2016年鳥取地震に先立つ地下水中の酸素同位体異常
2018年3月19日
音田 知希(東京大学 大気海洋研究所 修士課程2年生)
佐野 有司(東京大学 大気海洋研究所 教授)
高畑 直人(東京大学 大気海洋研究所 助教)
鹿児島渉悟(東京大学 大気海洋研究所 特任助教)
宮島 利宏(東京大学 大気海洋研究所 助教)
柴田 智郎(京都大学 地球熱学研究施設 准教授)
西尾 嘉朗(高知大学 農林海洋科学部 准教授)
発表のポイント
◆2016年鳥取地震の約2か月前に地下水中の酸素同位体比が変化したことを観測した。
◆室内での岩石破壊実験に基づき、地下水の酸素同位体比の変動を地殻の歪み変化に換算することができた。
◆地下水の酸素同位体比を定期的に観測することで、地震に関連する地殻の歪み変化を検知できる可能性がある。
発表概要
東京大学、京都大学、高知大学の共同研究グループは、2016年鳥取地震の震源域近くにおいて、深井戸から定期的に採取された地下水試料の酸素と水素同位体比を分析した。その結果、地震の約2ヶ月前に、酸素同位体比(注1)がバックグラウンドと比較して+0.24‰上昇する異常を観測した。一方、水素同位体比には明瞭な異常は無かった。酸素同位体比の変動は、地下水と帯水層を構成する岩石の「水—岩石相互作用」によると解釈される。また、地震後に震源域近くの温泉において水試料を採取し、そのヘリウム同位体比(注2)を測定した結果、同位体比の低下が認められた。さらに室内で岩石破壊実験を行い、この2つの観測結果を定量的に結びつけることに成功した。本研究では、地下水の酸素同位体比の変化をヘリウム異常や地殻の歪み量(注3)と関連づけており、地震前の地下水の化学的変動が物理的に説明できる可能性を初めて示した。
発表内容
[研究の背景]
1970年代より、我が国だけでなく、アメリカ、イタリア、中国において地震予知を目的とした地下水の化学的観測が行われており、文献には多数の地震に先立つ地下水異常の事例が報告されている。しかし、前兆現象の物理化学的な説明は不十分であった。これは地震ダイナミクスの本質的な非線形性にもよっている。精密で客観的なレビューの結果、これまでに発表された地下水異常のほとんどは逸話や風聞のレベルであり、観測データは切れ切れの場合が多く、疑問視されている。大半の研究者は、地下水の異常が地殻の歪みにより起こると推測しているが、実際には震源と観測点が十分に離れており、歪みの変化は検出できないほど小さいため、この仮説は検証されていない。本研究では、地下水の酸素同位体異常を発見し、物理化学的に説明することを目指した。その結果、地球化学的観測が従来の地球物理学的観測を補強するものになると期待される。
[研究内容]
日本列島で発生する地震は、内陸部で起きるM6~7の浅い地震と海溝域で起きるM9に達する深い地震に分類される。内陸地震は、2011年の東北沖地震などの海溝型巨大地震に比べると規模が小さく、発生の間隔が数百年と長いが、1995年の神戸地震や2016年の熊本地震のように大きな被害を与えることがある。従って、内陸地震に関連した地球化学的観測は社会的にも重要である。
鳥取地震は2016年10月21日午後2時7分に起きたM6.6の本震を中心とするもので、32名の負傷者と15000以上の家屋が被害を受けた。この地震は内陸地震であり、震源は約10kmと浅く、余震は北北西-南南東に約10kmの分布を示した(図1)。本研究は、この地震の震源域の地下水の地球化学的観測を行ったものである。
この地域の白山命水地点(HKM)では、風化した花崗岩を帯水層とする良質の地下水が採取され、ペットボトルに詰められてミネラルウォーターとして販売・配布されてきた。本研究グループは、鳥取地震後に現地に入り、工場に保管されていた試料に加えて、できるだけ多数の販売されたミネラルウォーターを集めた。ペットボトルには試料を採取した年月日が刻印されており、地震前に遡って地下水試料を収集できる。結果的には、地震前の2015年9月から地震後の2017年7月までの試料を収集できた。得られた試料の水素と酸素同位体比を、一切の前処理なしでキャビティリングダウン分光分析装置により分析した。図2aは酸素同位体比の変動を示している。バックグラウンドの変動をスプライン関数で近似して、観測データから差し引いた値を図2bに示した。地下水の酸素同位体比は2016年8月初めから上昇し、中旬から下旬にかけて、平常値より0.24‰高い最高値に達した。その後に同位体比は低下し、地震直前には平常値より0.07‰低い値になった後、地震後の11月初めに平常値に戻った。これらの一連の酸素同位体比の変動は、大雨や火山噴火などの他の要因では説明できず、2016年鳥取地震の前兆現象と考えられる。一方、同時に測定した水素同位体比には、異常な変動は見られなかった。
