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ミランコビッチ仮説の矛盾点に迫る ―南北半球の氷期と間氷期変動が同調する理由―

2024年5月8日

東京大学

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研究成果

発表のポイント

◆氷期―間氷期変動は、北半球の夏の日射量がペースメーカーとなって引き起こされていると考えられています(ミランコビッチ仮説)が、日射量変動の位相が逆となる南半球を含めた全世界で同調して起こっており、同仮説の矛盾点とされてきましたが、本研究ではその問題の解決の糸口を示しました。
◆南半球の気候変化に敏感なパタゴニア氷床のシグナルを捉えることのできるチリ沖海底堆積物試料のベリリウム同位体比分析を行ったところ、同氷床の変動時期を連続的に観測することに成功し、北半球の変化とほぼ同調して起こっていることが初めて示されました。
◆ミランコビッチ仮説では説明不可能だった南半球の気候変化のメカニズムについて、南半球偏西風の変化を加えることで説明が可能となることを示し、それは将来の気候変動を予測する気候モデルの精度向上のために非常に重要な成果となります。

氷期に存在した南半球のパタゴニア氷床とその変動を明らかにした海洋試料採取地点

概要

東京大学大気海洋研究所のスプローソン アダム特任研究員、横山祐典教授らによる研究グループは、米国ラトガース大学の研究者らとともに、チリのパタゴニア沖の海底から試料を採取し、近年開発された氷床や海流の変化をとらえることのできるベリリウム同位体を用いた手法により、過去約9万年間のパタゴニア氷床の変動を詳細に復元しました。パタゴニア氷床は偏西風の強弱や位置変化による水蒸気輸送の変化によって拡大縮小をするため、過去の偏西風変動復元を行うことができます。その結果、南半球偏西風が北半球の氷期―間氷期変動に伴って変動しており、そのことが南半球の気候変動に大きな役割を果たしていることが明らかになりました。これは、地球の大規模気候変動(氷期―間氷期変動)は北半球の夏の日射量がペースメーカーとなっているにも関わらず、その位相が逆となる南半球も含め全球的に変化が同調している(図1)というミランコビッチ仮説の矛盾点を解決する一助となる研究です。

図1:地球の公転および自転要素の変化(左図)とミランコビッチが計算した地球の公転軌道要素変化からもたらされる北半球高緯度の夏の日射量変動(右図, 点線)。氷期―間氷期変動(右図, 赤線)。赤線は観測時(2022年3月)の黒潮流軸、黒丸は調査地点を示す。

発表内容

第四紀や人類紀と呼ばれている過去約200万年間の地球気候は、大規模な氷床が高緯度に位置する氷期と氷床量が大きく減少する間氷期を繰り返しています(ちなみに現在は間氷期)。その氷期―間氷期変動は北半球の夏の日射量がペースメーカーとなって引き起こされているとされていますが(ミランコビッチ仮説)、夏の日射量変動は南半球では位相が逆になります。しかし氷期―間氷期変動は全世界で同調して起こっており、ミランコビッチ仮説の矛盾点とされてきました(マーサーのパラドックス:注1)。つまり日射量の変化のみでは、第四紀を通じて南北を通じた大規模な気候変動を説明することができないといえます。この問題を解決することは将来の気候変動を予測する気候モデルの精度向上のために非常に重要です。

そこで北半球の日射量変化やそれに伴う気候の変化と南半球の変動の規模とタイミングについて明らかにすることが、そのパラドックスを解明する一歩となります。横山教授らの研究グループでは、過去の南半球氷床変動情報を詳細に探るべく、南半球の気候変化に敏感なパタゴニア氷床のシグナルを捉えることのできるチリ沖でサンプリングを行い、パタゴニア氷床の変動時期を連続的に復元しました。本研究では、2019年に実施された研究船「Joides Resolution号」第379T次研究航海にて、7月にチリのプンタアレーナス港を出航し、8月にアントファガスタ港に入港するまでの航海にて長さ130mの堆積物コア(注2)を採取しました(J1002コア)。試料は加速器質量分析装置(AMS)や高分解能誘導プラズマ質量分析装置(HR-ICPMS)を用いてベリリウム同位体比(注3)を分析しました。今回分析したベリリウム同位体は、過去の海水にどれだけ陸由来の物質が含有されているかについての情報を与えます。

