東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

第6章 大型研究計画の推進

6-10 東北マリンサイエンス拠点形成事業

2011年3月11日に東北地方を中心とした広範な地域を襲った東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波は,三陸沿岸域の生態系を大きく攪乱するとともに,漁業を中心に営まれてきたこの地域に壊滅的な打撃を与えた.では,この震災は周辺海域の生態系にどのような影響を与えたのか,生態系はそうした影響からどのように回復あるいは遷移しつつあるのか,さらにはそうした変化は漁業の復活にどのように結びついていくのだろうか.こうした疑問を科学的に解明し,それを通じて漁業復興に貢献することを目指して東北大学,東大大気海洋研究所,海洋研究開発機構が議論を重ね,文部科学省「東北マリンサイエンス拠点形成事業(海洋生態系の調査研究)」の公募に応募した.その結果,2012年1月から10年間の事業として採択され,進められている.

本事業では,宮城県女川町に女川フィールドセンターを擁する東北大学を代表機関(代表:木島明博),岩手県大槌町に国際沿岸海洋研究センターを擁する大気海洋研究所(代表:木暮一啓)および外洋から深層域についての知見と解析技術を有する海洋研究開発機構(代表:北里洋)を副代表機関としている.これらのコアとなる3機関に加え,岩手大学,東京海洋大学,北里大学,東洋大学をはじめとする国内20以上の研究,教育機関から200名以上の研究者が集結して事業を進めている.

本事業は以下の4課題からなる.

  • (1) 「漁場環境の変化プロセスの解明」(担当:東北大学)
  • (2) 「海洋生態系変動メカニズムの解明」(担当:大気海洋研究所)
  • (3) 「沖合海底生態系の変動メカニズムの解明」(担当:海洋研究開発機構)
  • (4) 「東北マリンサイエンス拠点データ共有・公開機能の整備運用」(担当:海洋研究開発機構)

この中で(4)の課題は,東北マリンサイエンス拠点形成事業で得られたあらゆる情報と,さらに関連する諸情報を加えたデータベースを機構内に設置し,それらをわかりやすく公開していくことを狙っている.

大気海洋研究所による事業は参画機関として岩手大学,東京海洋大学を含むとともに,北海道大学,岩手県水産技術センター,東邦大学,東京農工大学,静岡大学,京都大学,愛媛大学などから,物理,化学,生物,資源学さらにモデリングなどの研究領域にまたがる教員,ポストドクトラルフェロー,大学院学生らが,総勢160名以上による学際的な研究を推進し,生態系の変動メカニズムを総合的に明らかにしていくことを狙っている.具体的には以下の班によって構成されている(かっこ内はそれぞれの代表者).

  • 海洋生態系の調査研究に関する研究総括(木暮一啓教授)
  • 海洋広域連続モニタリングシステムと海洋分析セクションの構築(津田敦教授)
  • 地震・津波による生態系撹乱とその後の回復過程に関する研究(河村知彦教授)
  • 陸域由来の環境汚染物質の流入実態の解明(小川浩史准教授)
  • 震災に伴う沿岸域の物質循環プロセスの変化に関する研究(永田俊教授)
  • 物理過程と生態系の統合モデル構築(田中潔准教授)
  • 集水域・河川・河口域・沿岸域における化学物質動態の解析(岩手大学海田輝之教授)
  • 河口・汽水域及び沿岸域における河川水の混合拡散のモニタリングとそのモデル化(東京海洋大学山崎秀勝教授)

この事業の推進には,岩手県大槌町にある国際沿岸海洋研究センターを最新の機器類を備えたセンターとして一刻も早く復興させるとともに周辺海域に最新のモニタリングシステムを設置し,新たな研究,教育拠点として様々な観測・研究を主導して進められるように整備していかなければならない.同センターの復興は大槌町の再建計画とも密接に関わるため,大気海洋研究所と地元と間での協議が行われている.さらにこの事業では地元の漁民,市民らと新たなパイプを作り,地元のニーズをくみ取りながら,その成果を分かりやすく解説していくこと,さらにそれを通じて新たな漁業復興への道筋を具体的に示すことが要請されている.このようないわば地域に根差し,その出口の明確な事業スタイルは従来の大気海洋研究所の研究にはほとんど見られず,新しい発想に基づいて研究およびアウトリーチ活動を展開していくことが求められる.

なお本事業の一環として,学術研究船淡青丸の後継船の建造が開始されており[➡4―1―2],2013年の秋には運航を開始し,東北域を母港としてこの事業に活用させていくことが期待されている.