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旧石器時代後期の西アジアの気候と北大西洋の急激な寒冷化 〜当時の急激な西アジア大気循環変動を検出〜

2020年7月22日

横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所)

発表のポイント

◆旧石器時代の北大西洋では、10度以上の温度変化を伴う気候変動が、わずか10年ほどの間に複数回起きていたことが知られています。
◆本研究は、そのような気候変動が、人類学で重要地域とされる西アジアを含む広域への環境変化を引き起こしたことを明らかにしました。
◆本研究は気候の将来予測の精度向上に資すると考えられます。

発表概要

旧石器時代の後期に相当する今から1万9千年前〜7千年前には、氷期の終焉に伴い、北米と北欧に存在していた巨大氷床が融解したことで、世界的に100m以上の海面上昇が起こりました。さらに、大気中二酸化炭素濃度も上昇し、現在の間氷期といわれる温暖期に移行しました。しかし、これまでの研究から、継続期間が数百年、移行期間が十年ほどの急激な寒冷イベントが3回以上起こっていたことがわかっています。さらに、当時の人類の営みにも影響が及び、農業の開始時期が遅れたことなどが知られています。しかし、そのような北大西洋での寒冷イベントが果たして北半球全体の気候現象だったのか、またそれらの寒冷イベントは時間差なく伝播していたのか、またその規模についての知見は不十分でした。

そこで、東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授は、ドイツ ブレーメン大学のMahyar Mohtadi博士らの研究グループと共同で、西アジアに位置するイランのコナーサンダール地域から得られた試料を分析し、過去の気候変動について調べました。その結果、北大西洋で起こった急激な寒冷イベントに1対1で対応する固体エアロゾル(ダスト(注1))の急激な増加がグリーンランドや北大西洋の記録と時差なく起こっていたことが明らかになりました。サハラ砂漠やアラビア半島は世界最大のダストの供給地帯です。その直近に位置する当地域でのダスト量の増減は、大気循環に敏感な検出器としての機能を持ちます。つまり、北大西洋が寒冷化し海氷が広がることで、熱帯域に存在する降雨帯の南下を引き起こし、サハラ砂漠などの乾燥化や大気循環の変化を起こしたことを示します。

今回の研究で得られた結果は、西アジアの過去の気候変動が、広い地域の環境変化をもたらしていたという知見を提示しました。従来提唱されていた鍾乳石を用いたモンスーンの変化による当該地域の乾燥化のみならず、偏西風帯の変化など急激な大気循環変動も同時に引き起こしたのです。これらは、急激な気候変動が旧石器時代の人類の生活にどのように影響を及ぼしたかを考察する上でも重要な知見となります。

発表内容

直近の氷期は1万9千年前に終了しました。現在の間氷期に突入してすぐにあたる7千年前は、北米と北欧の巨大氷床が融解した時期です(図1)。これにより世界的に海水準が130mも上昇するといった大規模な環境の変化が起きました。温室効果ガスである大気二酸化炭素やメタンも氷期のレベルから上昇し全球的に温暖化しました。また、グリーンランド氷床からの氷床コア試料からもたらされた過去の気温変化の記録は、数百年続いた寒冷イベントが少なくとも3回以上起こったことを示しています。驚くべきことにその移行期はゆっくりとしたものではなく、十年〜数十年の短期間に10度以上変化するという急激なものであったことが明らかになっています。この急激な気候変動の記録はグリーンランドの気温だけではありません。近年の研究から、海水温やヨーロッパや北米の気温の情報、そして高緯度の気候を温暖に保っている一周千年ほどの海洋大循環(図2注2)も変化していたことがわかってきました。そのような急激な環境変動が北大西洋地域に限られるのか、それとも北半球全体に及ぶ大規模なものなのかを明らかにすることは、気候システムを解明し将来の気候システム変動予測のためにも重要です。

一方、西アジアは人類学的にも重要な地域であり、また、旧石器時代後期は定住生活とともに農業の開始が起こった時期としても知られています。北大西洋の大規模かつ急激な気候変動の影響が西アジアにも及んでいたのか、そうであればどの程度のタイミングで伝播していたのかという情報は、地域の環境変化を理解し、人類学的な観点からも重要です。