その結果、過去約9万年間のパタゴニア氷床の拡大と縮小の記録が復元され、それが北半球の変化とほぼ同調して起こっていることが初めて示されました。それによると過去9万年間の地球の気候は3つのモードで変化しており、高緯度夏の日射量変動のみならず、温室効果ガスの大気中の変化とともに偏西風の位置と強度変化によって引き起こされていることが明らかになりました(図2)。本研究の成果により、北半球高緯度の日射量変化がグローバルな気候変動を駆動しているとするミランコビッチ仮説では説明不可能であった南半球の気候変化のメカニズムについて、偏西風の変化を加えることで説明が可能となるということが明らかになりました(図3)。

図2:氷期に存在した南半球のパタゴニア氷床とその変動を明らかにした海洋試料採取地点

図3(上): ベリリウム同位体変化(a)、夏の日射量、南半球夏の期間(b)、5本の南極氷床コアデータの平均によって得られた気温変化(c)、グローバルな表層海水温(d)、自転軸傾斜角(e)。(下):偏西風の位置とその南北緯度変化。モード1はグローバルな温暖化のフェーズ(明るいオレンジの帯の期間)、モード2は自転軸傾斜角の変化の影響で偏西風が強化されるフェーズ、モード3は北半球が寒冷気候になった場合でHS1やHS6として淡青色の帯で示している期間。

〇関連情報:
プレスリリース「大気の川が引き起こした過去の南極氷床融解」(2022/5/20)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2022/20220520.htmlこのリンクは別ウィンドウで開きます

発表者・研究者等情報

東京大学 大気海洋研究所
  横山 祐典 教授
  SPROSON Adam(スプローソン アダム) 特任研究員
  宮入 陽介 特任助教
  阿瀬 貴博 技術専門職員

論文情報

雑誌名:Nature Geoscience
題 名:Near-synchronous Northern Hemisphere and Patagonian ice sheet variation over the last glacial cycle
著者名:Adam D. Sproson*, Yusuke Yokoyama, Yosuke Miyairi, Takahiro Aze, Vincent J. Clementi, Hailey Riechelson, Samantha C. Bova, Yair Rosenthal, Laurel B. Childress, and the Expedition 379T Scientists
DOI:10.1038/s41561-024-01436-y
URL:https://www.nature.com/articles/s41561-024-01436-yこのリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、科研費国際共同研究加速基金(海外連携研究)「ヒプシサーマル:完新世の気温復元不一致問題に挑む(課題番号:23KK0013)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)マーサーのパラドックス
氷期や間氷期といった地球の気候変動は、北半球高緯度の夏の日射量によって規定されているとしたミランコビッチの仮説に対して、南半球が同調することに疑問を呈したもの。ミランコビッチ仮説の矛盾点として知られている。
(注2)堆積物コア
海底に堆積した堆積物を調査船などによって金属の筒状の採取装置を用いて採取した柱状試料のこと。
(注3)ベリリウム同位体
ベリリウム10(10Be)は地球大気と宇宙線との相互作用によって生成される放射性核種である一方、ベリリウム9(9Be)は岩石の化学風化に伴って河川に溶出して海洋にもたらされる。そのため、海水中のベリリウム同位体比(10Be/9Be)を用いることで、氷床の拡大や縮小といった環境変化情報を得ることができる。加速器質量分析装置を用いることで可能になった比較的新しい手法。

問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 海洋底科学部門
教授 横山 祐典(よこやま ゆうすけ)
E-mail:yokoyamaaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

プレスリリース

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