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耳石が語る魚のエネルギー消費の履歴 ―新規指標を用いた魚類のエネルギー消費量復元手法の開発―

2025年6月26日

東京大学
東京科学大学

研究成果

要約版PDFPDFファイル

発表のポイント

◆天然に存在する放射性炭素を用いて、魚のエネルギー消費量を精度よく推定する新たな手法を開発しました。
◆本研究で開発された手法を用いることで、従来の魚類のエネルギー消費量の推定研究において課題とされてきた魚種や成長段階に依存する影響を除去し、幅広い魚種・成長段階におけるエネルギー消費量の比較が可能となります。
◆魚類のエネルギー消費量は水温など環境の影響を受けるため、個体の生存戦略に大きな影響を与えます。本研究で開発した手法を用いて、これまで未知であった様々な魚種のエネルギー消費量の情報を簡便に取得することで、温暖化など気候変動に対する魚の生理・代謝応答の予測への応用が期待されます。

研究対象となったアマノガワテンジクダイ

概要

東京大学大学院理学系研究科の安東梢大学院生(研究当時)、同大学大気海洋研究所横山祐典教授らによる研究グループは、飼育されたアマノガワテンジクダイ(注1)の耳石(注2)中の天然に存在する極微量の放射性炭素(注3)濃度を分析することで、魚類のエネルギー消費量を復元する新たな手法を開発しました。

耳石とよばれる炭酸カルシウムからなる魚の硬組織は生涯を通じて成長します。耳石の炭素源は形成時に呼吸代謝由来の炭素の影響を強く受けますが、魚の体内における呼吸代謝由来の炭素の量はエネルギー消費量を反映します。したがって、耳石の炭素源を定量することで、魚の生涯を通じた時系列のエネルギー消費量の情報を取得することができます。本研究では、耳石の炭素源を世界で初めて高精度放射性炭素分析によって定量的に評価することに成功しました。放射性炭素は従来の手法では解決困難であった、種や成長段階によって異なるとされる補正係数の影響を受けないという特徴があります。本研究で新規提案した手法により、幅広い魚種や成長段階におけるエネルギー消費量の単純比較が可能となり、今後、温暖化など気候変動に伴う魚の環境応答の予測や水産資源管理への応用が期待されます。

発表内容

【研究の背景】
生物のエネルギー消費量は温度など周辺環境に依存し、成長率や生存戦略に大きく影響を与えることから、対象の生理機能や環境応答の指標として重要です。これまで野生魚を用いたエネルギー消費量研究は高緯度帯に生息する種を対象とした例が多く、気候変動の影響を強く受ける熱帯域に生息する魚に関する情報が不足していました。これまでは、魚類のエネルギー消費量の推定に耳石の炭素安定同位体(注4)の分析によって炭素源を定量化する方法が主流でした。しかし、炭素安定同位体比を用いた方法では、種や成長段階(仔魚・稚魚・成魚等)によって異なると考えられている補正係数の見積精度が十分であるとはいえませんでした。そのため、耳石中の炭素源を用いたエネルギー消費量復元を高精度化するには限界があり、幅広い魚種や成長段階の直接比較が困難でした。

【研究の内容】
本研究では、公益財団法人海洋生物環境研究所 実証試験場(新潟県柏崎市)にて、長期間(半年~3年半程度)にわたり水温を高精度に管理して飼育されたアマノガワテンジクダイについて、魚類耳石中の炭素源を放射性炭素という新たな化学指標を用いて定量的に評価しました。アマノガワテンジクダイは熱帯に生息する魚であるため、先述の熱帯魚のエネルギー消費に関する情報不足を補うのに適した魚種です。本手法では、耳石の炭素源となる餌と水の中に存在している炭素、および耳石の放射性炭素濃度を測定することで、エネルギー消費量を推定することができます。放射性炭素濃度は補正係数の影響を受けないため、先述の安定炭素同位体における課題を解決するのに適した指標です。しかし、放射性炭素は環境存在度が1兆分の1以下と極めて微量であることから分析数を増やすことが難しいことに加え、必要なサンプル量も多いという課題があり、これまで生態学的な情報を得ることが困難とされてきました。今回、本研究グループが開発した世界最高精度で分析できる国内唯一のシングルステージ加速器質量分析装置(図1)を用いた方法を使うことで、高精度な放射性炭素分析に成功しました。その結果、先行研究で指摘されていた水温とエネルギー消費量の依存性の関係が明確になりました(図2)。これにより、放射性炭素同位体から魚のエネルギー代謝を高精度に推定する手法を新たに提案でき、魚種や成長段階に影響されない、従来法の課題を克服した手法の有効性が実証されました。

図1:分析に用いた日本唯一の東京大学大気海洋研究所先端分析推進室の
シングルステージ加速器質量分析装置(YS-AMS)

