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モガニ属の新種「オオヨツハモガニ」を発見~三陸の藻場における重要種

2019年9月20日

大土 直哉(東京大学大気海洋研究所 特任助教)
河村 知彦(東京大学大気海洋研究所 教授)

発表のポイント

◆東日本大震災後の海洋生態系調査において、北海道・三陸地方の藻場に生息する大型のモガニ類(甲長4cm程度)を新種「オオヨツハモガニ」として発表した。本種は、これまで日本全国の藻場に棲む「ヨツハモガニ」の地理的変異と見なされてきたが、多くの形態的特徴において既知のモガニ類とは明瞭に異なっていた。
◆本新種を含む近縁3種のモガニ類(ヨツハモガニ、ヨツハモドキ、オオヨツハモガニ)の分布域を再調査した結果、日本海側の富山湾より北、太平洋側のいわきより北の海域には新種オオヨツハモガニのみが分布することがわかった。
◆新種「オオヨツハモガニ」は、三陸・北海道の沿岸岩礁域藻場の優占種であり、エゾアワビ稚貝やウニ類稚仔の捕食者となるなど、植食性の強いヨツハモガニとは異なる生態を持つこともわかった。

発表概要

モガニ類は、世界中の藻場に棲む小型の甲殻類であり、北米沿岸では藻場の食物網において重要な役割を担っていることが知られているが、日本を含む北東アジア域では研究が遅れており、出現種やそれらの藻場における役割などについて未知な部分が多い。

東京大学大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターの大土直哉特任助教と河村知彦教授は、東日本大震災後の海洋生態系調査において、北海道・三陸地方の藻場に生息する大型のモガニ類が未記載種であることを突き止め、このたび新種「オオヨツハモガニPugettia ferox」として発表した。このカニは、80年以上前に三陸地方から報告され、日本沿岸に広く分布する普通種ヨツハモガニPugettia quadridensの地理的変異と見なされていたが、多くの形態的特徴において既知のモガニ類とは明瞭に異なることが明らかになった。

新種「オオヨツハモガニ」は、三陸や北海道の沿岸の岩場に形成される大型海藻類の藻場で最も優占するカニ類であり、エゾアワビ稚貝やウニ類稚仔の重要な捕食者にもなっているなど、植食性の強い近縁種ヨツハモガニとは大きく異なる生態を持つことも明らかになった。

発表内容

モガニ類(注1)は世界中の沿岸域に分布しており、北太平洋西岸(特にアラスカからカリフォルニアまで)では藻場生態系の重要種として、1960年代より生態学的研究の対象とされてきた。一方、日本、中国北部、朝鮮半島とロシア極東域を含む北東アジアの各海域においても、海藻藻場にはモガニ類が普通種として生息しているが、種同定が難しいこともあって、現在に至るまでそれらの生態に関する研究事例は数えるほどしかない。

東京大学大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターの大土直哉特任助教と河村知彦教授は、東日本大震災後の海洋生態系調査を行なってきた。その過程で、三陸地方や北海道の沿岸でごく普通に見られる大型のモガニ類が未記載種であることを突き止め、この度、新種オオヨツハモガニPugettia feroxとして発表した。新種オオヨツハモガニは、最終脱皮後の甲長(注2)が4cmを超える、国内最大のモガニ類である(図1C, D)。本種は80年以上にわたって北東アジア沿岸域の普通種ヨツハモガニPugettia quadridens図1A, B)の地理的変異と見なされてきたが、ヨツハモガニほか既知のモガニ類とは形態的特徴が明瞭に異なることが明らかとなり、未記載種であることが確認された。

今からおよそ80年前、1938年に発表されたある論文の中で、岩手県で採集されたヨツハモガニの標本について、伊豆半島など南方の海域から採集された標本に比べて大きく、甲の形状やハサミの歯列などが異なることが指摘された。しかしながら、当時、ヨツハモガニには種内変異が多いと考えられていたため、この「大型のヨツハモガニ」は地理的変異の一つと見なされた。大土らは、東日本大震災後の海洋生態系調査の過程で、この「大型のヨツハモガニ」に形態的特徴の一致するモガニ類が海藻藻場において優占することに気付いた。そこで、ヨツハモガニとその近縁種ヨツハモドキP. intermediaの形態的特徴を精査したうえで「大型のヨツハモガニ」の分類学的位置について再考することにした。

大土らはまず、ヨツハモガニとヨツハモドキそれぞれについて、タイプ標本(注3)に基づき形態的特徴を詳細に記録した。続いて、多数の標本に基づいて種内変異に関する知見を整理し直した。そして、三陸地方にて採集された「大型のヨツハモガニ」の標本多数と比較すると、ヨツハモガニだけでなく本属既知種のいずれとも形態的特徴によって区別可能であることが確認された。ヨツハモガニとは眼窩周辺の構造、鉗脚長節のプロポーション、雄の第一腹肢の形態など多くの特徴によって判別可能であるほか、ハサミの歯列やプロポーションの成長に伴う変化パタンが明らかに異なっていた(図23)。

