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かわりゆく北極の湿潤化メカニズム ―温暖化の進んだ環境下における大気の湿潤化の要因―

2024年8月30日

東京大学

研究成果

要約版PDFPDFファイル

発表のポイント

◆温暖化の進行した北極で大気が湿潤化する仕組みを調査したところ、冬季に海からの蒸発の効果が主導的となるために低気圧などの擾乱の役割が抑制される関係を明らかにしました。
◆これまでは大気の擾乱による輸送が主導的とされましたが、海の蒸発によって水蒸気のコントラストが弱まるために大気の輸送の役割が抑制される因果関係を新たに提示しました。
◆今回の成果によって、温暖化の進行した北極において水蒸気が増加するメカニズムに対する理解が深まり、気候の将来変化を予測するために役立つ新たな知見が得られました。

温暖化後に冬季において北極の水蒸気が増加するメカニズムの模式図

概要

東京大学大気海洋研究所の堀正岳特任研究員と吉森正和准教授らによる研究グループは、気候モデル実験データを用いて温暖化が進行した北極における大気の湿潤化について解析を行いました。温暖化が進むにつれて大気はより湿潤化することが知られていますが、これまで北極における水蒸気の増加は低気圧などの擾乱が担う北極の外からの輸送の効果が主導的とされてきました。しかし今回、冬季においてはむしろ海洋からの蒸発が主導的な役割を演じることを通して水蒸気のコントラストが弱まり、その結果として擾乱による湿潤化の効果が抑制されることが示されました。今回の成果によって、温暖化の進行した北極において水蒸気が増加するメカニズムに対する理解が深まり、気候の将来変化を予測するために役立つ新たな知見が得られました。

発表内容

大気は温暖になるほど水蒸気をより多く含むことができるため、温暖化が進行するにつれて全球的に水蒸気は増加し、それがさらに温暖化を加速させる働きをもっています。温暖化が地球上で最も速く進行している北極域も例外ではなく、より湿潤な北極の外からの水蒸気の輸送や、海からの蒸発によって水蒸気は増加します。水蒸気の増加は雲を増加したり、地表の温暖化を強める長波放射の増加を促進したりといった形で温暖化に寄与していることが過去の研究で明らかになっています。

しかし、温暖化が進行した未来において、大気の駆動する水蒸気の輸送とその場の蒸発量の変化のどちらがより大きな役割を演じるのかについてはほとんど定量的な分析は行われていませんでした。そこで本研究では、温暖化が進行する以前の状態とそれ以降の状態の比較を可能にする「地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)」データを用いて、北極の大気下層における湿潤化を評価しました。また、本研究では大気の運動によってどれだけ水蒸気量が変化したのかを示すために、北極内外の水蒸気量のコントラストに注目した指標である「水蒸気移流」(注1)を利用しています。この指標を用いて、大気の平均的な風や水蒸気の分布の変化、あるいは低気圧などの擾乱の変化が、それぞれどのように大気を湿潤化しているのかを夏季と冬季に分けて検討しました。

地球が平均して4度昇温した環境を温暖化が進行する前の状態と比較したところ、夏季においてはこれまでの知見と同様に低気圧などの擾乱の効果によって北極が湿潤化されていることが確認されました。その一方で、冬季においては擾乱の役割は大気の下層で抑制されており、北極の外からの水蒸気の輸送は相対的に大気を乾燥化させる効果をもっていることが示されました(図1)。

図1:温暖化する以前と比べた相対的な水平水蒸気移流の地域分布

温暖化する前と地球が平均で4度昇温した環境下を比べ、水平水蒸気移流が冬季にどれだけ変化したかを示した図。

北極の外からの輸送の影響がこうして抑制される一方で、海氷が融けることで新たに広がった海域を起源とした水蒸気の蒸発は増加しており、北極の大気下層における水蒸気の増加が維持されていることが示されました(図2)。

図2:温暖化する以前と比べた相対的な水蒸気移流の変化

北極における水平水蒸気移流の変化を温暖化する前に対する相対値で示した図。上段は夏季(6-8月)、下段は冬季(12-2月)で、それぞれの帯は水平水蒸気移流を寄与する効果ごとに分解している。

さらに、大気中の水蒸気の増加を3次元的に詳細に分析したところ、対流圏中層の輸送や、海からの蒸発によって促進される鉛直方向の水蒸気移流が上空も含めた気柱の水蒸気の増加を補っており、北極の大気の湿潤化を支えているというメカニズムが判明しました。

これらの研究成果によって、温暖化後の海からの蒸発の増加は水蒸気の空間的なコントラストを弱めることを通して大気の水平輸送を抑制しており、両者には相補的な因果関係が存在するという実態が明らかになりました(図3)。この効果は温暖化が進行するにつれてより顕在化することが予想されており、今回の成果は温暖化が最も急速に進行する北極における湿潤化や水循環の理解を深めることが期待されます。

図3:北極における水蒸気の増加メカニズムを示した模式図

温暖化が進行する前(左図)と進行したあと(右図)では、海氷が縮小することで蒸発が促進され、北極の外からの水蒸気の輸送による湿潤化の効果が相対的に抑制されている。

発表者・研究者等情報

東京大学 大気海洋研究所 気候システム研究系 気候変動現象研究部門
 堀 正岳 特任研究員
 吉森 正和 准教授
 浮田 甚郎 特任研究員

論文情報

雑誌名:Geophysical Research Letters
題 名:Changing Role of Horizontal Moisture Advection in the Lower Troposphere Under Extreme Arctic Amplification
著者名:Masatake E. Hori*, Masakazu Yoshimori, Jinro Ukita
DOI:10.1029/2024GL109299
URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2024GL109299このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)JPMXD1420318865ならびに気候変動予測先端研究プログラム(JPMXD0722680395)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)水蒸気移流
大気の流れによって水蒸気の濃度に変化が生じている状況を示す指標。水蒸気の多い場所と少ない場所のコントラストの強さと風の強さに比例する。正の値は大気の運動によって湿潤化していることを示し、負の値は水蒸気が減って相対的に乾燥化していることを示す。

問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 気候システム研究系 気候変動現象研究部門
特任研究員 堀 正岳(ほり まさたけ)
E-mail:mehoriaori.u-tokyo.ac.jp    ※「◎」は「@」に変換してください

プレスリリース

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