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降海から北方回遊へ:大槌湾内におけるサケ稚魚の時空間的分布を 環境DNA分析により解明

2019年9月5日

東京大学大気海洋研究所
北海道大学

プレスリリース

発表のポイント

◆三陸の川で生まれ、海に降ったサケ稚魚が、外洋に出る前に、いつ、湾内のどこに分布するのかを、環境DNA分析により明らかにしました。
◆サケのDNAのみを検出する手法を開発し、水槽実験を通してサケの環境DNAの特性を明らかにした上で、野外調査に応用しました。また、およそ半年にわたる定点定期調査により、シーズンを通じた大槌湾内のサケ稚魚の時空間的分布を初めて明らかにしました。
◆三陸特有の環境がもたらす三陸サケの生態特性に対する理解が進み、それに基づく孵化放流技術の改善にも繋がることが期待されます。

発表者

峰岸 有紀(東京大学大気海洋研究所 附属国際沿岸海洋研究センター 助教)
Marty Kwok-Shing Wong(東京大学大気海洋研究所 生理学分野 特任研究員)
神戸 崇(北海道大学大学院農学研究院 生物資源科学分野 学術研究員)
荒木 仁志(北海道大学大学院農学研究院 生物資源科学分野 教授)
柏原 知実(研究当時:東京大学大気海洋研究所 生理学分野 博士前期課程)
伊知地 稔(研究当時:東京大学大気海洋研究所 地球表層圏変動研究センター特任研究員)
木暮 一啓(研究当時:東京大学大気海洋研究所 地球表層圏変動研究センター 教授)
兵藤 晋(東京大学大気海洋研究所 生理学分野 教授)

発表概要

東京大学大気海洋研究所と北海道大学の研究グループは、三陸の水産重要種であるサケに着目し、サケの環境DNA(注1)のみを検出する定量的分析手法を開発し、岩手県大槌湾内におけるサケ稚魚の時空間的分布を明らかにしました。水槽実験により、サケの環境DNAの放出と崩壊が時間と水温に大きく依存すること、環境DNA量が概ねサケ稚魚の個体数を反映すること、サケ稚魚の環境DNAの主たる起源は排泄物以外であることなどを検証し、野外への適用を可能にしました。大槌湾において、およそ半年にわたる定点定期調査を2シーズンにわたって実施し、環境DNA分析を行った結果、河川で生まれて流下し、海に入ったサケ稚魚は1月から6月にかけて大槌湾内に分布することが明らかになりました。降海直後のサケ稚魚は湾の最奥部に生息し、その後、徐々に湾内へ拡がって、3月から4月上旬、ならびに5月以降という2度のピークを示すように湾外へと出ていくことがわかりました。サケの生態調査に環境DNAという新たな手法を導入したことで得られた本研究の成果は、三陸サケの生態の理解に資するだけでなく、人工孵化放流(注2)技術の改善にも繋がることが期待されます。

発表内容

【研究背景】
サケ(Oncorhynchus keta)は、川で生まれ、海で成長する通し回遊魚です。生後間もなく川を降り、河口近くで一定期間を過ごした後に北上し、ベーリング海とアラスカ湾を行き来して成長します。そして、2-6年にわたる海洋生活の後、生まれた川に回帰し、産卵して一生を終えます。サケの産卵場所は日本を含む北太平洋沿岸に分布し、北日本における水産重要種です。沿岸や河川に回帰したサケ親魚の多くは人工孵化放流事業のために捕獲され、日本では北海道と岩手県を中心に、毎年、約18億尾の稚魚が生産・放流されています。三陸沿岸では基幹産業のひとつですが、1990年代後半をピークにサケ回帰親魚は著しく減少し、さらに2011年の震災でも大きな被害を受けたことから、サケ資源回復への対策が急務となっています。近年、さまざまな研究から、サケ親魚の回帰には、地球規模の環境変動に加え、稚魚期の成長・生残に影響を与える沿岸の海洋環境と関連があることが明らかになり、稚魚期の生態解明の重要性が指摘されるようになりました。

三陸沿岸は、北海道やロシア、アラスカなどの大陸とは大きく環境条件が異なります。三陸沿岸の海岸地形は複雑で、急峻な山と海崖に隔てられた多数の閉鎖的な小さな湾から成ります。それぞれの湾には、短く幅の狭い河川が1?複数本注ぎ、北海道などと比べて、河川も海も高水温です。このような特異な環境は、三陸のサケに独自の地域的生態特性をもたらすと考えられます。それにも関わらず、三陸サケの生態、例えば、降海直後の稚魚の湾内における生態はほとんどわかっていませんでした。三陸サケの稚魚期の生態を理解することは、資源管理・保全を目指す上でも非常に重要です。

