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明かされる魚の旅路 ~高解像度同位体比分析と数値シミュレーションの融合~

2018年10月16日

坂本  達也(東京大学 大気海洋研究所 博士課程3年生)
小松  幸生(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 准教授)
白井 厚太朗(東京大学 大気海洋研究所 助教)
樋口  富彦(東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)
石村  豊穂(茨城工業高等専門学校 准教授)

発表のポイント

◆これまで困難であった、外洋で採集した小型魚がどのような回遊経路を辿ってきたか再現する手法を開発した。
◆高解像度同位体比分析と数値シミュレーションという世界でも先例のない融合技術によって、従来不可能であった外洋における小型魚の回遊履歴の推定を実現した。
◆開発した手法は魚類全般に応用でき、例えばクロマグロの産卵海域やサンマの回遊経路の特定など、水産資源の保護や効率的な利用のために不可欠な情報をもたらすことが期待される。

発表概要

魚を捕まえた。さて、果てしなく広がる海の中、この魚はいつ、どこを泳いでここまで来たのか。イワシ類やマアジ、サンマなど、普段我々が口にする小型の魚はセンサーを装着するには小さすぎ、また回遊する距離も長いため、陸上に住む人間がその動きを把握することはこれまで不可能であった。東京大学大気海洋研究所、茨城工業高等専門学校、中央水産研究所による共同研究チームは、高解像度同位体(注1)比分析と数値シミュレーションという世界でも先例のない融合技術によって、魚類の回遊履歴を推定する手法を開発した。さらにその最初の応用例として、千島列島沖で採集されたマイワシの、生まれてから採集されるまでの移動経路を再現することに成功した。まず、魚が経験した水温と塩分の指標となる耳石(図1注2)の酸素安定同位体比(δ18O)(注3)を、茨城工業高等専門学校で開発された超微量分析システムを用いることで、10-30日という従来に比べ遥かに高い時間解像度(注4)で分析することに成功した。さらに、現実の海洋環境を再現した海洋モデルの中で魚の回遊をシミュレートし、実際のδ18O分析値と整合的な経路を探索することで、現実的な回遊履歴を推定した。この手法は魚類全般に応用可能であり、例えばクロマグロの産卵海域の推定やサンマの回遊経路の推定など、水産資源を効率的かつ持続的に利用していくためのさまざまな課題を解決できる可能性がある。

発表内容

【研究の背景】
海洋に生息する魚類は、人類や海生哺乳類等にとって重要な餌資源となっているが、強い漁獲圧や環境変動の影響によって、その資源量は激しく変動する。そのような魚類資源を保護、あるいは効率的に利用していくためには、その魚がどこで誕生し、どのような経路や環境を通って育っていくのか、基礎的な生態をまず明らかにする必要がある。しかし、船舶を用いた調査では調査可能な場所・時間に限界があり、外洋に生息する魚類については,その回遊経路や生息場所の変化がわかっていないものが多い。大型魚類にアーカイバルタグ(注5)などの電子標識を装着するなど、魚の回遊経路を推定する方法はいくつか存在する。しかし、たとえばイワシ類やサンマのように、標識を付けるには小さすぎ、また長い距離を回遊する種に対しては、有効な手立てがほとんど存在しなかった。

魚類の体内には「耳石」と呼ばれる炭酸カルシウムの結晶があり、毎日輪紋を形成しながら少しずつ成長する(図1)。耳石の化学組成は周囲の環境によって変化し、特に酸素安定同位体比(δ18O)は水温および塩分の変化を鋭敏に反映するため、先行研究では魚の大まかな移動履歴の推定に使われてきた。しかし、この耳石のδ18Oから詳細な回遊経路を推定するためには、主に二つの大きな障壁があった。一つは、従来の分析システムでは、δ18Oを測定するために必要な試料の量が多く、よほど大きな耳石を持つ魚でない限り得られる履歴の時間解像度が低くなってしまうことである。もう一つは、一般的に外洋域における水温・塩分は、南北方向に変化し東西方向には比較的一様であるため、仮に魚が経験した水温や塩分を推定できたとしても、東西方向の分布位置については全く情報が得られないことである。

【研究内容】
そこで本研究では、茨城工業高等専門学校の石村准教授が開発した超微量炭酸塩分析システムMICAL3c(図2)を用いることで技術的な問題が解決し、さらに数値シミュレーションを用いて分析結果を解釈することで、魚類の回遊履歴の推定が可能になることを示した。

まず、モデル生物として日本近海に生息するマイワシを選び、千島列島沖で採集した計6個体から耳石を摘出した。耳石の輪紋数を計測後、高精度ドリリングシステムGeomill 326を用いて、中心部から縁辺部に向かって、少しずつ耳石を削り出していった。生じた微量の粉末(0.3–11.4 μg)を針先に付着させて回収し、そのδ18OをMICAL3cによって測定することで、10-30日程と、δ18Oから得られる時間解像度を劇的に向上させることに成功した。

