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極端現象と気候変動の関係を迅速に推定する新手法の開発 ―統計的アプローチによる新しいイベント・アトリビューション―

2025年7月10日

東京大学
気象研究所
(一財)気象業務支援センター
京都大学

研究成果

要約版PDFPDFファイル

発表のポイント

♦ある極端気象の発生確率に対する自然変動と人間活動の影響を迅速に推定できる、イベント・アトリビューションの新たな統計的手法を開発しました。
♦既存の気候シミュレーションデータベースを活用して極端現象の発生確率を求める統計モデルを構築し、実際に観測された海面水温や関係する大気変動を入力値として、日本の極端高温の発生確率を精度良く推定可能である事を示しました。
♦本手法は、日本の大雨をはじめ、世界各地で発生する様々な極端気象現象への応用が可能であり、速やかな情報発信により気候リスクへの社会の理解を深める事に貢献すると期待されます。

新しい統計的手法に基づく迅速なイベント・アトリビューションの模式図
海面水温パターンは一例であり、イベントにより異なります。

概要

東京大学大気海洋研究所の高橋千陽特任助教と今田由紀子准教授は、気象庁気象研究所の川瀬宏明室長、京都大学防災研究所の田中智大准教授と共同で、ある特定の極端現象の発生確率に対する自然変動と人間活動の影響を評価する「イベント・アトリビューション(EA)」の迅速化を目的とした、新たな統計的手法を開発しました。従来のEA手法では、現実的な気候条件と、温暖化がなかったと仮定した気候条件下で大量のシミュレーションを実施して発生確率を見積もるため、極端事例発生から結果の提示に1〜2ヶ月を要していました。本研究では、既存の大規模シミュレーションデータをもとに、実際に観測された全球の海面水温変動やそれに関連する大気変動を入力値として、対象となる極端現象の発生確率を統計的に算出することができる新しい統計モデルを開発しました。本手法を用いることで、極端事例発生から数日程度でEAの結果を提示することが可能となりました。本手法は、EAの迅速な情報発信と気候リスクに対する社会的理解の向上に貢献することが期待されます。

発表内容

近年、極端な気象現象が世界各地で頻発しており、その背景には人為起源の気候変動が関与していると考えられています。日本においても、夏季の極端高温の発生頻度は年々増加しており、熱中症をはじめとする健康被害や社会的影響が深刻さを増しています。こうした状況を受けて、近年注目されているのが「イベント・アトリビューション(EA)」と呼ばれる手法です。EAは、ある極端現象の発生確率や強度について、自然変動と人為起源の気候変動の影響を分離・定量化する解析手法であり、気候変動リスクの科学的根拠を社会に示す上で重要な役割を果たします。従来、日本におけるEAは、全球大気モデルや領域気候モデルによる大規模アンサンブル気候シミュレーション(注1)を基に実施されてきましたが、膨大な計算資源と時間を要するため、速報性に欠けるという課題がありました。本研究チームはこの課題に対応すべく、既存の大規模アンサンブル気候シミュレーションデータと観測データを活用し、迅速にEAを実施できる独自の統計手法を新たに開発しました。

日本の気象は、熱帯から中緯度の海面水温変動の影響を強く受けることが知られています。たとえば、エルニーニョ・南方振動や、日本近海での海洋熱波などが、日本の極端高温の引き金となる可能性が指摘されています。本手法は、こうした背景場となる海洋の変動や関連する大気変動を統計モデルに組み込むことで、自然変動の影響を定量的に評価できるという利点があります。日本の気温の発生確率は、統計学で用いられる確率分布関数(ガウス分布または一般化極値分布(GEV分布))(注2)で近似できると仮定し、現実的な気候条件と非温暖化を仮定した気候条件の双方について、確率分布関数のパラメーターを推定します。これらのパラメーターと海面水温の関係を回帰分析により評価した結果、大気および海洋の主要な内部変動モードと密接な関連があることが分かりました。また、人為起源の気候変動による分布関数のパラメーターの長期的な変化も、海面水温の変化傾向から再構築できることが実証されました。

完成した統計モデルに、実際に観測された海面水温や関連する大気の変動を入力することで、極端現象の発生確率や人為的気候変動の寄与を定量的かつ迅速に評価することが可能になります。本手法を日本における複数の熱波事例に適用したところ、推定された気温の確率密度関数(PDF)(注3)は従来手法による誤差の範囲内に収まっており(図1)、本アプローチによって、信頼性と迅速性の両立が可能となりました。

