シビアな浅い水域で有孔虫は決まった共生藻しか持てない ―共生褐虫藻の深度変化を解明―
2025年6月6日
東京大学
愛媛大学
産業技術総合研究所
発表のポイント
◆サンゴ礁に生息する大型底生有孔虫が持つ共生褐虫藻の組み合わせが生息深度で変化することを発見
◆深度2m程度の礁原の個体は決まった褐虫藻の組み合わせを持ち、深度9mより深い礁斜面の個体が持つ多様な褐虫藻と対照的だった
◆光量や水温の変動幅などの環境の差異が、大型底生有孔虫の共生藻の多様性に影響する可能性を示唆し、今後有孔虫を用いたサンゴ礁の環境モニタリングで環境DNA解析を実施する際に参照できるかもしれない
研究に使用した大型底生有孔虫Amphisorus kudakajimensis 愛媛大学、濱本助教提供
概要
東京大学大気海洋研究所の前田歩特任助教と、愛媛大学先端研究院沿岸環境科学研究センターの濱本耕平助教、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)・地質情報研究部門の鈴木淳研究グループ長、産総研・ネイチャーポジティブ技術実装研究センターの井口亮研究チーム長らによる研究グループは、サンゴ礁に生息する大型底生有孔虫が持つ共生褐虫藻の多様性が生息深度によって変化することを明らかにしました。
本研究では、礁原と礁斜面に生息する大型底生有孔虫内の褐虫藻遺伝子を、有孔虫個体レベルで網羅的に解析しました。その結果、深度9mより深い礁斜面の個体が持つ多様な褐虫藻に比べ、深度2m程度の礁原の個体の褐虫藻は決まった組み合わせに収束することを発見しました。従来、光量等の変動が大きい浅場に順応するため、浅場の個体は多様な共生褐虫藻を持つとされてきましたが、実際には浅場の個体の褐虫藻組成はほぼ一様でした。本研究の成果は、環境の差異により大型底生有孔虫の共生藻の多様性が異なることを示しており、将来の温暖化に対し共生藻を持つ生物がどのように順応するのか考えるうえで役立つ可能性があります。
発表内容
褐虫藻(注1)と他の海洋生物との共生関係は、サンゴ礁生態系の生産の根幹をなしています。サンゴ礁に生息する大型底生有孔虫(注2)は、サンゴ礁における炭酸カルシウムの生産や砂浜の形成に寄与しています。Soritinae亜科に属する有孔虫は、褐虫藻と独自の共生関係を形成していますが(図1)、Soritinae亜科の有孔虫と共生する褐虫藻の多様性、およびその空間的・個体群レベルの変動については、まだ十分に解明されていません。本研究では、沖縄県の阿嘉島にあるサンゴ礁の三地点の、礁原から礁斜面までの異なる深度から採集したAmphisorus kudakajimensis(以下、A. kudakajimensisという)を用いて、共生する褐虫藻の多様性を調べました。また、沖縄本島の大度海岸の礁原からもA. kudakajimensisを採集し、あわせて褐虫藻の多様性を調べました。
図1:大型底生有孔虫Amphisorus kudakajimensis
a)図中央の赤丸内が大型底生有孔虫Amphisorus kudakajimensis。採取地点にて撮影(愛媛大学、濱本助教提供)。b) Amphisorus kudakajimensis拡大図。緑は細胞質、赤は褐虫藻を示す(岡山大学、大野博士提供)。
次世代シーケンシング技術(注3)と、褐虫藻遺伝子のITS2領域(注4)の解析に特化したSymPortal(注5)により、154個体のA. kudakajimensisから39の褐虫藻の系統が同定されました。優占する褐虫藻の系統はCladocopium、Freudenthalidium、およびHalluxiumであり、一個体に複数の褐虫藻の系統が共存していました。Halluxiumは阿嘉島の礁斜面個体群(>9m)で優占しましたが、礁原個体群(<2m)では検出されませんでした(図2)。褐虫藻の種の多様性は、礁斜面個体群が礁原個体群よりも高い結果となりました。礁原個体群のA. kudakajimensisは、CladocopiumとFreudenthalidiumのみからなる特定の組み合わせの褐虫藻を共生させていました。
図2:有孔虫個体毎の共生褐虫藻の組成
色は共生褐虫藻の系統によって異なり、青系統はCladocopium、赤系統はFreudenthalidium、緑系統はHalluxium、黄色はForaminifera Clade Gを表している。
本研究の成果から、水温や塩分の変動が大きく、高紫外線強度下にある浅い水域の厳しい環境に適応するため、A. kudakajimensisの共生藻群集が多様性に乏しい組み合わせに収束する可能性が示唆されました。本研究の結果は、将来の気候変動に対する宿主-共生体適応パターンについて考えるヒントになるかもしれません。また、前田らは有孔虫を対象とした環境DNA(注6)の研究にも着手しており(Maeda et al. 2023 Front Mar Sci※1)、今後サンゴ礁の有孔虫から放出される褐虫藻のタイプをモニタリングすることで、サンゴ礁に生息する有孔虫類が生息する環境の迅速評価にも繋げていけることが期待されます。
※1:https://doi.org/10.3389/fmars.2023.1243713
発表者・研究者等情報
東京大学
大気海洋研究所
前田 歩 特任助教
愛媛大学
先端研究院沿岸環境科学研究センター
濱本 耕平 助教
産業技術総合研究所
地質情報研究部門
鈴木 淳 研究グループ長
ネイチャーポジティブ技術実装研究センター
井口 亮 研究チーム長
論文情報
雑誌名:Coral Reefs
題 名:Dinoflagellate diversity of large benthic foraminifera in harsh shallow-water environments
著者名:Ayumi Maeda*, Kohei Hamamoto, Miyuki Nishijima, Akira Iguchi, and Atsushi Suzuki
DOI: 10.1007/s00338-025-02671-4
URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s00338-025-02671-4
研究助成
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:JP21J01011)」、「若手研究(課題番号:JP22KJ3176)」「特別推進研究(課題番号:23H05411)」の支援により実施されました。
用語解説
- (注1)褐虫藻
- Symbiodiniaceae科に属する、渦鞭毛藻の一種。サンゴやシャコガイ、イソギンチャクなどの共生藻としても知られているが、生物ごとに共生する褐虫藻の種や多様性は異なる。
- (注2)大型底生有孔虫
- 有孔虫のうち、サンゴ礁に生息し、共生藻を持つ大型のグループを指す慣例的な呼び方。種によって、決まった微細藻類(褐虫藻、珪藻、紅藻、緑藻)と共生する。
- (注3)次世代シーケンシング技術
- 数百万のDNA分子の塩基配列を高速かつ同時に決定する技術。ゲノム解析などに使用されている。
- (注4)ITS2領域
- リボソームRNA遺伝子の5.8Sと28S領域の間に存在する領域(Internal Transcribed Spacer 2と呼ばれる)。欠損や挿入などの変異が多く、進化速度が大きいため、近縁種間の系統解析に利用される。
- (注5)SymPortal
- B. C. C. Humeが開発した、データベースのITS2配列情報を基に褐虫藻の遺伝子型決定を行うツール。
- (注6)環境DNA
- 環境試料(水、空気、土壌など)に含まれているDNA断片のこと(産総研ホームページ参照、URL: https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20250312.html
)
問合せ先
東京大学 大気海洋研究所 国際・地域連携研究センター 国際連携研究部門
特任助教 前田 歩(まえだ あゆみ)
E-mail:ay-maeda◎aori.u-tokyo.ac.jp ※「◎」は「@」に変換してください