次にこの高解像度δ18O履歴を再現するような経路を、反復的な数値シミュレーション解析によって探索した。まず、黒潮―親潮域の海洋環境を再現した海洋モデルFRA-ROMS(注6)の中で、大量の仮想的なマイワシ個体を産卵海域からさまざまな方向へランダムに泳がせた。その仮想個体らが通った経路の中で、経験した水温と塩分の履歴から予測されるδ18O履歴が、分析で得られたδ18O履歴と類似する経路を、実際に通過した可能性が高い経路と見なすことで回遊経路を推定した(図3)。

推定された経路はこれまでに行われてきた採集調査とよく一致しており、経路推定が信頼できることを示していた。さらに経路の詳しい解析から、冬~春に日本南岸で生まれたマイワシは、5月中旬ごろに黒潮続流から離脱し、北向きの海流の力を借りつつ北上し、6-7月に親潮域へ突入するといった、移動の詳細なタイミングや特徴が明らかになった。このような情報は個体の移動を追跡できて初めて得られるものであり、この手法によって今まで直接推定できなかった生活史初期における回遊の実態に迫ることが可能となった。

【今後の展望】
この手法は理論上あらゆる硬骨魚類に応用可能であり、その初期生態の解明や出身海域判別、将来予測のための回遊モデルの開発、漁場位置の予測など、水産資源の研究におけるさまざまな課題の解決への貢献が期待できる。特に、魚類の産卵数は多く、生まれた個体のほとんどが仔稚魚期に死亡するが、この手法の開発により、その大量死亡期を生き延びた幸運な個体が辿った経路や経験した環境が推定可能になった。今後多くの分析・解析データを蓄積していき、生死を分けた条件を知ることができれば、魚類資源が自然変動する仕組みの解明に大きく近づける可能性がある。

発表雑誌

雑誌名:「Methods in Ecology and Evolution」(オンライン版:2018年10月16日付)
論文タイトル:Combining microvolume isotope analysis and numerical simulation to reproduce fish migration history
著者:Tatsuya Sakamoto*, Kosei Komatsu, Kotaro Shirai, Tomihiko Higuchi, Toyoho Ishimura, Takashi Setou, Yasuhiro Kamimura, Chikako Watanabe, & Atsushi Kawabata
DOI: 10.1111/2041-210X.13098
アブストラクトURL:https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/2041-210X.13098このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京大学大気海洋研究所
大学院生 坂本 達也(さかもと たつや)
E-mail:tatooya◎aori.u-tokyo.ac.jp      ※アドレスの「◎」は「@」に変換して下さい

東京大学大学院 新領域創成科学研究科
准教授 小松 幸生(こまつ こうせい)
E-mail:kosei◎aori.u-tokyo.ac.jp

<分析に関すること>
茨城工業高等専門学校
准教授 石村 豊穂(いしむら とよほ)
E-mail:ishimura◎chem.ibaraki-ct.ac.jp

用語解説

注1:同位体
同じ元素でありながら、わずかに重さの異なる原子のこと。例えば今回注目した酸素原子では、原子の重さの指標となる質量数が16のものが自然界の大半を占めるが、17や18のものもわずかに存在する。
注2:耳石
魚類の内耳の中で形成される、炭酸カルシウムを主成分とする結晶。毎日輪紋を刻みながら少しずつ大きくなり、その化学成分は周囲の環境や魚の代謝量によって変化する。輪紋の数を数えることで年齢を知ることができるほか、化学分析によって魚の経験した環境を調べることができるため、「魚の日記」と言われることもある。
注3:酸素安定同位体比
ある物質に含まれる酸素原子の中で、質量数が16の原子に対する18の原子の割合のことで、δ18Oと表記する。耳石のδ18Oは、周囲の海水のδ18Oと水温によって変化することが知られている。また、海水のδ18Oは塩分とともに増減するため、耳石のδ18Oは結果として、塩分と水温の両方の影響を受けて変化することになる。
注4:時間解像度
分析や解析の細かさの指標。今回の分析では、毎10-30日間のδ18Oを測定することができた。
注5:アーカイバルタグ
動物に装着し、光の強度、圧力、水温などの環境情報を測定、記録する装置で、そのデータをもとに動物の回遊経路を3次元的に推定することができる。
注6:海洋モデルFRA-ROMS
水産研究・教育機構が開発し運用する、日本近海の現実的な海洋環境を再現・予測するシステム。過去の環境については、衛星データや船舶による観測データ等を組み込むことで、高い精度での再現を実現している。

添付資料

図1:マイワシ未成魚の耳石。白棒は1mmを表す。

図2:超微量炭酸塩分析システムMICAL3c
高い精度を保ったまま、極めて微量の炭酸カルシウムのδ18Oを測定できるシステム。

図3:シミュレーションにより推定された、通った可能性のある経路群
色が濃いほど、通った可能性が高い経路。
左上のパネルは、耳石δ18O履歴の実測値(緑棒)と、シミュレートされた各経路の水温・塩分から計算される予測値(黄色~黒線)の比較。

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