図1 2023年7月下旬から8月上旬の北日本熱波事例への適用結果

今後は本手法を大雨など他の極端気象現象にも展開し、迅速なEAの公表を通じて、気候変動の影響に関する科学的根拠を提示し、社会的理解の促進に貢献することが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学大気海洋研究所 気候システム研究系 気候変動現象研究部門
 高橋 千陽 特任助教
 今田 由紀子 准教授
  兼:気象業務支援センター 研究員

気象庁気象研究所 応用気象研究部
 川瀬 宏明 室長
  兼:気象業務支援センター 研究員

京都大学 防災研究所 社会防災研究部門
 田中智大 准教授

論文情報

雑誌名:Environmental Research: Climate
題 名:A new statistical method of rapid event attribution for probability of extreme events: Applications to heatwave events in Japan
著者名:Chiharu Takahashi*, Yukiko Imada, Hiroaki Kawase, and Tomohiro Tanaka
DOI: 10.1088/2752-5295/ade1f3
URL: https://doi.org/10.1088/2752-5295/ade1f3このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム」、領域課題1「気候変動予測と気候予測シミュレーション技術の高度化(全球気候モデル)」(JPMXD0722680395)、領域課題3「日本域における気候変動予測の高度化」(JPMXD0722680734)、領域課題4「ハザード統合予測モデ
ルの開発」(JPMXD0722678534)、「基盤研究(C)(課題番号:JP24K07144)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)大規模アンサンブル気候シミュレーション
本研究で使用した大規模アンサンブル気候シミュレーションは、地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF: database for Policy Decision making for Future climate change)に収録されている、気象研究所の全球大気大循環モデルによる現在気候実験および非温暖化実験のデータです。それぞれの実験について多数の計算例(1951年1月~現在までの計算について100個の異なる計算例)が利用できます。多数の計算例を使うことで、気温上昇の影響が小さい場合でも確実にその影響を捉えることができます。d4PDFの計算期間は順次延長されていますが、更新頻度は年1回程度なので、極端現象発生時に即座に対象期間の結果を使用することはできません。
(注2)統計学で用いられる確率分布関数(ガウス分布または一般化極値分布(GEV分布))
気温などの変数のばらつきを表す確率分布を数学的に表現したものです。ガウス分布はy=1/√(2πσ^2 ) exp (-(x-μ)^2/(2σ^2 ))、一般化極値分布(GEV分布)はy=exp [-(1+κ (x-μ)/σ)^(-1/κ) ]という関数で表されます。μは位置パラメーター、σは尺度パラメーター、κは形状パラメーターと呼ばれる分布の特性を決めるパラメーターです。ガウス分布は、統計学で最も基本的な確率分布のひとつで、平均値を中心に、左右対称な釣鐘型の形状をしており、値が平均から離れるほど発生の確率が小さくなります。この分布は、誤差やばらつきを扱う上で非常に重要で、たとえば気温や降水量など、さまざまなデータの解析に広く用いられています。一般化極値分布は、一定期間ごとの極値(最大値または最小値)の統計的性質を記述する確率分布関数で、極端気象(猛暑日、豪雨など)の頻度や強度の評価に用いられます。
(注3)確率密度関数(PDF)
横軸にある変数(日本の気温など)の階級、縦軸にその階級に属するデータの相対的な出現度数(合計の度数を1とした場合の相対的な頻度)を取って作成したグラフをヒストグラム(度数分布)と呼びますが、横軸の階級の幅を限りなく細かく刻むことでヒストグラムを滑らかな曲線で表したものが確率密度分布(PDF: Probability Density Function)です。極端現象は発生頻度が低い現象なので、PDFの左右の裾野部分に存在しています。極端現象を象徴する閾値(実際に観測された値など)を横軸に設定した場合、その閾値を超えた裾野部分の面積が発生確率を表します。

問合せ先

東京大学大気海洋研究所 気候システム研究系 気候変動現象研究部門
特任助教 高橋 千陽(たかはし ちはる)
E-mail:chihaaori.u-tokyo.ac.jp

※メールアドレスの「◎」は「@」に変換してください

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