遺伝子発現の年変動から紐解くサンゴ一斉産卵機構 ―サンゴ同士の“コミュニケーション”が鍵?―
2025年8月5日
東京大学

研究成果
発表のポイント
◆初夏の夜に繰り広げられる幻想的な現象、サンゴの一斉産卵、そのメカニズムの多くは謎に包まれています。本研究は2年連続の一斉産卵を含む、1年以上にわたる継続したサンプリングにより、サンゴの産卵時期に特徴的な発現パターンを示す遺伝子群を見出しました。
◆これら遺伝子群は、産卵のタイミングの同調に関わっている可能性があります。
◆本研究成果は、サンゴをはじめとする海洋生物における一斉産卵機構の全容解明に貢献することが期待されます。

ウスエダミドリイシの産卵の様子。水面に鮮やかなピンク色のバンドル(卵と精子のカプセル)が広がる。
概要
東京大学大気海洋研究所の新里宙也准教授、水産技術研究所の鈴木豪主任研究員、沖縄科学技術大学院大学の善岡祐輝研究員、を中心とする研究グループは、サンゴ(ウスエダミドリイシAcropora tenuis)の一斉産卵を含む産卵時期に発現変動を示す遺伝子群を明らかにしました。本研究では2年連続の一斉産卵を含む1年以上の長期間、同一サンゴ個体から継続的に枝サンプルを採取し、遺伝子発現解析(注1)を行いました。その結果、サンゴの産卵時期に特異的に発現量が変動する産卵関連遺伝子群を、世界で初めて特定しました。これら産卵関連遺伝子群の発現パターンと推定される機能から、産卵日の2週間ほど前から4つの生物学的プロセスを経て、サンゴは産卵を同調させていると推測されます。本成果は、サンゴにおける一斉産卵機構の理解に加え、サンゴと同様に一斉産卵を行う他の海洋生物における、その仕組みの解明にも寄与することが期待されます。
発表内容
初夏の夜、数百・数千のサンゴが同調しながら産卵する、「サンゴの一斉産卵」は広く認知されている自然現象です。サンゴにとって子孫繁栄のために重要であるこの現象は、鮮やかなピンク色のバンドル(卵と精子のカプセル)が一斉に水中に放出され、その美しい光景から多くの人々を魅了しています。サンゴの一部の種では、月の光が産卵を誘導することが明らかとなっています。しかし、浅瀬のサンゴ礁に広く分布する代表的なサンゴであるミドリイシ属は、満月の夜に限らず、満月の前後や新月の夜にも産卵します。特に沖縄では、月光が雲で覆い隠される機会の多い梅雨時期である5月から6月に、サンゴの一斉産卵が多く見られることから、月光以外の要因が産卵を引き起こしていることは明らかです。これまでの先行研究では、産卵前後1ヶ月程度の短い期間の遺伝子発現を比較対象としていました。そこで本研究チームは、ミドリイシ属の一種であるウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)を対象に、最初の産卵から翌年の産卵まで、2年連続の産卵を含む約1年以上、同一個体から枝サンプルを継続して採取し、一斉産卵の仕組みを明らかにするための遺伝子発現解析を実施しました。
その結果、一斉産卵の約2週間前から産卵日にかけて、発現量が顕著に変動する230の「産卵関連遺伝子群」を特定することに成功しました(図1)。これら産卵関連遺伝子群は5つの発現パターンに分類され(図1)、それらの推定される遺伝子機能から、次の4つの生物学的プロセスが一斉産卵に向けて進行すると考えられます:(I)様々な種類の受容体の活性化、ホルモン様物質の分泌に関わる遺伝子群が、産卵の二週間前から発現増加され、一度減少した後も一定レベルで維持され、産卵まで継続する。(II)TGF-βシグナル伝達経路、精子形成に関わるキナーゼ様遺伝子群が、産卵の1〜2週間前に発現増加される。(III)精子の受性能獲得・バンドル形成に関わると推測される遺伝子群が、産卵の一週間前から徐々に発現増加される。(IV)転写因子ELF1を含む少数の遺伝子群が、産卵当日に発現増加される。特に、(III)のように、発現が波のように変動する遺伝子群は、隣接するサンゴ個体間で産卵するタイミングの調節をしているのではないかと考えられます。本研究はサンプリング期間の長期化により、網羅性と解析の堅牢性の両面で新規性が高く、産卵分子機構の一端を示唆する成果となりました。今後、遺伝子発現と産卵タイミングの因果関係が明らかとなれば、長年の謎であるサンゴの一斉産卵の仕組み、ひいては海洋生物の同調産卵機構が解明されることが期待されます。

図1:産卵関連遺伝子群の発現パターンと4つの生物学的プロセス
230の産卵関連遺伝子群の発現パターン及び推定される遺伝子機能から、一斉産卵に向けて進行する4つの生物学的プロセスの存在が推測された。I:受容体機能の活性化とホルモン様物質の分泌(産卵の約2週間前から発現量が増加し、一度減少した後も一定レベルで維持され、産卵まで継続して発現するパターン3の遺伝子群)、II:TGF-βシグナル伝達経路と精子形成の活性化(産卵の1〜2週間前に発現ピークを示すパターン1・2の遺伝子群)、III:精子の受性能獲得・バンドル形成の促進(産卵の1週間前から徐々に発現量増加を示すパターン4の遺伝子群)、IV:産卵の誘導(産卵の当日に発現量増加を示すパターン5の遺伝子群)。
発表者・研究者等情報
東京大学
大気海洋研究所
新里 宙也(准教授)
大学院理学系研究科
内田 大賀(博士課程)
沖縄科学技術大学院大学
マリンゲノミックスユニット
佐藤 矩行(教授)
將口 栄一(シニアスタッフサイエンティスト)
善岡 祐輝(日本学術研究会特別研究員PD)
水産技術研究所
鈴木 豪(主任研究員)
田代 郷国(研究支援職員)
藤倉 佑治(主任技術員)
論文情報
雑誌名:Molecular Ecology
題 名:Time-series RNA-seq of Acropora tenuis reveals molecular waves leading to synchronous mass spawning of scleractinian corals
著者名:Yuki Yoshioka, Go Suzuki*, Yuji Fujikura, Satokuni Tashiro, Taiga Uchida, Eiichi Shoguchi, Noriyuki Satoh, and Chuya Shinzato*
DOI: 10.1111/mec.70054
URL: http://doi.org/10.1111/mec.70054![]()
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:JP20H03066、JP20H03235、24K01847)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP20K21860)」、「特別研究員奨励費(課題番号:JP20J21301、JP23KJ2129)」の支援により実施されました。
用語解説
問合せ先
東京大学 大気海洋研究所
准教授 新里 宙也(しんざと ちゅうや)
E-mail:c.shinzato◎aori.u-tokyo.ac.jp ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください
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