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サケ稚魚がコスパよく泳ぐには? ―水温と体サイズに応じた遊泳能力の変化―

2024年9月27日

東京大学

研究成果

要約版PDFPDFファイル

発表のポイント

◆岩手県沿岸の川で生まれたサケの稚魚は、海に降り、北太平洋を北上します。本研究では、稚魚の北上回遊を可能にする遊泳能力の発達過程を、呼吸代謝実験により明らかにしました。
◆稚魚の遊泳速度は沿岸を南下する海流より高かったことから、稚魚は海流に逆らって遊泳している可能性が示唆されました。これに加えて、効率よく遊泳するには、低水温環境で体サイズを大きくすることが重要であることを初めて定量的に示しました。
◆本成果は、近年回帰率の低迷が問題となっているサケに対し、将来の海洋環境がサケの稚魚期に与える影響を評価することに貢献すると期待されます。

呼吸代謝実験に用いたサケ稚魚

概要

東京大学大気海洋研究所、同大学大学院新領域創成科学研究科、岩手県水産技術センター、日本大学からなる研究グループは、岩手県産サケ稚魚の遊泳能力を定量評価しました。さまざまな体サイズの稚魚を複数水温で飼育し、スタミナトンネル(閉鎖型循環水槽:図1)に封入して呼吸代謝実験を行いました。その結果、体重の増加に伴って臨界遊泳速度(注1)が高まり、水温13℃以下の水温環境であれば、遊泳効率は高くなることが示されました。これまで、サケ稚魚は主に13℃以下の水温帯に生息することが知られていましたが、その理由はわかっていませんでした。本研究により、水温13℃以下であれば高い遊泳効率が維持され、長距離回遊の成功につながることが新たに示唆されました。この研究成果は、将来の海洋環境変化が、サケ稚魚の回遊にもたらす影響を評価するうえで基礎的知見になると期待されます。

図1:スタミナトンネルに封入されたサケ稚魚(黄色点線枠(A)体重1g;(B)4g;(C)30g)

プロペラの回転速度を調節することで、さまざまな速度の水流を発生させることが可能。
溶存酸素計の測定値から遊泳時の酸素消費速度を算出する。

発表内容

北太平洋に広く分布するサケ(Oncorhynchus keta)は、川で生まれたのちに海に降り、稚魚期に沿岸域で数か月間滞在したあと、北上回遊をはじめます。回遊の途中、体サイズの大きな稚魚が生き残りやすいと考えられてきました。体サイズが大きいと、素早く泳いで天敵から逃れる能力が高いためです。また、沿岸域の水温上昇も北上回遊と何らかの関係があると指摘されていました。しかし稚魚の遊泳能力、水温の変化、そして北上回遊が互いにどのように関連しているかは不明でした。

本種の分布南限域に近い岩手県沿岸域では、親潮や津軽暖流といった南向きの海流が流れています(図2)。海に降りた稚魚が北方海域にたどり着くためには、天敵からの逃避だけでなく、このような海流に逆らいながら長距離を泳ぎ切る遊泳能力が重要とされてきました。しかし、海に降りた稚魚の遊泳能力は、これまでほとんど調べられていませんでした。本研究では複数の水温、体サイズ条件で呼吸代謝実験をおこない、遊泳能力の指標である臨界遊泳速度と遊泳効率を定量することで、遊泳能力の発達過程と北上回遊の関連を明らかにしました。

