藻類と共生する二枚貝 シャコガイの細菌叢組成を解明 ―サンゴ礁生物の共生維持機構に新たな手がかり―
2025年8月6日
東京大学
				
研究成果
発表のポイント
◆サンゴ礁に生息し、単細胞藻類(褐虫藻)を体内に共生させる二枚貝、シャコガイを用いて、からだの部位ごとの細菌叢組成を比較しました。さらに、褐虫藻の喪失が細菌叢に与える影響を検証しました。
◆褐虫藻をストレスから保護する可能性のある細菌が検出された一方、褐虫藻の喪失は細菌叢の多様性に大きな影響を与えませんでした。この結果は、細菌がシャコガイ-褐虫藻共生系の維持に関わる可能性や、宿主との間に安定的な関係を築いている可能性を示唆しています。
◆本研究の成果は、動物-褐虫藻共生系の維持機構や、サンゴ礁生態系における細菌の役割の解明、シャコガイの養殖・保全に役立つことが期待されます。

ヒメシャコガイ(ヒメジャコ)の養殖の様子。鮮やかな色合いの外套膜に褐虫藻が共生している。
概要
東京大学大気海洋研究所の新里宙也准教授と同大学大学院理学系研究科の内田大賀大学院生を中心とする研究グループは、シャコガイの体表や体内に存在する細菌叢(注1)の組成を明らかにするとともに、共生藻の喪失が細菌叢に与える影響を検証しました。
シャコガイはサンゴ礁に生息する二枚貝であり、サンゴと同様に褐虫藻(かっちゅうそう)(注2)という単細胞藻類を体内に共生させます。本研究では、ヒメシャコガイ(ヒメジャコTridacna crocea)のからだのさまざまな部位から細菌を検出し、構成を調べました。その結果、サンゴの共在細菌に近縁な細菌が多く検出されました。また、褐虫藻が共生する部位である外套膜は他の部位よりも細菌の多様性が豊かであり、褐虫藻を強光から保護する可能性のある細菌も検出されました。一方、シャコガイ体内の褐虫藻の数を人工的に減少させても、外套膜の細菌叢の多様性には大きな影響が見られませんでした。
これらの解析結果は、細菌がシャコガイと褐虫藻の共生関係の維持に寄与している可能性や、シャコガイとの間に安定的な共生関係を結んでいる可能性を示唆しています。本研究の成果は今後、動物-褐虫藻共生系の維持機構の解明や、サンゴ礁生態系における細菌の役割の理解、シャコガイ類の養殖・保全に役立つことが期待されます。
発表内容
サンゴ礁生態系の豊かな生物多様性は、動物と褐虫藻の共生によって支えられています。しかし近年、地球温暖化による海水温の上昇や環境ストレスにより、サンゴと褐虫藻の共生関係が崩壊する白化現象(注3)が頻発し、生態系への深刻な影響が問題となっています。サンゴの白化対策に向けた研究が進展するなかで、サンゴの体内に生息する細菌が、サンゴ-褐虫藻共生系の維持において重要な役割を担う可能性が指摘されています。一方、サンゴ礁に生息する大型二枚貝のシャコガイ類は、食用や観賞用として利用されるものの、天然資源量の減少が問題となっています。シャコガイもサンゴと同じように褐虫藻と共生しますが(図1)、シャコガイの体内や体表に存在する細菌群集の構成や役割はこれまでほとんどわかっていませんでした。そこで本研究チームは、シャコガイの細菌叢に関する基礎的な理解を深めるために、沖縄県で養殖が盛んなヒメシャコガイのからだの部位ごとの細菌叢組成を解析しました。さらに、ヒメシャコガイの白化現象を人工的に引き起こし、細菌叢への影響を調べました(図2)。

図1: サンゴに穴を掘って生活しているヒメシャコガイ(ヒメジャコ)
ヒメシャコガイの貝殻は穴の中に埋まっている。褐虫藻が共生する部位である外側外套膜を表に出し、日光を当てている。外側外套膜の色彩や模様は個体差が大きく、青色や褐色のものがある。褐虫藻はサンゴとシャコガイ両方と共生する。
 
