ナビゲーションを飛ばす

教職員募集 所内専用 go to english pageJP/EN

facebook_AORI

津波を記録していたムール貝 〜貝がらの元素分析から明らかになった津波による沿岸環境の変化〜

2019年6月12日

東京大学大気海洋研究所

発表のポイント

◆東日本大震災から半年後に岩手県大槌町で採取したムール貝(ムラサキイガイ)の貝がらを分析したところ、津波による沿岸への土砂流入や海底堆積物の巻き上がりが、貝がらのマンガン濃度の変化として記録されていたことがわかった。
◆これまでの観測手法では不可能であった、大災害前から直後にかけての沿岸環境変化の様子を貝がらの化学組成から解明することに成功した。
◆本手法を応用することで、巨大災害や人為的な汚染が発生したときに、発生後から過去にさかのぼって環境変化を明らかにできる可能性がある。

発表者

杉原奈央子 (東京大学大気海洋研究所 学術支援職員)
白井厚太朗 (東京大学大気海洋研究所 准教授)
堀 真子  (研究当時:東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
天野 洋典 (研究当時:東京大学大気海洋研究所 大学院生)
福田 秀樹 (東京大学大気海洋研究所 准教授)
小畑 元 (東京大学大気海洋研究所 教授)
田中 潔  (東京大学大気海洋研究所 准教授)
水川 薫子 (東京農工大学 助教)
佐野 有司 (東京大学大気海洋研究所 教授)
高田 秀重 (東京農工大学 教授)
小川 浩史 (東京大学大気海洋研究所 教授)

発表概要

東日本大震災による津波発生時、海の中の環境はどのように変化したのか。津波の最中や直後の様子はこれまでの海洋観測によって調べることができなかった。東京大学大気海洋研究所の杉原奈央子学術支援職員らのグループは、二枚貝の貝がらを利用した環境復元の時間解像度を劇的に向上させることでこの問題の解明を試みた。貝がらの化学組成は周囲の環境を反映しており、貝がら断面には樹木年輪のような成長線が形成されているため分析した貝がらの位置がいつ作られたかがわかる。研究グループが、震災から半年後に岩手県大槌町から採取したムール貝(ムラサキイガイ)を調べた結果、貝がらのマンガン濃度が津波直後に急上昇していることを明らかにした。この変化は、津波による陸上の土砂流入や海底堆積物の巻上がりによって海水の化学組成が変化したことを示している。津波直後は調査研究を行える状況では無かったが、津波を生き延びた二枚貝の貝がらは当時の様子を克明に記録していた。この手法は、大型台風や人為的な環境汚染など、モニタリングデータが無い場合でも過去にさかのぼって環境を調べられる手法になると期待できる。

発表内容

東日本大震災は東北太平洋沿岸に甚大な被害をもたらした。しかし、津波発生時に海の中で何が起きていたのか。津波前と比べて環境が変わったのか。という問いに答えようとすると、船舶による観測や海中に設置された自動観測システムでは充分なデータを得ることが難しかった。津波最中や直後の観測は不可能なため、データの空白期間が存在すること、前後の環境変化を比較する際に必要不可欠な災害「以前」のデータが限られていることが、津波などの大規模災害が発生した際の沿岸海域の環境変化を理解するさまたげになっていた。このような「災害以前のデータが無い、災害直後の観測が不可能」という問題は、近年頻度が増加している大型台風などの気象現象や、人為的な環境汚染物質の放出など、さまざまな状況で起こりうる問題である。この問題を解決するために、海の中に環境について自動的に記録を残し後から記録を読み出すことが可能な「フライトレコーダー」のような物があれば、災害発生前後の環境変化を調べる一助になると考えられる。