図2:岩手県~北海道太平洋沿岸域の海流図

黒矢印は、サケ稚魚の生息時期(5~6月)に流れる海流を表す(矢印の向きが流れの向き、長さが速度)。
黄色の網掛けは岩手県沿岸域。

今回の実験では、水槽馴致後に徐々に速度を上昇させ、臨界遊泳速度と、各流速で遊泳しているときの酸素消費速度(総酸素消費速度:O2, total)(注2)を計測しました。その結果、臨界遊泳速度は体重増加とともに高まり、体重2g時の速度は、岩手県沿岸を南下する海流の流速を超えていました。したがってサケ稚魚は、海流に逆らうことのできる遊泳能力を獲得してから岩手県沿岸域を離れ、北上回遊を開始していると考えられました。また、8〜12℃の水温範囲内で体重が増加すると、総遊泳コスト(注3)は水温8℃、体重2g時に比べ50~56%低くなりました(図3)。岩手県沿岸域では水温12℃を超えるころ、稚魚の分布がほぼ確認されなくなることが報告されています。したがって、海水温が高くなるまでに沿岸域で成長することは、海流に逆らい、北方海域までの長距離回遊を遂げるうえで大きなメリットになると考えられます。

将来の気候変動に伴い、サケの分布域はより低水温の高緯度域へと移動する可能性が指摘されています。水温と体サイズに応じた遊泳能力の変化を捉える本研究手法を、北海道、カナダやアラスカなど高緯度域でのサケ研究にも適用することで、北太平洋の環境変化に対するサケ資源の応答予測と管理につながることが期待されます。

図3:

(A):CoT totalの計算式(略式)
 水温が高いほどO2, totalが高まり、CoT totalは増加する。
 体重が重いほどO2, totalが高まり、CoT totalは増加する。
 一方でUcrit が高まれば、反対にCoT totalは減少する。
(B):各水温、体重におけるCoT total
 青色に近いほどCoT totalが低い、つまり遊泳効率が高い。
(C):基準値(水温8℃、体重2g時のCoT total)に対する各水温、体重でのCoT totalの変化率
 濃い青色(濃い赤色)ほど、基準値に比べて遊泳効率が高い(低い)。
 水平方向の青色バーは、岩手県産サケ稚魚が沿岸に滞在しているときの水温範囲。
 鉛直方向の橙色バーは、岩手県産サケ稚魚が沿岸に滞在しているときの体重範囲。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻
  飯野 佑樹 研究当時:博士課程
 大学院新領域創成科学研究科 自然環境学専攻/大気海洋研究所 海洋生命システム研究系
  北川 貴士 教授

日本大学生物資源科学部 海洋生物学科
  阿部 貴晃 研究員/日本学術振興会特別研究員-PD

岩手県水産技術センター 漁業資源部
  清水 勇一 上席専門研究員

岩手県沿岸広域振興局 宮古水産振興センター
  長坂 剛志 水産業普及指導員

論文情報

雑誌名:Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences
題 名:Body size- and temperature-related metabolic traits of juvenile chum salmon during northward migration
著者名:Yuki Iino*, Takaaki K. Abe, Yuichi Shimizu, Tsuyoshi Nagasaka, Takashi Kitagawa
DOI:https://doi.org/10.1139/cjfas-2023-0334このリンクは別ウィンドウで開きます
URL:https://cdnsciencepub.com/doi/full/10.1139/cjfas-2023-0334このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:JP16H04968)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:JP19H04927)」、「基盤研究(A)(課題番号:JP20H00428)」、東北マリンサイエンス拠点形成事業(TEAMS)、JST・CREST(課題番号:JPMJCR23P2)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)臨界遊泳速度(Ucrit
尾びれを振りつづけながら遊泳できる速度の最大値。この速度が高いほど、持続的な遊泳能力が高いとされる。
(注2)総酸素消費速度(O2, total
休息時の酸素消費速度と遊泳時の酸素消費速度の合計。
(注3)総遊泳コスト(CoT total
魚1個体が一定距離を遊泳するときの酸素消費速度。この値が低いほど遊泳効率が高いとされる。O2, total、体重およびUcritから算出される(算出式は図3を参照)。

問合せ先

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 自然環境学専攻
教授 北川 貴士(きたがわ たかし)
E-mail:takashikaori.u-tokyo.ac.jp    ※「◎」は「@」に変換してください

プレスリリース

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