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貝が「いつ死んだのか」「いつ成長が悪くなったのか」を調べる手法を開発

2020年12月10日

東京大学 大気海洋研究所

発表のポイント

◆ホタテガイの殻の酸素同位体組成の分析により、ホタテガイの成長がいつから悪くなったか、ホタテガイがいつ死んだのかを明らかにする手法を確立した。
◆従来は成長停滞や死因の解明には定期的なモニタリングが必要不可欠であったが、本研究手法により貝の「殻」に残された痕跡からタイミングを特定することで原因解明の手がかりが得られる。
◆近年、真珠母貝やホタテガイなど水産重要二枚貝種の大量へい死が問題となっているが、成長停滞や死んだタイミングが特定可能になることで原因解明や対策に役立つ手法となる。

発表者

赵  力强(研究当時:東京大学大気海洋研究所 日本学術振興会外国人特別研究員、
現在:広東海洋大学 水産学院 准教授)

白井厚太朗(東京大学大気海洋研究所 准教授)
金森  誠(地方独立行政法人北海道立総合研究機構  水産研究本部函館水産試験場 主査)

発表概要

近年、真珠母貝やホタテガイなど水産重要二枚貝種の大量へい死が大きな問題となっている。大量へい死の原因解明には、海洋環境のみならず貝の健康状態などを広範囲で継続的にモニタリングをする必要があるが、多大なコストや労力が必要となるという問題があった。

東京大学大気海洋研究所の白井厚太朗准教授らのグループは、貝殻が形成された時の温度の指標となる酸素同位体比(注1)の分析により、貝殻の形成時期を推定することで、貝の成長停滞や死亡のタイミングを明らかにする手法を開発した。「いつ成長が悪くなったか」「いつ死んだか」などのタイミングを明らかにし、当時の海洋環境データなどと照らし合わせることで原因解明のヒントが得られる。この手法の強みは、殻さえ残っていれば問題が起こった後からでも、過去にさかのぼってタイミングを特定できることである。生産者にとっては「何かあったときに殻を取っておくだけ」というシンプルなもので必要な労力が格段に少なく、導入が進めば二枚貝の大量へい死のメカニズム解明に大きく貢献すると期待できる。

発表内容

近年、真珠母貝やホタテガイなど水産重要二枚貝種の大量へい死が大きな問題となっている。大量へい死の要因としては、貧酸素水塊、赤潮・青潮、急激な水温変化、病気、などさまざま要素があり、これらが複雑に関連することで貝が死に至る。短期間で甚大な被害額となるため二枚貝養殖における深刻な問題となっている。二枚貝養殖は無給餌で行われ、環境に優しく、低コストで生産可能などのメリットがある一方、給餌作業がないため、生産者は二枚貝の日々の状態を把握することが難しい。さらに、二枚貝が殻を閉じてしまうと外観から内部の状態を把握することができないため、健康状態を把握するためには、一定の個体数を開殻して調べる破壊検査が必要となる。しかし、このような破壊検査を高頻度で行う場合、多大な労力・コストがかかり、個人経営の生産者が継続的に実施することは難しい。そのため養殖二枚貝の大量へい死が生じた時に、生産者は自分が管理している二枚貝が「いつ成長が悪くなったのか」「いつ死んだのか」を大まかにしか把握できていない場合が多く、その原因の特定はしばしば困難となる。

東京大学大気海洋研究所の赵力强研究員及び白井厚太朗准教授らのグループは北海道立総合研究機構函館水産試験場と共同して、貝殻が形成された時の温度の指標となる酸素同位体比(注1)の分析により、貝殻の形成時期を推定することで、貝の成長停滞や死亡のタイミングを明らかにする手法を開発した。炭酸カルシウムの殻に含まれる酸素同位体比を分析することで過去の水温を推定する手法は古環境研究に広く用いられてきた。また、考古学では貝塚の化石の酸素同位体比を分析し、採取直前に成長した部位の水温を推定することで、貝狩猟の季節性を調べる研究が近年注目されている。しかし、このような手法を水産業・水産学の分野である貝の養殖に応用した例はほとんど無かった。「いつ成長が悪くなったか」「いつ死んだか」などのタイミングがわかれば、当時の海洋環境データなどと照らし合わせることで原因解明のヒントが得られる。この手法の強みは、殻さえ残っていれば問題が起こった後でも、過去にさかのぼってタイミングを特定できることである。