図2:ヒメシャコガイの部位ごとの細菌叢組成と、白化による細菌叢組成への影響
(左)本研究で解析対象としたシャコガイのからだの部位のうち、4つの細菌叢組成(割合)を円グラフで示した。それぞれ、4個体分の平均値として表されている。シャコガイのサンプルは宮古島市海業センターから提供された。(右)シャコガイを通常の条件で3ヶ月間飼育した場合と、完全遮光下で3ヶ月間飼育した場合の、外側外套膜の細菌叢組成。それぞれ、3個体分の平均値として表されている。シャコガイは石垣島の浦底湾で採取され、実験は水産研究・教育機構の水産技術研究所・八重山庁舎で行われた。
細菌叢解析の結果、サンゴにも広く分布するEndozoicomonas属細菌が、ヒメシャコガイ細菌叢の主要なメンバーであることがわかりました。一方、外套膜(注4)ではEndozoicomonas属以外の細菌も多く検出され、全体的な細菌叢の多様性が高くなっていました。外套膜のうち、貝殻の外側に出ている部分(外側外套膜)には、高密度の褐虫藻が共生しています。この外側外套膜では、他の部位と比べてRubritalea属やMuricauda属の細菌が多く検出されましたが、これらの細菌はカロテノイドという色素成分を生産することが知られています。先行研究によってカロテノイド生産細菌が褐虫藻を強光ストレスから守る可能性が示唆されており、ヒメシャコガイの外側外套膜に存在する細菌も褐虫藻を保護している可能性が考えられます。
続いて、光を遮断した環境でヒメシャコガイを飼育することによって人工的に白化現象を引き起こし、共生関係の崩壊が外側外套膜の細菌叢へ与える影響を調べました。その結果、細菌叢の全体的な多様性には影響が見られませんでした。また、Rubritalea属やMuricauda属の細菌の割合にも、白化現象に伴う明確な変化は見られませんでした。上述の先行研究では、カロテノイド生産細菌が褐虫藻の細胞表面に局在することが示されています。しかし本研究では、白化後のシャコガイの外側外套膜からもRubritalea属やMuricauda属の細菌が検出されたことから、これらの細菌は褐虫藻とともに失われるのではなく、白化後もシャコガイの体内に残存すると考えられます。今後は、シャコガイ外套膜内部でのこれらの細菌の詳細な分布や、シャコガイあるいは褐虫藻に及ぼす作用などについて検証する必要があります。
本研究では、沖縄県で養殖されているヒメシャコガイについて、その細菌叢を理解するための基盤となるデータが得られました。さらに、細菌がシャコガイ-褐虫藻共生系の維持に関わる可能性や、宿主との間に安定的な関係を築いている可能性が示唆されました。これらの成果は、動物-褐虫藻共生系の維持において細菌が果たす役割や、サンゴ礁生態系における細菌の多様な役割の解明に役立つと考えられます。また、天然資源量の減少が問題となっているシャコガイの保全、および養殖技術の改良に貢献することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
 大気海洋研究所
  新里 宙也(准教授)
 大学院理学系研究科
  内田 大賀(博士課程)
  李 顔秀(博士課程)
水産技術研究所
  山下 洋(主任研究員)
宮古島市
  島田 剛(主任主事)
論文情報
雑誌名:Environmental Microbiology
題 名:Microbiome of the Boring Giant Clam Provides Insights into Holobiont Resilience under Coral Reef Environmental Stress
著者名:Taiga Uchida*, Yanxiu Li, Hiroshi Yamashita, Go Shimada, Chuya Shinzato*
DOI: 10.1111/1462-2920.70161
URL: https://doi.org/10.1111/1462-2920.70161![]()
研究助成
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:24KJ0896)」、「基盤研究(A)(課題番号:21H04742)」「基盤研究(B)(課題番号:20H03235、24K01847)」の支援により実施されました。
用語解説
- (注1)細菌叢
 - さまざまな細菌(バクテリア)の集合。例えば、ヒトの腸内に生息する細菌群集全体を腸内細菌叢と呼ぶ。
 - (注2)褐虫藻(かっちゅうそう)
 - Symbiodiniaceae科に属する単細胞藻類で、サンゴの体内に共生することがよく知られている。サンゴのほかに、シャコガイなどの二枚貝、ウミウシ、イソギンチャクなどの海産無脊椎動物と共生する場合がある。
 - (注3)白化現象
 - サンゴ体内から褐虫藻が失われたり、褐虫藻の色素が失われたりして、サンゴの骨格の白色が透けて見えるようになることを白化現象と呼ぶ。褐虫藻との共生関係が崩壊している状態。シャコガイでも同様に褐虫藻の喪失と外套膜の色彩変化が観察されるため、白化現象と呼ばれている。ただしシャコガイの場合は、外套膜の鮮やかな色彩を生み出す「虹色細胞」の減少も色彩変化の要因であると考えられている。
 - (注4)外套膜
 - 貝類やイカ、タコなどの軟体動物のからだを覆う器官。シャコガイでは、外套膜の中でもouter mantle(本稿では外側外套膜)と呼ばれる部分が主要な褐虫藻共生部位となっている。貝殻の内側の内臓はinner mantle(内側外套膜)と呼ばれる部分に覆われている。また、ヒメシャコガイではpedal mantle(足側外套膜)と呼ばれる部分が岩やサンゴに穴を開ける役割を担っていることが示唆されている。なお、これらの部位の分け方や呼称については文献によってばらつきがある。
 
問合せ先
東京大学大気海洋研究所
准教授 新里 宙也(しんざと ちゅうや)
E-mail:c.shinzato◎aori.u-tokyo.ac.jp      ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください
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