図2:水温と魚類耳石から復元したエネルギー消費量の関係

縦軸は耳石中炭素の呼吸由来の炭素の寄与割合であり、エネルギー消費量の指標である。灰色の点が炭素安定同位体を用いた先行研究、赤い点が本研究で放射性同位体測定した対象魚のデータを表す。放射性炭素を用いて復元した本研究の結果は複数の先行研究から得られた水温との関係と概ね整合的であることがわかる。

【今後の展望】
本研究成果は、現在、国連海洋科学の10年やSDGsといった国際的な取り組みの中で、世界的にも議論の中心となっている気候変動下での水温変化に対する魚類の生理学的適応や分布変動のメカニズム解明、さらには水産資源量変動のより高精度な予測に資するものです。水温変動と連動した水産資源変動は北太平洋や低緯度東部太平洋等で複数の報告例がありますが、その詳細なメカニズムの解明は進んでいません。しかし、魚のエネルギー消費量は成長率や生存率への影響を通じて生息域や集団サイズに影響を与えることから、資源量変動に密接にかかわっていると考えられています。今後は本研究で提案された放射性炭素を用いた魚類のエネルギー消費量復元の手法を多様な種や成長段階の魚へ応用することで、魚類の水温変動に対する生理的応答に対する理解が進むことが期待されます。これにより、水産資源管理や海洋生態系保全政策への波及効果が期待されます。

〇関連情報:
「地球表層の環境/生物動態を追跡する放射性炭素 ~「生物履歴学」の創成をめざして~」(2013/05/20)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/topics/2013/20130520.htmlこのリンクは別ウィンドウで開きます

発表者・研究者等情報

東京大学
 大気海洋研究所
  横山 祐典 教授
   兼:同大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
  宮入 陽介 特任助教
  阿瀬 貴博 技術専門職員
  宮島 利宏 助教

 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
  安東 梢 修士課程(研究当時)
   現:東京科学大学環境・社会理工学院 融合理工学系 博士後期課程

東京科学大学環境・社会理工学院 融合理工学系
  西田 梢 准教授

公益財団法人海洋生物環境研究所
  林 正裕 研究員
  依藤 実樹子 契約研究員(研究当時)

京都大学大学院人間・環境学研究科
  石村 豊穂 教授

論文情報

雑誌名:Limnology and Oceanography Letters
題 名:Carbon source estimation of Banggai cardinalfish, Pterapogon kauderni otoliths using a novel tracer Δ14C: New implications for fish metabolism and otolith calcifications
著者名:Kozue Ando*, Kozue Nishida, Yosuke Miyairi, Masahiro Hayashi, Makiko Yorifuji, Toyoho Ishimura, Takahiro Aze, Toshihiro Miyajima, Yusuke Yokoyama*
DOI: 10.1002/LOL2.70042
URL: https://doi.org/10.1002/LOL2.70042このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、科研費「多元素同位体の複合解析による回遊生物の新たな生物地球化学タグの確立(課題番号:22H05029)」、「革新的同位体分析システムを活用した海洋生物の行動生態復元への挑戦(課題番号:23K26977)」、JST戦略的創造研究推進事業(CREST) グラント番号:JPMJCR23J6、JST創発的研究推進事業 グラント番号:JPMJFR221Fの支援により実施されました。

用語解説

(注1)アマノガワテンジクダイ
スズキ目テンジクダイ科の小型魚。インドネシア周辺の限られた海域のサンゴ礁に生息する。成長が早いことから繁殖を繰り返し複数代にわたって飼育することが比較的容易であることから、飼育実験に適している。
(注2)耳石
脊椎動物の内耳に存在する平衡感覚をつかさどる器官で、炭酸カルシウムの結晶から構成される。発生時より生涯を通じて付加成長し、成長時に周辺環境の化学的情報を記録することから、対象魚が経験した環境の復元に広く用いられている。
(注3)放射性炭素
炭素の同位体(12C, 13C, 14C)のうちの1つ(14C)である。放射性の14Cと炭素の安定な同位体である12Cの比率を示す指標である放射性炭素同位体比は、地球科学の分野で広く使われる。
(注4)炭素安定同位体
放射壊変を伴わない炭素の安定な同位体(12C, 13C)である。13Cと12Cの比で表される炭素安定同位体比は、生体内から生態系まで、炭素の移動や循環を理解する手法として地球科学や生態学、生物学などの分野で広く使われる。

問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 海洋底科学部門/先端分析研究推進室
教授 横山 祐典(よこやま ゆうすけ)
E-mail:yokoyamaaori.u-tokyo.ac.jp

東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系
准教授 西田 梢(にしだ こずえ)
E-mail:nishida.k.d2e7m.isct.ac.jp

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