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黒潮大蛇行の謎に迫る ―炭素14を使って黒潮内部を可視化する―

2024年4月19日

東京大学大気海洋研究所
東京大学大学院総合文化研究科

研究成果

要約版PDFPDFファイル

発表のポイント

◆海水中の炭素14濃度(溶存無機炭素の放射性炭素同位体比:DICΔ14C)を用いて、黒潮大蛇行時における、黒潮の内部構造の可視化に成功しました。
◆その結果、DICΔ14Cが水平方向に大規模に変動していることが観測され、それが黒潮の位置変化などに伴う現象であることや深度の深い海水との混合によるものであることが初めてDICΔ14Cから示されました。
◆本研究の成果により、黒潮流域の水塊混合ダイナミクスの解明が進み、海洋の鉛直循環やそれに伴う海洋生態系の変化について重要な知見を提供することが期待されます。

炭素14から見えた黒潮の内部構造と水塊混合
様々なプロセスにより、炭素14の顕著な変動が水深400-1000mの範囲で見られる。

概要

東京大学大学院総合文化研究科博士課程(研究当時)の蘭慧、大気海洋研究所の横山祐典教授らによる研究グループは、黒潮大蛇行時期の黒潮の内部構造を初めて海水中の炭素14(溶存無機炭素中の放射性炭素同位体比:DICΔ14C(注1))によって可視化することに成功し、黒潮内部での海水混合の実態について明らかにしました。

黒潮大蛇行とは、本州南方を流れる黒潮の流れの中心が東経136度から140度の区間で、北緯32度よりも南を流れる現象です。現在の大蛇行は過去最長の約7年間にもおよびます。近年その大蛇行が長期化していることから、気候や海洋生態系にも影響を与えると考えられています。たとえば魚の稚魚分布の変化による漁業への影響や流路変動による沿岸地域への高波の影響などです。本研究では、学術研究船「白鳳丸」KH-22-5次研究航海により、本州南方の黒潮海域の8地点において複数の深度で採水を行い、DICΔ14Cの高精度分析を行いました。その結果、黒潮大蛇行時期の黒潮の内部構造を初めてDICΔ14Cから捉えることに成功し、水塊混合プロセスを明らかにしました。特に炭素14が海洋水塊混合のダイナミクスを探るために非常に有効なトレーサーであることが明らかになりました。本研究の成果は、黒潮大蛇行によって引き起こされる海洋物理的な水塊変動への影響を理解する上で重要であり、炭素14を分析することで、海洋の鉛直循環やそれに伴う海洋生態系の変化について重要な知見を与える可能性を提示しました。

発表内容

本州南方を流れる黒潮の流路は、大きく分けて2種類あります。一方は、四国・本州南岸にほぼ沿って流れる「非大蛇行流路」、もう一方は、東海地方の沖合で南へ大きく蛇行して流れる「大蛇行流路」というものです。黒潮大蛇行時には低気圧性渦と高気圧性渦(注2)が共存しています。低気圧性渦は黒潮流軸の北側に位置し、高気圧性渦は四国・九州以南の黒潮流軸の南西側に位置します。これらの渦は表層とより深い水深に存在する海水の混合、つまり水塊の混合に大きな影響を及ぼします。水塊の混合は、表層に生息するプランクトンなどに栄養塩を供給するなど、生態系にも重要です。しかし観測記録が不十分であることから、黒潮大蛇行が日本の南岸の水塊混合に及ぼす直接的な物理的影響は明らかになっていませんでした。現在進行中の黒潮大蛇行は2017年8月から始まって約6年8か月目となり、過去最長期間になっていることから、気候変動や生態系への影響が懸念されています。そこで本研究は、黒潮大蛇行海域における水塊混合ダイナミクスを明らかにするため、海水中のDICΔ14Cを世界最高精度で分析し、黒潮大蛇行海域における水塊混合メカニズムについての考察を行いました。

本研究では、2022年3月に学術研究船「白鳳丸」KH-22-5次研究航海により、本州南方黒潮海域の8地点(図1)にて表層から1200mまでの約11層の海水を採取し、DICΔ14Cの分布を調査しました。分析には、シングルステージ型加速器質量分析装置(東京大学大気海洋研究所所有)を用いました。また、観測時に中規模渦の存在が確認され、中規模渦の水塊変動への影響について議論しました(図2)。

