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温暖期なのに昔の東京湾は冷たかった? ―過去の温暖期を生きた貝化石から水温の季節変化を復元―

2024年11月2日

東京大学
産業技術総合研究所

研究成果

要約版PDFPDFファイル

発表のポイント

◆千葉県の下総層群のビノスガイ化石に着目し、地球全体が温暖だった時代の古東京湾の海水温の季節変動を復元しました。
◆温暖で千葉県が海面下にあった時代にもかかわらず、最高水温は現在の千葉県の沿岸域の水温よりも5度以上低く、現在の東北地方や北海道の沿岸域の水温に近かった時期があったことが分かりました。
◆過去の温暖期に海洋がどのような環境だったのかを明らかにすることは、地球温暖化が進行した場合の将来予測に大いに役立つと期待されます。


101歳の化石ビノスガイの貝殻をスライスして研磨した切片(せっぺん)試料

概要

東京大学の三木志緒乃大学院生、白井厚太朗准教授、山口飛鳥准教授、棚部一成東京大学名誉教授、海洋研究開発機構 窪田薫研究員、産業技術総合研究所 中島礼総括研究主幹、マインツ大学Schöne教授、Brosset大学院生による研究グループは、ビノスガイ(学名:Mercenaria stimpsoni注1)の化石を用いて、過去の温暖期(約10万年前、約20万年前、約30万年前、注2)の古東京湾(注3)の海水温の季節変化を明らかにしました。

本研究では、100歳を超える長寿二枚貝であるビノスガイと、過去の海水温の復元のための良好な条件に恵まれた千葉県の下総層群(しもうさそうぐん)注4)に着目しました。貝殻の成長線解析(注5)と酸素同位体比分析(注6)を用いることで、当時の海水温の季節変動を復元し、最高水温をこれまでより高い信頼性で明らかにすることに成功しました。これらの過去の温暖期は海水準が高く関東平野が海面下にあった時代ですが、最高水温は現在の千葉県の沿岸域の水温よりも5度以上低く、現在の東北地方や北海道の沿岸域の水温に近かった時期があったことが分かりました。今後、当時の海洋の環境を理解することを通して、モデリングなどによる気候の将来予測に役立つことが期待されます。

発表内容

過去約258万年間の地球は、寒冷な時代と温暖な時代が繰り返しています。過去には、現在よりも温暖で海水準が高かった時代が何度もありました。それらの温暖な時代における環境は、地球温暖化が進行した場合の将来像を予測するために活発に調べられています。

過去の温暖期である約10万年前、約20万年前、約30万年前は、地球全体が温暖で、海水準も高かったことが知られています。その時代、関東平野には古東京湾と呼ばれる海が広がっていました。その海底にたまった地層は下総層群と呼ばれています(図1)。古東京湾があった時代は地球全体としては温暖だったはずですが、なぜか下総層群からは北海道周辺などの寒い海に生息する二枚貝の化石が見つかっていました。しかし、これまで古東京湾の具体的な水温はよくわかっておらず、古東京湾が温暖だったのか寒冷だったのかという議論に決着はついていませんでした。

図1:千葉県の地質図(左)と下総層群の層序(右)

左図:オレンジ色の部分が下総層群の分布域です。星マークは本研究に用いた化石標本の産出地点を示していす。右図:貝のマークは、木下層(きおろしそう)清川層(きよかわそう)藪層(やぶそう)からビノスガイが見つかることを意味します。※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

千葉県の下総層群からは保存状態のよいビノスガイの化石が見つかります。現生のビノスガイは約100歳もの長い寿命をもち、生涯に経験した海水温を貝殻の酸素同位体比として記録することが知られていました。本研究グループは千葉県の下総層群のビノスガイの化石を調べることで、古東京湾の海水温の復元を試みました。

