ナビゲーションを飛ばす

教職員募集 所内専用go to english pageJP/EN

facebook_AORI

instaglam_AORI

マガキ養殖海域の温暖化・酸性化の詳細な観測・予測に成功 ―深刻な影響を回避するためには様々な対策が必要―

2023年11月24日

東京大学
北海道大学
水産研究・教育機構
一般社団法人サスティナビリティセンター
株式会社エイト日本技術開発
海洋研究開発機構
特定非営利活動法人里海づくり研究会議
公益財団法人日本財団

要約版PDFPDFファイル

研究成果

発表のポイント

◆日本沿岸の実際のマガキ養殖海域で、場所や時期によっては海洋酸性化がマガキに影響を及ぼす可能性のある水準に達していることが観測された。
◆マガキ養殖は今世紀末までに海洋酸性化と地球温暖化の深刻な複合影響を受けると予測された。
◆今後、マガキ養殖に対する深刻な影響を回避するためには、人間活動に伴って排出されるCO2の大幅削減に加えて、河川からの淡水や有機物の流入を抑制するといった地域での対策も有効である。本研究の成果は、その対策を講じる上で必要な科学的指針を具体的に提示することに繋がると期待される。

実際の養殖海域で場所や時期によっては海洋酸性化がマガキに影響を及ぼす可能性のある水準に達している

概要

東京大学大気海洋研究所の藤井賢彦教授とベルナルド・ローレンス・パトリック・カセス特任研究員らによる研究グループは、国内水産業において重要な貝類養殖種であるマガキの養殖が盛んな国内2地点(岡山県備前市日生海域と宮城県南三陸町志津川湾)の河口部や沖合、藻場、養殖場の付近など環境が異なる複数箇所において、地元の漁業協同組合などと協働し、実際のマガキ養殖域での海洋酸性化の進行状況を連続観測しました。また、本研究グループが自ら開発した数値モデルを上記の観測点に適用し、マガキ養殖の海洋酸性化・地球温暖化影響の将来予測を行いました。その結果、場所や時期によっては海洋酸性化がマガキに影響を及ぼす可能性のある水準に達していることが分かりました。また、今世紀末までに日本沿岸のマガキ養殖は海洋酸性化と地球温暖化に伴う水温上昇による深刻な複合影響を受ける可能性が予測されました。本研究の結果は、今後、マガキ養殖に対する深刻な影響を回避するためには、人為起源CO2の大幅削減を世界中で行っていくことに加えて、河川からマガキ養殖域への淡水や有機物の流入を抑制する取り組みを地域で行うことも有効であることを示唆しており、地域の実情に応じた対策を講じる上で必要な科学的指針を具体的に提示するものと期待されます。

発表内容

人間活動に伴って大気中に大量に放出されたCO2の一部は海洋に溶け込み、弱アルカリ性の海水の性質を中性・酸性の方向に変化させます。この現象を「海洋酸性化」といいます。海洋酸性化が進むと、海水中で炭酸カルシウムが作られにくく、あるいは溶けやすくなるため、炭酸カルシウムから成る殻や骨格を形成する海洋生物が影響を受けることになります。

マガキは我が国ではホタテガイと並ぶ重要な貝類養殖種ですが、炭酸カルシウムの殻を形成することから、海洋酸性化の影響が懸念されています。実際、米国西海岸では2005~2008年に養殖マガキの稚貝が大量死し、海洋酸性化が主な原因と考えられています。

そのため、マガキの海洋酸性化影響を調べることは重要で、国内外で研究が行われています。しかし、多くは海水の性質を人工的に調整した水槽の中での飼育実験の結果に基づいており、実際のマガキ養殖海域における海洋酸性化の進行状況は、実際の養殖場での連続観測の困難さもあり、これまで国内ではほとんど調べられていませんでした。

