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世界最古の水稲栽培文明を滅ぼした急激な寒冷化イベント

2018年12月1日

東京大学大気海洋研究所
東京大学大学院理学系研究科

プレスリリース

発表のポイント

◆長江デルタの近傍から採取された海洋堆積物コアを用いて、過去の表層海水温変動を復元した結果、約4400年前~3800年前に大規模かつ複数回の急激な気候寒冷化イベントが発生したことを発見した。
◆本研究により明らかになった気候寒冷化イベントが、約4200年前に長江文明が一時中断した一因となった可能性が高い。
◆過去の気候変動の規模やメカニズムを明らかにし、その人類文明への影響を評価することにより、今後の地球環境変動予測とその対応策の検討につながることが期待される。

発表者

梶田 展人(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 博士課程1年生/日本学術振興会特別研究員)
川幡 穂高(東京大学大気海洋研究所 海洋底科学部門 教授)
王   可(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 特任研究員)

発表概要

中国の長江デルタでは、約7500年前から世界最古の水稲栽培を基盤とした新石器文明が栄えたが、約4200年前に突然消滅し、その後300年間にわたり文明が途絶えた。多くの考古学者や地質学者が研究を行ってきたが、原因について統一的な見解は得られていなかった。

東京大学と日中の研究機関の共同研究グループは、長江デルタの近傍から2本の海洋堆積物コアを採取し、アルケノン古水温分析(注1)を行うことで完新世(注2)の表層海水温変動を高時間解像度で明らかにした。コア採取地は沿岸の浅海である。沿岸気温は表層海水温と強い相関がある。そのため、表層水温変動の記録から長江デルタの気温変動を定量的に推定することができる。分析の結果、長江文明が途絶えた時期に一致する約4400~3800年前には、大規模かつ複数回の急激な寒冷化(3~4℃の温度低下)が発生していたことが示された。この寒冷化イベントは、この時期に発生した全球規模の気候変動と関連するものと考えられる。このイベントが、稲作にダメージを与え、長江デルタの文明を崩壊させる一因となった可能性が高い。

本研究により、水稲栽培を基盤とした巨大文明が気候変動によって滅んだことが示唆された。今後の地球環境変動予測とその対応策が、人類にとって重要な課題であることが今一度示された。

発表内容

2018年7月、国際年代層序表の更新により、完新世が後期、中期、前期の3つに細分化され、それぞれメーガラヤン、ノースグリッピアン、グリーンランディアンと命名された。グリーンランディアンとノースグリッピアンの境界は8200年前とされ、北米のローレンタイド氷床の崩壊に起因する全球的な寒冷化イベントが採用された。ノースグリッピアンとメーガラヤンの境界は4250年前とされ、インドのMegahalaya地方のMawmluh洞窟が国際標準模式地とされた。この洞窟から採取された石筍をはじめ、世界各地の古環境復元指標(=プロキシ)から、約4200年前に数百年間にわたる乾燥化や寒冷化イベントがあった可能性が報告され、4.2kaイベントと呼ばれている。しかし、4.2kaイベントの規模、影響範囲やメカニズムは未解明である。

今回の時代区分設定では、4.2kaイベントが人類文明に大きな影響を与えた可能性が注目され、人類史上の出来事が初めて時代境界として用いられた。完新世に入り、気候と海水準が安定すると、世界各地の沿岸域で農耕を主体とした文明が勃興した。しかし、約4200年前には、エジプト文明、インダス文明、メソポタミア文明、黄河文明などの巨大文明が一斉に衰退したことが知られ、全球的な気候変動がその原因となった可能性が指摘されている。

本研究では、長江新石器文明に注目して研究を行った。長江デルタでは、約7500年前から世界で最初に水稲栽培を開始した長江新石器文明が栄えた(図1)。稲のDNA解析から、日本の水稲栽培の起源は長江デルタ付近であることが明らかになっており、この文明は日本人のルーツといえる。この長江文明は、約4200年前に突然衰退し、約300年間にわたって長江デルタから文明が失われたことが知られている。多くの考古学者と地質学者が、長江デルタのボーリング調査や露頭調査を行ってきたが、文明消滅の原因について統一的な見解は得られていなかった。本研究では、長江デルタの近くから採取された海洋堆積物コア(図2)のアルケノン古水温分析を行い、完新世の表層水温(SST)変動を高時間解像度で明らかにした(図3)。本研究で用いた海洋堆積物コアは先行研究で用いられた試料に比べると、放射性炭素年代測定(注3)によって高い精度で年代が決定され、非常に高い時間解像度で環境を復元できる試料である。その結果、約4400~3800年前に複数回かつ急激な寒冷化(3~4℃の水温低下)が発生していた証拠を初めて報告した。この気候変動は、4.2kaイベントに関連するものと考えられ、この時期に、東アジア及び北西太平洋では、偏西風ジェットの北限位置の南下、エルニーニョの発生頻度の増加、黒潮の変調 などの大きな気候システムの変化が先行研究から示唆されている。これらの要素が相互に関係してアジアモンスーンの変調がもたらされた結果、長江デルタでは急激な寒冷化が発生したと考えられる。

この急激で大規模な寒冷化イベントが、稲作にダメージを与え、長江文明を崩壊させた可能性が高い。4200年前は、地質学的な時間スケールで見れば、ごく最近の時代であるといえる。比較的気候は安定していたと考えられていた完新世の間にも、このような急激な気候変動が発生しており、高度に発達した人類文明を滅ぼしたという事実は、今後の人類の将来設計において重要な事実である。人為的地球温暖化が進行する昨今、将来の気候変動とそれによる被害が懸念されている。過去の気候変動の規模やメカニズム、それが人類にどのような影響を与えたか、過去の事実を正しく知ることは人類の将来設計にとって極めて重要である。

発表雑誌

雑誌名:「Quaternary Science Reviews」(2018年12月1日付)
論文タイトル:Extraordinary cold episodes during the mid-Holocene in the Yangtze delta: Interruption of the earliest rice cultivating civilization
著者:Hiroto Kajita*, Hodaka Kawahata, Ke Wang, Shouye Yang, Hongbo Zheng, Naohiko Ohkouchi, Masayuki Utsunomiya, Bin Zhou, Bang Zheng
DOI:10.1016/j.quascirev.2018.10.035
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0277379118303305このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大学院理学系研究科
大学院生 梶田 展人(かじた ひろと)
E-mail:kajitaaori.u-tokyo.ac.jp     ※「◎」は「@」に変換して下さい

東京大学大気海洋研究所
教授 川幡 穂高(かわはた ほだか)
E-mail:kawahataaori.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1:アルケノン古水温
海洋堆積物中に含まれる、円石藻というプランクトンが合成した有機化合物を用いて過去の水温を推定する方法。
注2:完新世
約11700年前~現在の時代区分。最終氷期が終了し、比較的温暖で安定した気候であったと考えられている。この時代に人類は農耕を開始し、飛躍的に繁栄した。
注3:放射性炭素年代測定
放射性同位体である炭素14(14C)の存在比率を用いた年代測定法。

添付資料

図1  河姆渡遺跡の水田跡。長江文明の代表的な遺跡の一つである。(撮影:川幡穂高)

図2 本研究で用いた堆積物コアの採取地。

図3 本研究で明らかになったコア採取地の温度変動と、長江デルタの文明変遷。

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