地下水の観測と並行して、本研究グループは地震直後に震源域近くの温泉水の調査を行った。その結果、三朝温泉(図1 MSS)と関金温泉(図1 SKG)では、地震前の文献値と比較してヘリウム同位体比の変動が観測された。なお、ヘリウムはペットボトルを透過するため、地下水試料は測定できなかった。2016年熊本地震では、深層地下水のヘリウム同位体比が地震後に低下した。この変動は地震により岩石が破壊されることで岩石中のヘリウムが地下水に付加されたと解釈された。図3は鳥取地震で観測されたヘリウム付加量を熊本地震のデータと併せて示している。このデータは文献にある岩石破壊実験で推定された歪みとヘリウム付加量の関係(点線)で良く説明できる。先に述べた地下水の酸素同位体比異常とヘリウム同位体比の変動を結びつけるため、岩石破壊実験を行った。帯水層を構成する岩石と地下水試料を真空ボールミルに導入し、液体窒素で凍結・排気した後、岩石と氷を破砕した。その結果、岩石からのヘリウム脱ガスとともに試料水中の酸素同位体比の変動が見られた。これは岩石中の酸素と試料水の酸素が岩石―水相互作用により、同位体交換をしたものと解釈される。この結果、地下水の酸素同位体比の変動をヘリウム同位体比の変動を介して岩石の歪みに関係付けることに成功した。2016年鳥取地震に先立つ酸素同位体比の異常(図2)は、2.3x10-7の地殻の歪みに対応することが解った。
[今後の課題]
地震の前兆現象の発見を目的とする地球物理学的観測は東海地方を中心として、全国で展開されつつある。一方、ヘリウムをはじめとした地球化学的観測を行っている研究者は極めて少ない。地下水中の酸素やヘリウムと地震の関係が定量的に評価できるようになれば、地震予知の手段の1つとなるであろう。地殻変動や歪み量などの地震学的観測結果と併せて総合的に解釈することで、より精度の高い地殻活動の評価と将来の地震予知につながることが期待される。
発表雑誌
雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版:3月19日)
論文タイトル:Groundwater oxygen isotope anomaly before the M6.6 Tottori earthquake in Southwest Japan
著者:Satoki Onda, Yuji Sano*, Naoto Takahata, Takanori Kagoshima, Toshihiro Miyajima, Tomo Shibata, Daniele L. Pinti, Tefang Lan, Nak Kyu Kim, Minoru Kusakabe & Yoshiro Nishio
DOI番号:10.1038/s41598-018-23303-8
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1038/s41598-018-23303-8
問い合わせ先
大気海洋研究所
助教 高畑 直人(たかはた なおと)
E-mail: ntaka◎aori.u-tokyo.ac.jp
大気海洋研究所
教授 佐野 有司(さの ゆうじ)
E-mail:ysano◎aori.u-tokyo.ac.jp ※アドレスの「◎」は「@」に変換して下さい
用語解説
- (注1)酸素同位体比
- 酸素には安定な同位体が3個あり、一般に質量数16と18の比(18O/16O比)を酸素同位体比と呼んでいる。自然界での酸素同位体比の変動はとても小さいため、標準平均海水(SMOW)に対するずれの千分率をδ18O値と定義している。
- (注2)ヘリウム同位体比
- ヘリウムには安定な同位体が2個あり、その比(3He/4He比)をヘリウムの同位体比と呼んでいる。3Heはマントル起源の物質であり火山活動を評価するのに用いられる。一方4Heは地殻中のウランやトリウムが放射壊変することで生成され、地殻を構成する岩石中に多い。地下水にこれらの物質が混ざることで3He/4He比が変化する。
- (注3)歪み量
- 外から何らかの力が加わることで岩盤が変形することを歪みと呼び、歪みにより変化する体積の割合を体積歪み変化量と呼ぶ。
添付資料
図1.2016年鳥取地震の震源(赤丸)と余震域(赤線)、地下水採取点(青色四角)。地理院地図を改変。
図2.(a)図1のHKMで採取された地下水の酸素同位体比(δ18O値)の時間変化。地震の2ヶ月前にδ18O値がバックグラウンドの変動(滑らかな曲線)からずれて上昇している。(b)(a)のバックグラウンド曲線に対するずれ。地震前に0.24‰上昇したことがわかる。
図3.岩石から地下水へのヘリウムの放出量と体積歪み変化量の関係。青色は2016年熊本地震、緑色は2016年鳥取地震の観測データ。地震による体積歪みの変化が大きいほど、岩石からヘリウムが多く放出されており、きれいな相関が見られる。地下水の酸素やヘリウムを連続観測することで、地殻の歪み変化を捕らえられる可能性がある。