サケ稚魚の生態調査は、個体の採集や目視観察などにより行われてきましたが、長期間にわたる稚魚期を通して調査することには、多大な労力が必要とされるだけでなく、稚魚を採集することで個体群そのものに負の影響を与える恐れもあります。そこで、私たちは近年急速に発展した調査手法である環境DNA技術を用いて、岩手県沿岸の中程に位置する大槌湾(図1)において、湾内におけるサケ稚魚の時空間的分布を定量的に調べました。

【研究内容】
北日本には、サクラマスなど他のサケ科魚類がサケと同所的に生息します。そこで、サケのDNAのみを検出する環境DNAの定量的分析手法を開発し、サケ稚魚の環境DNAの特性を明らかにした上で、野外調査に適用しました。水槽実験の結果、サケの環境DNAの放出と崩壊は時間と水温に大きく依存すること、環境DNAの崩壊には微生物が大きく関与していること、環境DNA量がサケ稚魚の個体数を概ね反映すること(図2)、サケ稚魚の環境DNAの主たる起源は排泄物以外であることなどを明らかにしました。続いて、実際に大槌湾の海水を用いると、環境DNA分析に必要なPCR反応が阻害されることが明らかになったため、抽出したDNAを精製するステップを新たに加えるなど分析プロトコルを改良し、野外調査に適用しました。およそ半年にわたって、大槌湾の湾口から湾奥までをカバーする13定点において毎週採水を行い、合計600を超えるサンプルの環境DNA分析を行った結果、河川で生まれて流下し、海に入ったサケ稚魚は、1月から6月にかけて大槌湾内に分布することが明らかになりました(図3)。サケ稚魚は、降海直後は渚帯を含む湾の最奥部に生息し、その後、徐々に湾内へ拡がって、3月から4月上旬ならびに5月以降という2度のピークを示すように湾外へ出ること、5月後半には湾奥部からいなくなり、6月半ばまでには湾外への離脱を完了することがわかりました。

【社会的意義・今後の展望】
環境DNA技術を導入することで、個体群に影響を与えることなく、長期にわたる調査が可能となり、大槌湾内におけるサケ稚魚の動態が、初めてシーズンを通して明らかになりました。分布や生息時期のような基礎的な生態情報さえ乏しい、三陸サケの生態の理解に資するだけでなく、今後さらに、餌生物となるプランクトンや、湾内の他の生物群についても情報を蓄積していくことで、湾内の海洋生態系の包括的理解、サケ稚魚の成長・生残に影響を与える環境因子の解明、さらには、三陸のサケの生態に即した孵化放流技術の開発・改善にも繋がることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「PLoS ONE
論文タイトル:Spatiotemporal distribution of juvenile chum salmon in Otsuchi Bay, Iwate, Japan, inferred from environmental DNA
著者:Yuki Minegishi*, Marty Kwok-Shing Wong, Takashi Kanbe, Hitoshi Araki, Tomomi Kashiwabara, Minoru Ijichi, Kazuhiro Kogure, Susumu Hyodo
DOI番号:10.1371/journal.pone.0222052
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1371/journal.pone.0222052このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 附属国際沿岸海洋研究センター 沿岸保全分野
助教 峰岸 有紀(みねぎし ゆき)
E-mail:y.minegishiaori.u-tokyo.ac.jp   ※アドレスの「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

注1:環境DNA
水や土壌、空気など、環境媒体に存在するDNAの総称。近年、生物モニタリングや生態研究などに広く使われている。
注2:人工孵化放流
秋から冬に河川や沿岸に回帰した親魚を用いて人工授精を行い、孵化させ、一定の大きさになるまで飼育し、春に河川もしくは海に放流する。日本では毎年、約18億尾の稚魚が生産・放流されている。

添付資料

図1 (A)調査を実施した岩手県大槌湾の地図。(B)湾奥から望む大槌湾。(C)湾奥の採水地点のひとつ・箱崎の様子。(D)渚帯を泳ぐサケ稚魚。(CおよびDは川上達也氏撮影)

図2 サケ稚魚の個体数とDNAコピー数の関係。

図3 2018年の大槌湾内のサケ環境DNAの分布。各地点の表層もしくは1m層から1L採水し、分析した。

プレスリリース