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イカ墨の暗幕で求愛の舞台を作る ―墨を使ったエゾハリイカの特殊な求愛行動―

2024年2月2日

東京大学
青森県営浅虫水族館

要約版PDFPDFファイル

発表のポイント

◆コウイカ類の一種・エゾハリイカの雄が、通常は捕食者に襲われた際に用いるイカ墨を、求愛ディスプレイにも用いることを発見しました。
◆イカ墨で背景を暗く単調にすることにより、明るい体色の求愛ディスプレイを際立たせる効果があると考えられます。
◆複雑な動物コミュニケーションの進化プロセスの理解に役立つことが期待されます。

求愛に墨を用いるエゾハリイカ

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の中山新大学院生と大気海洋研究所の岩田容子准教授、河村知彦教授、青森県営浅虫水族館らによる研究グループは、コウイカの一種エゾハリイカの雄が求愛時に“イカ墨”を使って背景を操作することで、求愛ディスプレイ(注1)を視覚的に際立たせていることを明らかにしました。

エゾハリイカの求愛行動を、浅虫水族館において世界で初めて詳細に観察した結果、雄は雌の背中を撫でたり、小さな墨の塊を吐いたりと、触覚的・視覚的シグナルを規則的に使用する精巧な求愛を行うことがわかりました。さらに求愛のクライマックスには、ディスプレイを行う場所の背景に墨を吐くことにより、即時的に周囲の視覚環境を操作することを明らかにしました。本研究は、本来は捕食回避のために用いるイカ墨を繁殖行動に流用するという、動物の持つ柔軟性を示しており、様々な動物のコミュニケーションの進化プロセスの理解に役立つことが期待されます。

発表内容

生物が求愛時に行う視覚的なディスプレイの効果は、その個体が行うディスプレイの質とともに、視覚的背景となる周辺環境にも強く依存することが知られています。例えばニワシドリの仲間は求愛をするための東屋(あずまや)を作ることが知られていますが、そのような求愛の場を作ることには多大な労力が伴い、かつ求愛する場所が限定されてしまいます。本研究では、コウイカの一種であるエゾハリイカSepia andreanaの雄が、自分の背景にイカ墨を吐き暗幕とすることで、即時的に自分を引き立てる求愛の舞台を整えることを発見しました。

エゾハリイカは、雄のみで一対の腕が著しく伸長するという性的二型(注2)を示します。本研究では、浅虫水族館のバックヤードに実験用水槽を設置し、本種の求愛行動を世界で初めて詳細に観察しました。その結果、本種の雄は、雌の背中をその特徴的に長い腕で撫でたり、小さな墨の塊を吐いたりを規則的に繰り返す繊細な求愛行動を長時間にわたり行うことがわかりました(図1)。性的二型を示す雄の長い腕は、幅が広く吸盤が退化しており、他のイカ類の腕とは大きく異なることから、この腕による接触は同種を識別することにも役立つと考えられます。さらに求愛のクライマックスには、雄はディスプレイを行う場所の背景に広く墨を吐き、白く輝く体色で体全体を伸ばすディスプレイを行うことが明らかになりました(図2)。墨は周辺環境を暗くし背景を均一にすることから、ディスプレイを目立たせる効果があると考えられます。このように墨を多く用いるため、雄は雌よりも相対的に大きな墨袋を持っていることも明らかになったことから(図3)、求愛に墨を用いる行動は繁殖成功を高めるための適応であると考えられました。

図1:エゾハリイカの求愛行動の一要素“Stroking(なで行動)”

雄だけで長く幅広に伸長する性的二型を示す腕を使って、雌の背中をリズミカルにタップします。

図2:エゾハリイカの求愛ディスプレイ

雌から見て背景となる位置に広く拡散する墨を吐き、その前で白く輝く体色で体を伸ばすディスプレイを行います。

図3:エゾハリイカの墨袋に見られる性的二型

求愛に多くの墨を使う必要性から、雄は雌に比べて相対的に大きな墨袋を作ります。

イカやタコの仲間である頭足類は、無脊椎動物の中では群を抜いて発達した脳を持ち、高い認知能力を持つことが知られています。エゾハリイカで観察された触覚・視覚などの複数の感覚シグナルを用いた求愛行動はマルチモーダル・ディスプレイと呼ばれ、高度なシグナル利用と情報処理が行われていることを示しています。また本研究により、エゾハリイカは、本来は捕食回避のために使用する墨を繁殖行動に流用することで、即時的に低コストで周囲の視覚環境を操作する、という高い柔軟性を持っていることが示されました。このような形質の流用は、動物が用いるシグナルの新たな進化プロセスを提示しており、様々な動物のコミュニケーションの理解に役立つことが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院農学生命科学研究科
  中山 新 博士課程(日本学術振興会特別研究員)
 大気海洋研究所
  岩田 容子 准教授
  河村 知彦 教授

東海大学海洋学部
  佐藤 成祥 講師

青森県営浅虫水族館

論文情報

雑誌名:Ecology and Evolution
題 名:Ritualized ink use during visual courtship display by males of the sexually dimorphic cuttlefish Sepia andreana
著者名:Arata Nakayama*, Shunsuke Momoi, Noriyosi Sato, Tomohiko Kawamura, Yoko Iwata*
URL:https://doi.org/10.1002/ece3.10852このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、科研費挑戦的研究(萌芽)「偏光による頭足類の隠れた種内コミュニケーションとその適応的意義」(課題番号:21K19290)」、JST SPRING GX(課題番号:JPMJSP2108)、藤原ナチュラルヒストリー振興財団、東京大学大気海洋研究所学際連携研究(課題番号:JURCAOSIRG19-08、JURCAOSIRG20-15)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)求愛ディスプレイ:
交尾を受け入れてもらえるように、相手に特定の姿勢・動き・音などを示す儀式的な行動。
(注2)性的二型:
雌雄で大きく表現型が異なること。性淘汰と呼ばれる繁殖成功の違いによって生じる進化的圧力によって生じる。

問合せ先

東京大学大気海洋研究所
准教授 岩田 容子(いわた ようこ)
E-mail:iwayouaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

プレスリリース

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