フグにフグ毒を与えるとどうなる? ―テトロドトキシン摂取によるトラフグ腸内細菌叢の変化―
2024年7月31日
東京大学
長崎大学
研究成果
発表のポイント
◆トラフグの生育初期にテトロドトキシン(TTX)入りの餌を与えると腸内細菌叢がどのように変化するのかを調べました。
◆腸内細菌叢を構成する一部の細菌種の組成が変化し、それに応じて予測される腸内細菌叢の機能が変化する可能性があることがわかりました。
◆本研究の成果は、トラフグ種苗生産におけるより良い飼育環境の構築や、自然環境における適切な資源管理につながるものです。

概要
東京大学大気海洋研究所の濵﨑恒二教授と、同大学大学院農学生命科学研究科博士課程のワセル マイ大学院生、長崎大学大学院総合生産科学研究科の阪倉良孝教授らによる研究グループは、人工的に孵化、飼育した無毒のトラフグ稚魚に対し、TTXを混ぜた餌を与えると腸内細菌叢が変化することを初めて明らかにしました。
本研究では、小型水槽による再現性の高い海産仔魚の飼育実験技術と微量サンプルからの細菌叢解析技術を用いることで、トラフグ生育のごく初期段階における腸内細菌叢が、約1週間のTTX投与によりどのように変化するかを観察しました。その結果、腸内細菌叢を構成する主要細菌種の組成は、TTXの有無に関わらず比較的安定でしたが、一部の細菌種の組成に違いが生じることがわかりました。腸内細菌叢は、フグの生育や健康維持に重要な働きを持つと考えられることから、こうした細菌種組成の変化は腸内細菌叢の機能に変化をもたらす可能性があります。本研究の成果は、種苗生産におけるより良い飼育環境の構築や、自然環境における生態解明を通じた適切な資源管理につながると期待されます。
発表内容
フグにとってのフグ毒の役割は十分にわかっていませんが、他の魚からの捕食を回避する効果や、フグ自身のストレス軽減効果が報告されています。フグは、飼育実験により餌を通じて体内にTTXを蓄積することが知られていますが、餌由来のTTX摂取が腸内細菌叢に対して何らかの影響を与えるかどうかは不明でした。TTXは、動物の神経細胞にあるナトリウムチャンネルに結合して神経伝達をブロックする強力な神経毒ですが、細菌に対する阻害効果は無いとされてきました。しかし近年、一部の細菌に対してTTXが増殖阻害効果を示す可能性が報告されたことから、細菌に対しても何らかの作用機序を示す可能性があります。
そこで本研究では、トラフグの稚魚を材料として、TTXを混ぜた餌を与える飼育実験により、腸内細菌叢が変化するかどうかを調べました(図1)。トラフグ稚魚は、自然環境では汽水域で生育することから、通常の塩分(30ppt)条件に加えて、それよりも低い塩分(8.5ppt、1.7ppt)でも飼育を行い、それぞれの環境条件での腸内細菌叢へのTTXの影響を調べました。人工的に孵化させた稚魚を10日間程かけて低塩分水槽内で順馴した後、各塩分条件でTTX入りの餌もしくは無毒の餌を1日2回、8日間与えました。その後、消化管を取出して内容物を回収しDNAを抽出、16SrRNA遺伝子を標的としたアンプリコン解析(注1)を実施しました。
図1:トラフグ稚魚へのTTX投与実験のイメージ
人工的に孵化、飼育した無毒のトラフグ稚魚を3段階の塩分条件に順馴した後、フグ毒TTXを混ぜた餌を与えながら8日間飼育し、同時に毒を混ぜていない餌を与えた稚魚と腸内細菌叢を比較した。
解析の結果、トラフグ稚魚腸内細菌叢から1,235種(ASV)(注2)を特定し、そのうち主要な細菌種は、マイコプラズマ属、ブレビネマ属、ビブリオ属、ルブリタレア属、アーコバクター科の未培養属によって構成されていました(図2)。これら主要細菌種の構成に対して、30pptおよび8.5pptの塩分条件では、顕著なTTX投与の影響は見られませんでしたが、1.7ppt条件では、アーコバクター科細菌の割合が有意に増加していました。さらに、マイナーな細菌種まで含めると全ての塩分条件で半数以上の細菌種が異なっていました。こうした細菌種の違いがフグに与える影響を調べるため、16SrRNA遺伝子アンプリコンデータからの菌叢機能予測ツール(注3)を用いて、腸内細菌叢全体の機能的な違いを比較したところ、脂質代謝や糖代謝などいくつかの機能に違いが出る可能性があることがわかりました。
図2:トラフグ稚魚の腸内細菌叢。各サンプルにおける細菌・古細菌グループの割合
色の違いは属レベルでの分類の違い
今回の研究結果は、トラフグ稚魚の生育においてTTXの摂取が腸内細菌群の機能に影響を及ぼす可能性があることを示しています。こうした腸内細菌叢の機能的な変化が、フグに対して良い影響を与えるのか悪い影響を与えるのかについては現時点ではわかりません。今後は、こうした点について明らかにすることで、より良い飼育環境の構築や、自然環境における生態解明を通じた適切な資源管理につながると期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大気海洋研究所
濵﨑 恒二 教授
大学院農学生命科学研究科
ワセル マイ 博士課程
長崎大学 大学院総合生産科学研究科
阪倉 良孝 教授
論文情報
雑誌名:Scientific Reports
題 名:The Impact of Tetrodotoxin (TTX) on the Gut Microbiome in Juvenile Tiger Pufferfish, Takifugu rubripes
著者名:Wassel, M. A.*, Makabe-Kobayashi, Y., Iqbal, M. M., Takatani, T., Sakakura, Y., Hamasaki, K.*
DOI:10.1038/s41598-024-66112-y
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-66112-y
研究助成
本研究は、東京大学大気海洋研究所学際連携研究(No.JURCAOSIRG23-08)の支援により実施されました。また、本研究の一部はJSPS科研費19K06225および22K05822の助成を受けたものです。
用語解説
- (注1)16SrRNA遺伝子を標的としたアンプリコン解析
- 16SrRNA遺伝子は、原核生物(細菌と古細菌)の種を特定するために汎用される遺伝子。海水、泥、腸内など環境試料から直接抽出したDNAを対象に、この遺伝子の部分配列をPCR増幅した後、イルミナ社などのハイスループットシーケンサーで解読する。大量の配列情報からデータベース相同性検索により、試料中の原核生物群集の分類群と出現頻度を推定する解析手法。
- (注2)ASV(アンプリコンシーケンスバリアント)
- アンプリコン解析による配列データから得られる固有配列。種レベルでの固有配列とみなし、種数や種組成の単位として用いられる。
- (注3)菌叢機能予測ツール
- アンプリコン解析では種組成の情報しか得られないが、データベース上に存在する近縁種のゲノム情報を利用することにより、アンプリコン解析データから機能遺伝子組成を推定するツール。本研究ではTax4Fun2(https://doi.org/10.1186/s40793-020-00358-7
)を利用している。
問合せ先
東京大学大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生態系科学部門
教授 濵﨑 恒二(はまさき こうじ)
E-mail:hamasaki◎aori.u-tokyo.ac.jp ※「◎」は「@」に変換してください