較した。

図3:樹木年輪中の酸素同位体組成および炭素14量から復元された、マウンダー極小期における日本の気候(上:青線)と太陽磁場活動および宇宙線飛来量(下:赤線)の変動。マウンダー極小期およびその前後の時代を、約28年周期4回分に分け、重ね合わせ平均して表示した。中央の青い影をかけた年(実際には4回発生)には、太陽磁場活動が極端に弱くなり、宇宙線飛来量が増えたのとほぼ同時に、日本では急激に湿潤な気候へと変化していた。

図4:現在およびマウンダー極小期における太陽圏磁場の形状の違い。太陽圏磁場の形状は太陽活動の周期的な変動にともなって変化し、太陽磁場活動極小の年に平らになるが、その静穏化の度合いがマウンダー極小期では顕著で、一時的な宇宙線の急増をもたらした。

写真1:今回の研究で分析に用いたスギ。樹齢392年、直径1.1メートル。

写真2: 無黒点時の太陽(写真は2008年12月の無黒点時のもの:SOHO MDIより)

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