そこで、本研究チームでは、マガキ養殖が盛んな岡山県備前市日生海域と宮城県南三陸町志津川湾で、地元の漁業協同組合と協働して複数の測器をマガキ養殖場内に設置し、海洋酸性化の指標であるpH(注1)とアラゴナイト飽和度(Ωarag)(注2)の連続観測を行いました。その結果、日生では河口に近い観測点で海洋酸性化の指標がマガキ幼生の形態異常や大量死といった悪影響を及ぼす可能性のある水準まで度々低下すること、その低下時期の多くはマガキの産卵・幼生期と重なること、降雨直後に急激に低下することが初めて観測されました(図1)。一方、マガキ幼生の顕微鏡観察の結果からは形態異常は認められておらず、実際にはマガキ幼生の深刻な海洋酸性化影響はまだ確認されていません。

図1:海洋酸性化の指標であるアラゴナイト飽和度(Ωarag)の連続観測の結果(左が日生、右が志津川)

各観測点でのΩaragを異なる色で、海洋酸性化がマガキに影響を及ぼす可能性のある水準(Ωarag<1.5)を赤色領域で、日降水量を黒棒グラフで示す。

しかしながら人為起源CO2の大量排出は当面続くと考えられ、そのため、海洋酸性化や地球温暖化は今後も進行すると懸念されます。そこで、本研究チームでは、これらの現象が将来のマガキ養殖に及ぼす影響を予測するために、本研究チームが自ら開発した数値モデルを用いたシミュレーションを行いました(図2)。その結果、2090年代には、①Ωaragが年間を通じて現在よりも大幅に低下する、②地球温暖化に伴う水温上昇はマガキ産卵期の早期化・長期化をもたらし、その結果、海洋酸性化に対して比較的脆弱なマガキ幼生期も早期化・長期化する、③マガキ産卵期の長期化により親ガキの品質が低下し、出荷時期の変更を余儀なくされる、といった事柄が予測されました。一方、人為起源CO2排出の大幅削減をパリ協定(注3)基準で実現できれば、マガキに対する深刻な海洋酸性化・地球温暖化複合影響を回避できることも示されました。

図2:現在(黒実線)と2090年代(RCP(注4)2.6シナリオ:青破線、RCP 8.5シナリオ:茶点線)のΩarag の数値シミュレーションの結果(左が日生、右が志津川)

海洋酸性化がマガキに影響を及ぼす可能性のある水準(Ωarag<1.5)を赤色領域、現在の産卵期を灰色領域、2090年代の産卵終了時期及び開始時期を縦線(RCP 2.6シナリオ:青破線、RCP 8.5シナリオ:茶点線)で示す。志津川ではRCP 8.5シナリオによる2090年代の産卵開始時期を予測できなかった。これは水温が年間を通じて10℃を下回らないと予測され、本研究で採用した産卵開始時期の見積もり指標を適用できなかったためである。

海外では近年、陸域から沿岸への淡水や物質の流入がもたらすpHやΩaragの低下現象を「沿岸酸性化」と呼び、世界的な人為起源CO2の大量排出がpHやΩaragの低下を引き起こす「海洋酸性化」と区別しています。本研究の観測結果では、同じマガキ養殖域の中でも、河口に近い観測点でpHやΩaragの低下がより顕著だったことから、沿岸酸性化の影響が示されました。このことは、世界中で取り組むべき人為起源CO2の大幅削減に加え、河口に近いマガキ養殖場ではマガキ幼生期に河川からの淡水や有機物の流入を調整するといった、地域でできる対策も有効であることを示唆しています。

今後、地球温暖化の進行に伴い、大雨などの極端現象に伴う河川洪水の頻度や強度の増大が懸念される中、地域の実情に即した対策が益々重要になっていくと考えられます。実際のマガキ養殖海域に対してマガキ養殖の温暖化・酸性化影響を詳細に評価し予測した本研究の成果は、これらの現象に対する地域適応策を立案していく上で必要な、科学的指針を具体的に提示するものと期待されます。