結果、貝殻の成長線の解析から、化石のビノスガイも少なくとも100歳以上の寿命をもっていたことが明らかになりました。さらに、貝殻を形づくっている鉱物の種類を分析し、微細構造を観察する(注7)ことにより、化石の保存状態が極めて良好であり、当時の海水温を復元するために適していることも確かめました。

その上で化石の酸素同位体比を分析することで海水温を復元しました。貝殻の成長方向に沿ってドリルを使って粉末試料を細かく連続採取して酸素同位体比を分析しました。その結果、1年あたりの分析数を増やしたことで海水温の季節変化が見えるようになり、貝殻のどの部分が夏に形成されたものなのかが分かるようになりました。分析した結果から水温を計算すると、古東京湾の夏の最高水温は約10万年前、約20万年前、約30万年前のいずれの時代でも20℃以下でした(図2)。この水温は現在の千葉県の沿岸域の水温よりも5度以上低い値であり、むしろ東北地方や北海道の沿岸域の水温に近かった時期があったことになります。全球的には温暖であった時代にもかかわらず古東京湾が寒かったことは、古東京湾に親潮のような冷たい海水が流れ込んでいたことで実現していたと考えられ、少なくともビノスガイの寿命である100年ほどはそのような環境が続いていたと考えられます(図3)。

図2:木下層から産出したビノスガイの化石(KO1)、清川層から産出したビノスガイの化石(KY1)、薮層から産出したビノスガイの化石(YB1)が若いころに経験した水温の季節変動の復元結果

青い三角形と青い線は1年間の区切りである年輪の位置を意味し、線と線の間が1年間です。
水温復元の計算に必要となる当時の海水の塩分は、現在の岩手県沿岸の外洋の塩分と同程度と仮定しています。分析による復元水温の誤差は±1度未満です。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

図3:MIS 5(木下層が対応)、MIS 7(清川層が対応)、MIS 9(藪層が対応)の古水温復元に基づいた、古東京湾のイメージ図
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

今後さまざまな化石試料について分析を進めることで、当時の海洋環境についての詳しい歴史が明らかになり、地球温暖化が進行した場合の将来予測に貢献できると期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院理学系研究科
  地球惑星科学専攻
   三木 志緒乃 博士課程/プロアクティブ環境学国際卓越大学院プログラム/日本学術振興会特別研究員
  棚部 一成 東京大学名誉教授/総合研究博物館 研究事業協力者
 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系
  白井 厚太朗 准教授/大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授
  山口 飛鳥 准教授

海洋研究開発機構 海域地震火山部門
  窪田 薫 研究員

産業技術総合研究所 地質情報研究部門
  中島 礼 総括研究主幹

Johannes Gutenberg University Mainz (JGU)/ Germany(マインツ大学)
  Bernd R. Schöne 教授
  Cornélia Brosset 博士課程