図1:観測調査海域の海面高度図

赤線は観測時(2022年3月)の黒潮流軸、黒丸は調査地点を示す。

図2(左):観測時の温度、塩分、海水中の炭素14(DICΔ14C)およびクロロフィル濃度の断面図。(右):観測時の相対渦度ζ。赤丸は調査地点を示す。

その結果、黒潮内部のうち、水深400-1000mの範囲においてDICΔ14C値の水平変動が観測され、それが中規模渦(低気圧性渦と高気圧性渦)や黒潮流軸の位置に伴う等密度面(注3)の深度変化に起因することが明らかになりました(図2)。また、同じ等密度面でDICΔ14C値の変動が観測され、等密度面内での鉛直混合(注4)が起こっていることが示されました(図3)。本研究によって得られた結果と、過去に報告された類似地点でのDICΔ14C値との比較から、過去30年間の核実験起源14C(注5)の浸透深度の変動は、主に中規模渦と黒潮の経路変動に伴う等密度面の深度の変化によることが明らかになりました(図4)。これは、高気圧性渦によって引き起こされた水塊の下降が、人間活動によって放出された炭素の海洋への吸収と将来の気候変動に重要な影響を与える可能性があることを示唆しています。

本研究の結果、他のトレーサーと比較してDICΔ14Cがより高感度なトレーサーであり、等密度面内での鉛直混合や移流といった、水塊混合に対するより詳細なデータを提供可能であることを初めて示しました。今後、炭素14をトレーサーとして利用することで、水塊混合の実態の解明が進み、海洋の鉛直循環や海洋生態系の研究に貢献することが期待されます。

図3: σθ = 26.0-27.5のポテンシャル密度範囲における温度、塩分および海水中の炭素14濃度(DICΔ14C)の鉛直分布。

図4(左a-d):各年の黒潮流軸の位置。黒丸は調査地点を示す。(右e-f):各年の各観測点の海水中の炭素14(DICΔ14C)の鉛直分布。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大気海洋研究所
  海洋地球システム研究系
   横山 祐典 系長・教授
    兼:大学院総合文化研究科 附属国際環境学教育機構 教授
    兼:大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授
   安田 一郎 教授

  附属国際・地域連携研究センター
   平林 頌子 講師
   江 思宇(ジャン シユ) 特任研究員
   齊藤 宏明 教授

  附属共同利用・共同研究推進センター
   宮入 陽介 特任助教

  気候システム研究系
   羽角 博康 教授

 大学院総合文化研究科 国際環境学コース
   蘭 慧(ラン ケイ)研究当時:博士課程

論文情報

雑誌名:Journal of Geophysical Research - Oceans
題 名:Mixing dynamics within the Kuroshio area are reflected in dissolved inorganic radiocarbon values
著者名:Hui Lan*, Yusuke Yokoyama*, Shoko Hirabayashi, Yosuke Miyairi, Siyu Jiang, Hiroaki Saito, Hiroyasu Hasumi, Ichiro Yasuda
DOI:10.1029/2023JC020261
URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2023JC020261このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、科研費国際共同研究加速基金「ヒプシサーマル:完新世の気温復元不一致問題に挑む(課題番号:23KK0013)」、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)「高速C-14分析による水圏炭素動態解明手法の開発(課題番号:JPMJCR23J6)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)溶存無機炭素中の放射性炭素同位体比(DICΔ14C)
炭素14(14C)は放射性炭素とも呼ばれ、炭素の同位体(12C, 13C, 14C)のうちの一つ。放射性炭素同位体比(Δ14C)は、14Cと安定した炭素同位体である12Cの比率を示す指標であり、生物や地球科学の分野で広く使われる。本研究では海水に溶解している無機炭素(Dissolved Inorganic Carbon:DIC)の放射性炭素同位体比を指標として用いた。
(注2)低気圧性渦と高気圧性渦
海洋の低気圧渦、高気圧渦は大気の低気圧、高気圧と同様に、地球自転の影響を受け、北半球では高圧部を右に見るように、すなわち低気圧渦は反時計回り、高気圧渦は時計回りに回転する。南半球では地球自転の作用が逆になるので、低気圧渦は時計回り、高気圧渦は反時計回りになる。
(注3)等密度面
海洋は上が軽く(低密度)、下が重い(高密度)層状構造をしている。同じ層の上にある海水は密度が等しいので、層の境界面は等密度面と呼ばれる。海水の密度はおおむね1000~1070kg m-3 (1リットルあたり1~1.07kg)と比較的変化が小さいので、特定の密度面を表記する時は、1000kg m-3を基準に水温と塩分による変化分(σθ;シグマシータ;1026.7kg m-3なら26.7σθ)を用いる。
(注4)鉛直混合
海水が上下に混ざる過程。潮流等の海流が海底の凹凸にぶつかることで発生した波が砕け、渦となることで生じる。熱や栄養塩などの上下の輸送に寄与する。
(注5)核実験起源14C
米ソ冷戦時、大気圏内核実験によって人為起源の14Cが大気中に広く拡散し、その後、1963年の国連の部分的核実験禁止条約が発効する前までに、自然のレベルの2倍にまで達した。その後、14Cは大気と海の交換によって海洋に移され、海洋循環と混合プロセスの影響によって深海の深部まで輸送される。

問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 海洋底科学部門
教授 横山 祐典(よこやま ゆうすけ)
E-mail:yokoyamaaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

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