まず、2019年3月末に北海道の噴火湾で養殖している養殖カゴから「健康な帆立貝」「変形した帆立貝」「帆立貝の死に殻」を採取した。その貝殻の表面から精密ドリルを使って分析に用いる貝殻粉末試料を成長方向に等間隔で削りとった。貝殻はちょうつがいの部分(つながっている部分)から縁辺部分(貝殻が開く先端部分)に向かって大きくなっていくので、その方向に分析することで帆立貝が経験してきた水温の履歴を明らかにできる。そして、その粉末試料を安定同位体質量分析装置(注2)により酸素同位体比を測定し、既に明らかになっている酸素同位体比と水温の関係式を用いて形成時の水温に換算した。

その結果、「健康な帆立貝」については夏期の高水温の時期から採取時の3月末まで成長するに従い水温が順調に低下していく傾向が見られた。一方、「変形した帆立貝」3個体については、変形した部位が形成された部位の水温は1月下旬から2月下旬に相当することがわかり、変形した後は成長が停滞した、もしくは停止したことを明らかにできた。この時期には冬の嵐が到来し、養殖カゴの中で衝突したことが変形を引き起こした可能性の一つとして考えられた。また「死に殻」3個体の最後に形成された部位は12月上旬から1月末にかけて、それぞれ3個体でタイミングが異なることが特定できた。1月下旬に死んだ個体のサイズはその時期の標準的なサイズと同等であったため、何かしらの理由で急に死亡したと推定された。一方、12月上旬、1月上旬に死んだ個体については標準的なサイズと比べ小さかったため、不健康な状態が継続した末に死亡したと推定された。

このように、貝殻の酸素同位体比分析による水温推定から形成時期を特定することにより、貝の死亡や成長停滞の要因に関する情報を引き出すことが可能となる。特に、今回は海洋調査が比較的重点的に行われている噴火湾を対象としたが、水産養殖を行っているほとんどの海域は海洋観測網が充実していない。生産者にとっては「何かあったときに殻を取っておくだけ」というシンプルなもので必要な労力が格段に少なく、誰でも簡単に導入可能である。また、養殖と比べてモニタリングや死亡要因の調査が格段に困難である天然の貝類にも強力な手法になる。海洋調査の充実とは補完的な関係となり、今後研究例が増加することで二枚貝の大量へい死のメカニズム解明に大きく貢献すると期待できる。

発表雑誌

雑誌名:「Marine Environmental Research」(11月24日)
論文タイトル:Identification of timing of scallop morphological deformity and mortality from shell oxygen isotope records
著者:Liqiang Zhao*, Tomihiko Higuchi, Makoto Kanamori, Masafumi Natsuike, Naoyuki Misaka, Naoko Murakami-Sugihara, Kentaro Tanaka, Kotaro Shirai
DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.marenvres.2020.105149このリンクは別ウィンドウで開きます
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S014111362030043Xこのリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋化学部門
准教授 白井 厚太朗(しらい こうたろう)
E-mail:kshiraiaori.u-tokyo.ac.jp    ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1:酸素同位体比
酸素の中にも、重さが異なるが性質はほとんど変わらない3種類の酸素原子がある。貝殻やサンゴなど炭酸カルシウムができるときには、水温が高いほど重い酸素の量が増えるので、その量を計ることで、殻ができた時の水温がわかる。
注2:安定同位体質量分析装置
酸素同位体比を測定するための装置。

添付資料

図1 変形した帆立貝の写真。「健康な貝」と「死に殻」は写真の赤線の方向に分析した。「変形した貝」は写真の青線の方向に分析した。

図2 健康な貝の殻に記録されていた水温変化の履歴。殻から推定した水温と実際の水温は良く一致した。調査海域では塩分や餌の量なども調査されている。

図3 「健康な貝の殻」と「変形した貝」に記録されていた水温履歴を比較した結果。殻が作られた時の水温を比較することで変形が始まった部位が作られたタイミングがわかる。

図4 「健康な貝の殻」と「死に殻」に記録されていた水温履歴を比較した結果。殻が作られた時の水温を比較することで貝が死んで成長を止めたタイミングがわかる。

プレスリリース