今回研究グループでは、世界最大のダスト供給地域であるサハラ砂漠やアラビア半島の直近に位置する、イランのホルムズ海峡近くのコナーサンダール地域から得られた試料を分析し、過去の気候変動について研究を行いました。氷期の終わりである1万9千年前から7千年前に相当する試料についてX線蛍光分析による元素分析やX線回折装置などによる鉱物同定などの化学分析による環境復元を行いました(図3)。タイミングの決定はイベントの規模を理解する上でも重要なポイントですが、試料を東京大学大気海洋研究所に設置されている日本で唯一のシングルステージ加速器質量分析装置を用いて高精度で分析し、放射性炭素(14C)年代決定法で詳細な年代決定を行いました。

その結果、北大西洋で起こった3回以上の寒冷化イベントは、西アジアでは、これまで報告されてきている鍾乳石を用いた研究によるゆっくりとしたモンスーンの変化として起こったという知見と異なり、ほぼ時間差がなく伝播していたことがわかりました。具体的には北大西洋の寒冷イベントと同期して固体エアロゾル(ダスト)量が顕著に変化していたことが明らかになりました(図3)。このことは、北大西洋で寒冷化が起こった時に海氷が広がることで、大気循環にも影響が及び、低緯度の降雨帯が南下していたことで偏西風の位置も変化して地域に影響を与えていたといった広域の気候変化の結びつきを示しています(図4)。

これらのデータは今後の温暖化の進行と現在でも乾燥環境が広がり地政学的にも重要な西アジア地域の今後の気候変動を予測する気候モデルの高精度化に役立つと期待されます。また、人類学的にも重要な地域であることから、当時の環境を総合的に理解する一助になります。今後も同様の手法を用いて異なる地域の研究を進めることによって、急激な気候変動の広域対比を行い、それにより温暖化により将来引き起こされると考えられる大気循環変動や海洋循環変動について、精度の高い予測ができるようになることが期待されます。

本研究は、JSPS科研費JP20H00193の一部サポートによって行われました。

発表雑誌

雑誌名:「Proceedings of National Academy of Science of United States of America (PNAS:アメリカ科学アカデミー紀要)」(2020年7月20日)
論文タイトル:Elevated dust depositions in West Asia linked to ocean-atmosphere shifts during North Atlantic cold events.
著者:Reza Safaierad, Mahyar Mohtadi, Bernd Zolitschka, Yusuke Yokoyama, Christoph Vogt and Enno Schefuß

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター
教授 横山 祐典(よこやま ゆうすけ)
Email: yokoyamaaori.u-tokyo.ac.jp    *アドレスの「◎」は「@」に変換してください

用語解説

(注1)ダスト
地表の鉱物や砂、土などが空気中に粒子状に分散し固体エアロゾルとなったもの。日本で見られる現象として春先に中国大陸で発生した黄砂現象。過去の大気循環について理解する指標として使われています。サハラ砂漠のダストは大西洋を渡ってアメリカ大陸にも達するほど大規模であり、今年も7月上旬に米国南東部で大規模なダストが観測されました。
(注2)海洋大循環
北大西洋を起源とした一周が約1,000年の循環。海水の塩分と温度差によって駆動されています。熱塩大循環とも呼ばれています。現在北大西洋で毎秒約2000万km3の海水が沈み込むことで、高緯度に熱を運び、温暖な気候が保たれていると考えられています。

添付資料

図1:今回の試料採取地点であるイラン南東部の位置と直近の氷期氷床配置。3,000mを超える巨大氷床が北米と北欧に存在していた。

図2:海洋大循環の簡略図。Xは北大西洋と南極海で見られる海水の沈み込み地点。赤丸は今回の試料採取地点。毎秒2000万km3という大量の塩分の高い海水が、北大西洋で沈み込むことにより地球規模の循環が形成されている。茶色は表層の流れ。青色は深層水の流れ。この大循環によって地球の気候がマイルドに保たれているとされているが、旧石器時代に起こった3回以上の寒冷イベントはこの循環が弱化したことで北半球高緯度が寒冷化したとされている。

図3:イラン南東部コナーサンダール地域に記録された1万9千年前から7千年前のダストの記録と北大西洋のグリーンランドの氷床コアに残された気温変化とダスト量変化記録の対比。グレーのシェードは寒冷イベント。ダストの増加が遠く離れたグリーンランドの気温低下イベントと時間差なく起こっていたことがわかる。

図4:ダストの増加をもたらしたと考えられる、大気循環の変化を招いた北大西洋域の寒冷化。それに伴って冬季の海氷の位置が拡大し、その影響によって熱帯収束帯の南下が起こったと考えられる。急激な大気循環の変化は突風の頻度が増えたサハラ砂漠やアラビア半島起源のダスト量の増加として記録されていた。

プレスリリース