発表者情報

国立大学法人東京大学 大気海洋研究所 附属国際・地域連携研究センター
  藤井 賢彦 教授
  ベルナルド・ローレンス・パトリック・カセス 特任研究員

国立大学法人北海道大学 大学院環境科学院 環境起学専攻
  濵野上 龍志 修士課程(研究当時)

国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産資源研究所
  小埜 恒夫 主幹研究員

一般社団法人サスティナビリティセンター
  太齋 彰浩 代表理事

株式会社エイト日本技術開発 EJイノベーション技術センター
  大本 茂之 データサイエンスグループリーダー

国立研究開発法人海洋研究開発機構 むつ研究所
  脇田 昌英 副主任研究員

特定非営利活動法人里海づくり研究会議
  田中 丈裕 理事・事務局長

論文情報

雑誌名:Biogeosciences
題 名:Assessing impacts of coastal warming, acidification, and deoxygenation on Pacific oyster (Crassostrea gigas) farming: A case study in the Hinase Area, Okayama Prefecture and Shizugawa Bay, Miyagi Prefecture, Japan
著者名:*Masahiko Fujii, Ryuji Hamanoue, Lawrence Patrick Cases Bernardo, Tsuneo Ono, Akihiro Dazai, Shigeyuki Oomoto, Masahide Wakita, and Takehiro Tanaka
DOI: 10.5194/bg-20-4527-2023
URL: https://doi.org/10.5194/bg-20-4527-2023このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、日本財団「海洋酸性化適応プロジェクト」、文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム」領域課題4「ハザード統合予測モデルの開発」(JPMXD0722678534)、北海道大学機能強化プロジェクトの支援により実施されました。

用語解説

(注1)pH(水素イオン濃度指数)
液体の性質を表す指標で、水素イオン濃度の逆数の常用対数に-1を乗じた値である。値が7だと中性、7より低いと酸性、7より高いとアルカリ性。
(注2)アラゴナイト飽和度(Ωarag
炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ生物の多くは炭酸カルシウムのうち比較的溶けやすい結晶形態であるアラゴナイト(あられ石)で形成されている。アラゴナイト飽和度 (Ωarag)は以下の式で表される。
Ω_arag = [Ca2+] [CO3 2-] / K_sp
ここで、[Ca2+]はカルシウムイオン濃度、[CO32-]は炭酸イオン濃度、Kspは溶解度積である。Ωarag値が高いほどアラゴナイトを形成(石灰化)しやすくなる。CO2が海に溶け込むとΩaragが下がり、Ωarag値が小さいほどアラゴナイトの形成が阻害される。Ωarag値が1以下になると、化学理論上アラゴナイトは溶解する。しかし、Ωarag値が1を上回っていても生物の種類や成長段階によっては深刻な海洋酸性化影響を受けることが近年の研究から示唆されている。一般に同じ生物種でも幼生期は海洋酸性化に対して特に脆弱である。
(注3)パリ協定
2015年12月にフランス・パリで開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議で、世界約200か国が合意して成立した地球温暖化対策の国際的な枠組み。世界の平均気温の上昇を産業革命前と比較して2 ℃より充分低く抑え、1.5℃に抑える努力を求めている。
(注4)RCP(Representative Concentration Pathways; 代表濃度経路シナリオ)
気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change; IPCC)で採用された、将来のCO2を含む温室効果ガスの排出シナリオ。将来の人間活動の違いを想定した4つのシナリオがあり、RCP 8.5シナリオは従来の社会や経済の枠組みの延長線上での経済成長を想定した、温室効果ガスの排出が最も多いシナリオである。逆にRCP 2.6シナリオはパリ協定に準拠した、温室効果ガスの大幅削減を想定した低排出シナリオである。

問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 附属国際・地域連携研究センター

教授 藤井 賢彦(ふじい まさひこ)
E-mail:mfujiiaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

プレスリリース

Noticeアイコン