論文情報

雑誌名:Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology
題 名:High temporal resolution paleoclimate reconstruction by the analysis of growth patterns and stable isotopes of fossil shells of the long-lived bivalve Mercenaria stimpsoni from MIS 5e, 7 and 9.
著者名:Shiono Miki*, Kaoru Kubota, Rei Nakashima, Kazushige Tanabe, Cornélia Brosset, Bernd R. Schöne, Asuka Yamaguchi, Kotaro Shirai
DOI:https://doi.org/10.1016/j.palaeo.2024.112537このリンクは別ウィンドウで開きます
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0031018224005261このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(科研費、課題番号:JP21H01189、JP21H05202)、東京大学プロアクティブ環境学国際卓越大学院プログラム(World-leading Innovative Graduate Study Program in Proactive Environmental Studies, “WINGS-PES”)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)ビノスガイ(学名:Mercenaria stimpsoni
ビノスガイは、太平洋の西側の中緯度以北の沿岸域に生息する寒冷系の二枚貝です。日本沿岸では、東北地方や北海道の沿岸に生息しています。近年の研究で、ビノスガイの寿命が少なくとも100年を超える日本近海で最も長生きな海産二枚貝であることが明らかになりました。これほどの長い寿命をもつ海産二枚貝は、太平洋の西側の温帯域ではビノスガイのほかには知られていません。
(注2)温暖期
氷期-間氷期サイクルと呼ばれる寒冷な時代と温暖な時代の繰り返しの中でも、温暖な時代(間氷期)のことです。専門的には、海洋酸素同位体ステージという世界共通の時代の区分のルールがあります。海洋酸素同位体ステージ(Marine Isotope Stage)の略称をMISと呼び、現在の温暖期をMIS 1として奇数番号が温暖な時代(間氷期)、偶数番号が寒冷な時代(氷期)のことを意味します。数字の後に細かい区分を示すアルファベットが付くこともあります。地球の気温が高くなると南極の氷が融けたり海水が膨張したりすることで海水準が高くなります。本研究で対象にしたMIS 5e、7、9はそれぞれ約10万年前、約20万年前、約30万年前の温暖な時代(間氷期)で、現在よりも気候は全球的に温暖であり海水準も高かったと考えられています。
(注3)古東京湾
古東京湾は過去の温暖な時代(間氷期)であるMIS 5e、7、9、11(約40万年前)に存在した海の名前です。関東平野、主に千葉県、茨城県の一部、埼玉県の一部、東京都の一部に広がっていたと考えられています。なぜこの地域が海になったのかという理由としては、世界的な温暖化による海水準の上昇、MIS 9ではそれに加えて房総半島の一部の沈降が考えられています。
(注4)下総層群
下総層群は古東京湾の海底に堆積した砂や泥などからなる地層です。木下層、清川層、藪層はそれぞれ温暖な時代(間氷期)であるMIS 5e、7、9に対応すると考えられています。下総層群は、(1)堆積年代の検討が十分行われている地層であること、(2)保存状態のよい化石が多く見つかることから、過去の温暖期であるMIS 5e、7、9の環境を復元するために日本で最も適した地層です。
(注5)成長線解析
成長線解析とは、貝殻やサンゴ、魚の耳石(じせき)など、生物が作る硬組織に見られる縞模様のパターンを調べることで過去の環境を復元する手法のことです。具体的には、年輪のパターンから過去の気候変動の周期を調べる、日輪のパターンから降水量を復元するといった研究が行われています。
(注6)酸素同位体比分析
酸素原子(O)には、質量は異なるが化学的な性質がほぼ同じという原子(同位体)が存在します。質量数が16と18の酸素同位体の量の比(酸素同位体比)は、海水の温度と塩分によって変わることが知られています。貝殻を形成する炭酸カルシウム(CaCO3)の中の酸素は海水から取り込まれるため、貝殻が作られたときの海水の温度や塩分は、貝殻の酸素同位体比として記録されます。酸素同位体比は質量分析計で測定します。先行研究のデータをもとに古東京湾の当時の塩分を仮定し、化石の貝殻の酸素同位体比を調べることで、当時の海水温を計算することができます。
(注7)鉱物の種類を分析し、微細構造を観察する
貝殻の鉱物の種類はX線回折法という方法で調べます。「結晶の中へと入ったX線は、鉱物の種類によって特定の方向に進む(回折する)」という性質を用いて、貝殻がどのような鉱物でできているのか調べることができます。貝殻の微細構造の観察では、鉱物の結晶がどのように並んでいるのか電子顕微鏡で拡大して調べます。これらの方法により、化石のビノスガイが現生のビノスガイと同じ鉱物の種類と微細構造を保っているか確かめました。

問合せ先

東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
大学院生 三木 志緒乃(みき しおの)
E-mail:shiono-mikig.ecc.u-tokyo.ac.jp
※問い合わせの際は、ccに必ず白井厚太朗准教授のE-mailアドレスを入れてください。

東京大学大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 海洋化学部門
准教授 白井 厚太朗(しらい こうたろう)
E-mail:kshiraiaori.u-tokyo.ac.jp

※「◎」は「@」に変換してください

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