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±0.01℃精度の海水温の揺れが物語る北極海の異変 ―夏と冬とで異なる海氷の動きやすさと海氷分布の変化―

2024年7月8日

東京大学大気海洋研究所

要約版PDFPDFファイル

発表のポイント

◆ドイツの砕氷船「ポーラーシュテルン号」による北極海の調査航海に参加し、海氷と海水の熱と運動に関する高精度観測を行いました。
◆渦相関法と言われる手法を採用することで、海氷が解けるor凍るといった異なる状況下で海氷の動きやすさがどう変化するかを明らかにしました。
◆観測で得た知見を地球温暖化シミュレーションに式として実装することで、北極海における海氷変動の長期予測の高精度化に貢献することが期待されます。

砕氷船「ポーラーシュテルン号」と北極海の地図(白が海氷域、赤丸は観測点)

概要

東京大学大気海洋研究所の川口悠介助教の研究チームは、ドイツのアルフレッド・ウェゲナー海洋研究所の砕氷船「ポーラーシュテルン号」による北極海の観測に参加しました。研究チームは、海氷や海氷直下の海水中のごく微小な水温や水流の変化を検出し、それが北極海全域にわたる大規模なスケールでの海氷や海水の動きにどのように影響するかを明らかにしました。観測では、渦相関法と呼ばれる技術を採用し、海氷底面付近での海氷の融解や海水の凍結といった異なる相状態における海氷と海洋間の運動量の伝達率(注1)を詳細に計測しました。

観測データを基に、海水の相状態(融解や結氷)を海水の熱収支から計算し、海水の静的安定度(注2)という客観的な指標に置き換えることに成功しました。これにより、地球温暖化などを評価する全球シミュレーションに実装可能な形での定式化が実現しました。この成果は、北極海や南極海などの海氷の広がりを長期予測するためのシミュレーションの精度向上に大きく貢献することが期待されます。

発表内容

北極海において海氷の厚さや空間的な広がりは、大気と海洋からの熱や運動量(空気、氷、水の動き)が複雑に交差することで決定されます。一般的には、大気から海氷へ、海氷から海洋へと運動量が順々に伝達されることで、北極海の広大な海氷や海洋の循環場が形成されると言われています。しかしながら、海水が独自の機構(例えば、潮汐や中規模渦(注3)などの影響)で動き始めると、風とは異なる方向に海氷を導くこともあります。このようにして北極海の海氷の広がりは、風と海の両方の力が複雑に重なり、さらに海氷周辺の熱バランスによる相変化(融解や結氷)の総合的な結果として決定されます。

最新の研究によると、近年、海氷の面積や厚さが減少している事実は、温暖化による熱量の増加だけでは説明できません。一説では、夏の間に海氷の移動速度が増加し、その結果、氷盤同士がぶつかり合い、乗り重なる頻度が著しく減少するためと言われています。この海氷の動きが速くなったり遅くなったりする要因を理解するためには、大気と海氷、そして海洋の間で行われる運動量の輸送過程について詳しく調べる必要があります。

東京大学大気海洋研究所の川口悠介助教の研究チームは、ドイツのアルフレッド・ウェゲナー海洋研究所(以下、AWI)の研究者らと連携し、AWIの砕氷船「ポーラーシュテルン号」を用いて分厚い氷が残る北極海の高緯度域(北極点の近く)に赴き、海氷下の熱や運動量に関する現地調査を行いました(図1)。本調査では“渦相関法”という観測手法を用いることで、海水中の水温と流速におけるごく微小な揺れや乱れを高頻度で計測し、海氷-海水間の運動量(流体の動き)伝達の高精度な見積もりに成功しました。測定は水温が±0.01℃、流速が±0.1 cm/sの高精度で1秒間に約8回(=8ヘルツ)の高頻度で実施されました。渦相関手法は、主に気象の分野で利用される手法ですが、海洋では水中での機器の水平な固定が難しいためあまり普及していません。本研究チームは、北極海の海氷が設置面として水平かつ安定していることに注目し、氷穴を通して海中に機器を吊り下げて本観測を行いました(図1)。海氷直下の熱と運動量の高精度な計測結果は、国際的に競争の激しい北極海の研究コミュニティにおいても極めてユニークで重要な位置づけにあります。

図1:渦相関手法を用いた海氷直下の乱流観測の風景

今回の観測から、海氷が融解するときに海氷から海水に伝達される運動量は大きく減少し、逆に海氷が成長するときは運動量の伝達が大幅に増大するという結果が得られました(図2)。これは、融解期(夏)に海氷を通じた風から海洋への運動量の伝達がうまくいかず、その結果、アイスホッケーのディスクのように海氷が海水面を滑るように移動することを意味します(図3)。逆に、海氷が成長する冬は、海氷を通じた海水への運動量伝達がスムーズに行われ、これは海氷がザラザラした水面を動くことを意味します。北極圏の温暖化によって氷が融解する時間は以前よりも長くなり、そのため、氷の動きも以前よりも高速化していると言えます。

図2:観測で得られた運動量伝達率(Cw)と静的安定度(μ)の関係
図3:海氷の動きやすさと海水の相変化(結氷/融解)との関係性

本研究は、夏と冬での運動量伝達の違いについて海水の静的安定度という客観的な指標を用いて定式化することで、海氷周りの熱収支に連動した“パラメータ”の一つとして地球温暖化を予測する全球シミュレーションでの実装を可能にしました。今後、北極海や南極海などの海氷変動の長期予測の精緻化に貢献することが期待されます。

〇関連情報:
「プレスリリース①北極海の海氷減少の真相に迫る!――北極点、海氷直下の熱の動きを徹底的に調査――」(2022/8/23)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2022/20220823.htmlこのリンクは別ウィンドウで開きます

「プレスリリース②北極海の冷水の起源はシベリアにあった!シベリア沿岸に冷水湧昇帯を発見し、その物理メカニズムを解明」(2020/9/18)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2020/20200918.htmlこのリンクは別ウィンドウで開きます

ArcS II 成果報告「砕氷船ポーラーシュテルン号を用いた、北極海中央での海氷・海洋観測」(2023/8/24)
https://www.nipr.ac.jp/arcs2/project-report/2023-08-24-1/このリンクは別ウィンドウで開きます

発表者情報

東京大学 大気海洋研究所
川口 悠介 助教

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
題 名:Dependency of the drag coefficient on boundary layer stability beneath drifting sea ice in the central Arctic Ocean
著者名:Yusuke Kawaguchi*, Mario Hoppmann, Kunio Shirasawa, Benjamim Rabe, Ivan Kuznetsov
DOI:10.1038/s41598-024-66124-8
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-66124-8このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、科研費「基盤B(課題番号:JP22H01296)」、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)運動量伝達率(Cw
海氷と海洋の間で交換される運動量(スピード)の大きさ。
(注2)静的安定度(μ)
相変化(融解or結氷)に伴う海水の対流の強さ。結氷する時に対流は活発化し、氷が融解する時に対流は抑制される。
(注3)中規模渦
海氷下を通過する50-100キロメートルの大きさの渦。渦の流れが大きいと、海氷を動かして渦巻き状に氷を分布させることもある。

問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 海洋物理学部門
助教 川口 悠介 (かわぐち ゆうすけ)
E-mail:ykawaguchiaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

プレスリリース

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