東京大学大気海洋研究所の杉原奈央子学術支援職員らのグループは津波を生き延びた二枚貝の貝がらに注目し、その化学組成を調べることで、津浪前後の岩手県大槌湾の環境変化の状況を復元することを試みた。研究グループは、津波発生から半年後の2011年9月に岩手県大槌町の岸壁から、ムラサキイガイを採取した。ムラサキイガイは「ムール貝」や「シュウリ貝」などの一般名で知られている付着性の二枚貝である。二枚貝の貝がらの化学組成は生息場所の環境に影響を受けて変化する。さらに、貝がらの断面には樹木の年輪のような縞模様(成長線:図1)を観察することができる。採取日から成長線をさかのぼって数えていくことで、その部分の貝がらが、いつ頃作られたかを知ることができる。このように、貝がらの化学組成分析と成長線の観察を行うことで、「どのような」環境変化が「いつ」起きたのかを明らかにすることができる。これまでに貝がらやサンゴなどを利用した古環境復元については多くの研究が行われてきたが、東日本大震災のような直近の災害について、数日レベルの高い時間解像度で環境復元を行った例はなかった。ムラサキイガイのようなイガイ類は足糸によって岸壁や岩場に強固に付着しており、環境変化にも比較的強いことから本研究に最適な種である。また成長速度が早いことから化学分析を行った際に細かい時間スケールで環境変化を把握できる利点がある。採取したムラサキイガイは貝がらを最大成長方向に沿って切断し、化学組成分析用と成長線観察用の断面を作成した。貝がらの化学組成を調べるために、「レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置(LA-ICP-MS)(注1)」を利用して、貝がら中に含まれる重金属元素を貝がらの成長方向に沿って、100マイクロメートルのスポット径で金属元素の濃度を分析した(図2)。100マイクロメートルはムラサキイガイの1日から数日の成長速度に相当する。本研究では特にマンガンという元素の濃度変化に注目した。マンガンは、海水中よりも陸上の土壌や、海底堆積物などに多く含まれている元素である。また、貝がらには潮汐サイクルと同調するように、幅の狭い明瞭な成長線が形成されている部分と、幅の広い不明瞭な成長線が周期的に観察できた。これは大潮の時期と小潮の時期にそれぞれ対応しているとして、このパターンをもとに貝がらの形成時期を推定した。 

分析の結果、貝がら中のマンガン濃度が、津波発生直後から急激に上昇していたことがわかった(図3)。この急上昇は3月下旬をピークに4月の下旬にはある程度低下していた。また4月下旬以降に形成された部位では、津波前と比較して高いマンガン濃度が持続する状況に変化したことが明らかとなった。このような貝がらのマンガン濃度の詳細な変化パターンから津波によってどのような環境変化が起こったのかを推測することができる。津波直後の急激なマンガン濃度の上昇は、津波によって海底がかきまぜられたり、陸上の土砂が大量に海水中に流れ込んだことを示している。さらに、津波後にマンガン濃度が継続的に高い状態に変化したことは、海岸構造物の破壊や地盤沈下によって陸上の土砂が海水中に流れ込みやすい環境に変化したことを示している。家屋などの倒壊によって、裸地が増加したことも、土砂流入増加の一因となったであろう。このような陸上からの土砂流入や堆積物のまきあがりに伴って、さまざまな物質が海水中に流れこんだため、沿岸域の物質循環は津波によって激しく変化し、その影響は40日程度継続したと推測された。このような津波直後の環境変化に関するデータを観測によって得ることは現実的には困難である。実際、沿岸域の海洋観測施設は津波による損壊で使用不能であったし、津波直後の惨状では調査研究の余力は無く、大槌湾で初めて調査が実施されたのは津波による劇的な変化が収束した後と思われる5月中旬であった。貝がらを分析することで「過去にさかのぼって環境調査を実施できる」という本研究で示した手法は、海中の「フライトレコーダー」として、環境問題にも新たなモニタリング手法になると期待できる。 

本研究は、東北マリンサイエンス拠点形成事業「海洋生態系の調査研究」の助成を受けたものである。

発表雑誌

雑誌名:「ACS Earth and Space Chemistry」
論文タイトル:Mussel shell geochemical analyses reflect coastal environmental changes following the 2011 Tohoku tsunami.
著者:Naoko Murakami-Sugihara*, Kotaro Shirai, Masako Hori, Yosuke Amano, Hideki Fukuda, Hajime Obata, Kiyoshi Tanaka, Kaoruko Mizukawa, Yuji Sano, Hideshige Takada, Hiroshi Ogawa.
DOI番号:10.1021/acsearthspacechem.9b00040

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋化学部門
学術支援職員 杉原 奈央子(すぎはら なおこ)
メールアドレス:nsugiharaaori.u-tokyo.ac.jp    ※「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

(注1)レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置(LA-ICP-MS)
レーザーアブレーション装置によって、固体試料(本研究では貝がら)にレーザー光を照射し、微粒子化した後、ガスとともに誘導結合プラズマ質量分析装置に導入する。質量分析装置ではプラズマによってイオン化した元素を高感度で測定する。

添付資料

図1 貝がら断面に形成された成長線。貝がら断面を光沢が出るまで研磨して、成長線が見やすくなるように、処理をしたもの。大潮時と小潮時で成長線のパターンが異なることを利用して、貝がらが形成された時期を推定した。

図2 LA-ICP-MSで化学組成を分析した後の貝がら断面。

図3 貝がらのマンガン濃度の変遷。グラフの横軸は貝がら成長線から推定した貝がらの形成日。グラフは貝がら中のマンガン濃度。写真からは津波前、津波発生時、津波後の大槌の環境変化が見てとれる(図中の写真は佐々木慶一氏提供)。

プレスリリース