大土らはさらに、ヨツハモガニ、ヨツハモドキ、「大型のヨツハモガニ」の分布域を調べ直すため、国内外の博物館・研究施設の協力のもと、過去の研究で検討された標本を含む所蔵標本の再調査と新規標本の採集を行なった。その結果、3つのモガニ類の分布域は、北東アジアにおいて広い範囲で重複していることが明らかになった。ヨツハモガニはこれまで、北東アジアの沿岸域に広く共通して分布するとされてきたが、真のヨツハモガニの分布域はやや南方寄りで、日本海側の富山湾より北の海域と太平洋側の福島県いわきより北の海域には「大型のヨツハモガニ」のみが分布することがわかった(図4)。形態的特徴に安定的な相違が認められること、成長パタンが明らかに異なること、分布域が広範囲に重複することなどから、「大型のヨツハモガニ」は地理的変異ではなく別種と考えるべきと結論し、新種オオヨツハモガニとして発表した。なお、本種のタイプ産地(注4)は、国際沿岸海洋研究センターが面する大槌湾赤浜である。

本研究の結果ヨツハモガニは、その原記載から180年以上の間に少なくとも4属11種のクモガニ類と誤同定あるいは混同されていたことが明らかになった。新種オオヨツハモガニは、東日本大震災以前から三陸沿岸の岩礁藻場において最も優占するカニ類であり、これまで北海道・三陸地方においてエゾアワビやウニ類の生活史初期の捕食者とされてきた「ヨツハモガニ」も新種オオヨツハモガニであったと考えられる。大土らによる別途進行中の研究結果からは、真のヨツハモガニが植食性の強い種であることが示されており、両種の生態が大きく異なることが明らかになりつつある。

※本稿は、Ohtsuchi & Kawamura (2019)の研究成果に係わるプレスリリースのために用意されたもので、動物命名のために公表するものではない。

発表雑誌

雑誌名:「Zootaxa」(9月20日付オンライン版)
論文タイトル:Redescriptions of Pugettia quadridens (De Haan, 1837) and P. intermedia Sakai, 1938 (Crustacea: Brachyura: Epialtidae) with description of a new species.
著者:Naoya Ohtsuchi* and Tomohiko Kawamura
DOI番号:10.11646/zootaxa.4672.1.1
アブストラクトURL:https://doi.org/10.11646/zootaxa.4672.1.1このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 国際沿岸海洋研究センター
特任助教 大土 直哉(おおつち なおや)
E-mail:ohtsuchiaori.u-tokyo.ac.jp  ※「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

注1:モガニ類
カニ類(十脚目短尾下目)のうち、ズワイガニやタカアシガニなどを含むクモガニ上科のカニ類の中で、海藻藻場に生息する種のこと。ケルプクラブとも。
注2:最終脱皮後の甲長
一部のカニ類では、生活史後期の脱皮後に脱皮ホルモンを産生する顎腺が退縮し、それ以上の脱皮が起こらなくなる。このときの脱皮を最終脱皮と呼び、最終脱皮後の個体はそれ以上大きくならない。クモガニ上科では、最終脱皮と同時に雄ではハサミが強大化し、雌では腹部が拡張する。このような形態的特徴をもつ個体のサイズを、本種の最大サイズの目安として使った。
注3:タイプ標本
生物の新種が発表された際に、その種の基準として指定された標本のこと。その種の研究背景によっていくつかの種類に区別される。本研究では、ヨツハモガニのレクトタイプ標本とパラレクトタイプ標本、およびヨツハモドキのパラタイプ標本が再検討され、新種オオヨツハモガニに対してホロタイプ標本とアロタイプ標本が指定された。
注4:タイプ産地
生物の新種が発表された際に、その担名タイプ標本(ホロタイプ、レクトタイプ、あるいはネオタイプ)が採集された地理的な場所。本稿では、新種オオヨツハモガニのホロタイプ標本が採集された場所を意味する。

添付資料

図1.ヨツハモガニPugettia quadridens (De Haan, 1837)(A, B)と新種オオヨツハモガニP. ferox Ohtsuchi & Kawamura, 2019(C, D)の最終脱皮後の雄成熟個体。

図2.モガニ属Pugettia 3種の雄の発達段階。A–C、未成熟個体(未発達の第一腹肢と相対的に小さいハサミを持つ個体);D–F、最終脱皮前の成熟個体(発達した第一腹肢と相対的にやや大きく、指間ギャップのないハサミを持つ個体);最終脱皮後の成熟個体(発達した第一腹肢と相対的に大きく、ギャップのあるハサミを持つ個体)。Ohtsuchi & Kawamura (2019) から再構成した大土(2019)より改変。

図3.モガニ属Pugettia 3種の雄におけるハサミの形態と縦横比(平均値±標準偏差)の成長に伴う変化。A–C、最終脱皮前の成熟個体;D–F、最終脱皮後の成熟個体。大土(2019)より改変。

図4.モガニ属Pugettia 3種の分布域。赤い星印は、それぞれの種のタイプ産地(ヨツハモドキP. intermediaは下田、オオヨツハモガニP. feroxは大槌湾)を示す。ヨツハモガニP. quadridensのタイプ産地 (日本) は示していない。Ohtsuchi & Kawamura (2019) より改変。

プレスリリース