東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

第6章 大型研究計画の推進

6-4 共生・革新プログラム等

気候システム研究センターでは,1990年代後半より世界最速を目指して文部科学省が計画し,2002年に実現した高速計算機「地球シミュレータ」を用いた地球温暖化予測研究に集中的に取り組んだ.

(1)文部省新プログラム「アジア,太平洋地域を中心とする地球環境変動の研究」

1989年7月の学術審議会の建議「学術研究振興のための新たな方策について―学術の新しい展開のためのプログラム」を踏まえ,最新の学術研究をめぐる動向に的確に対応して推進すべき研究分野を機動的,弾力的に定め,重点的に研究者,研究費等を投入し,グループ研究の推進や共同研究体制の整備を図ることにより,学術研究の発展の基礎となるような大型研究の推進する新プログラム方式が推進され,1990年から1994年度まで「アジア,太平洋地域を中心とする地球環境変動の研究」が実施された.この中の「アジア,太平洋地域を中心とする気候変動研究(代表:松野太郎教授,1991年4月~1994年9月)」では,近年の地球規模の環境変化のメカニズム解明に寄与するため,アジア・太平洋地域を中心とした国際的協力の下に,人間インパクトによる生態系の変化と,生物圏から気圏に供給される温室効果ガスの分布・循環・変質等の状況を観測,研究し,同時に大気の動態や,オゾン層の破壊にみられる大気組成の変化,大気圏・水圏のエネルギー循環に影響を与えて気候変動を引き起こす過程等を明らかにする研究を5カ年計画で行った.

(2)文部省特定領域研究「衛星計測による大規模の水・熱エネルギーフローの解明」

本研究(代表:住明正教授,1996~1999年)では,モンスーン変動やENSOなどの地球規模の気候変動に大きな影響を与える現象に深く関係するユーラシア大陸とインド洋・西太平洋域を対象として,衛星計測と数値気候モデルとを組み合わせて,大陸スケールの水と熱エネルギーフローを解明し,気候システムの変動の力学を理解すること,また土地利用形態による植生域の変化を評価し,さらにこれが気候変動に与える影響を水と熱エネルギーフローの観点から評価することを目的として行われた.本研究によって大気,海洋,陸域にわたって衛星データを利用した地球規模の成果物が作成され,気候モデル結果との比較が行われた.これにより我が国の衛星地球観測と気候モデリングの研究基盤が築かれた.

(3)科学技術振興調整費「高精度の地球変動予測のための並列ソフトウエア開発に関する研究」

本科学技術振興調整費(代表:住明正教授,1998~2002年)のもとで,気候計算に用いる大気・海洋モデルの並列化の検討がなされ,気候システム研究センターの開発するモデルも並列化,高解像度化の作業を進めた.

(4)文部科学省「人・自然・地球共生プロジェクト」

2002年に地球シミュレータが完成し,稼働を始めると同時に文部科学省の「人・自然・地球共生プロジェクト」(以下,共生プロジェクト,2002~2007年)が始まり,気候システム研究センターは,国立環境研究所(NIES)や海洋研究開発機構(JAMSTEC)と協力して「温暖化予測「日本モデル」ミッション」の中の「高分解能大気海洋モデルを用いた地球温暖化予測に関する研究(代表:住明正教授)」において,当時世界最高解像度の大気海洋結合気候モデルの構築とそれを用いた温暖化予測実験を開始した.また本センターのメンバーは,同ミッション中の「地球環境変化予測のための地球システム統合モデルの開発(代表:松野太郎(海洋研究開発機構・特任研究員,元気候システム研究センター長))」での統合地球環境モデル構築にも参画した.これらの研究の中で,CCSR,NIES,JAMSTECの共同開発による気候モデルは,MIROC(Model for Interdisciplinary Studies On Climate)と呼ばれるようになった.MIROCの命名は開発の中核を担った一人である羽角博康准教授によるものであり,気候システム研究センターの設立以来パンフレットの表紙を飾ってきた京都広隆寺の弥勒菩薩にちなんだものである.

共生プロジェクトは大成功を収め,2007年に刊行された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書でも多数引用されるとともに,国内外の地球温暖化に対する社会的関心に応える研究成果を上げることができた.同時に世界に通用する気候モデルを研究者が力を合わせて開発する体制が整い,本センター設立の趣旨が実現したといえよう.また共生プロジェクトの中では,世界で初めてとなる全球非静力学大気モデル(NICAM)が実現したことも特筆されよう.NICAMは2005年に気候システム研究センター助教授に着任することになる佐藤正樹が富田浩文研究員らとともに海洋研究開発機構で開発したもので,「雲を陽に解像する気候モデルの実現」という,松野太郎はじめ気象研究界の夢を実現したものである.佐藤の着任以降,気候システム研究センターのスタッフ,学生がNICAMを用いた研究を大いに推進することとなる.

(5)文部科学省「21世紀気候変動予測革新プログラム」

「21世紀気候変動予測革新プログラム」(革新プログラム,2007~2011年)は共生プロジェクト(2002~2007年)終了後直ちに,このプロジェクトを受け継いで開始された.2014年に予定されるIPCC第5次評価報告書に向けた地球温暖化予測研究の高度化が図られることとなった.本センターも「高解像度大気海洋結合モデルによる近未来予測実験(代表:木本昌秀教授)」や「地球システム統合モデルによる長期気候変動予測実験(代表:時岡達志・海洋研究開発機構プロジェクトリーダー)」等に参画し,観測値による初期値化を含む十年規模気候変動の予測や,炭素循環,生物化学的過程を含む統合地球環境モデルによる温暖化予測実験の実現に貢献した.

予測モデルの高度化を担う文部科学省革新プログラムと並行して,環境研究総合推進費「地球温暖化に係る政策支援と普及啓発のための気候変動シナリオに関する総合的研究(代表:住明正教授,2007~2011年)」を主宰し,温暖化の影響評価研究を推進した.江守正多客員准教授が統括責任者を務め,また,高薮縁教授がサブ課題「マルチ気候モデルにおける諸現象の再現性比較とその将来変化に関する研究」の代表を務めるなど,本センターはこの方面でも大いに貢献した.

(6)文部科学省特別教育研究経費事業「地球気候系の診断に係るバーチャルラボラトリーの形成」

大学4センター(気候システム研究センター,東北大学大気海洋変動観測研究センター,千葉大学環境リモートセンシング研究センター,名古屋大学地球水循環研究センター)が,バーチャルラボラトリーを形成し,それぞれのセンターの得意技を活かした観測データの作成や,気候モデルによる現象の組織的解析に取り組んでいる(2007~2013年).また毎年,大学院生と若手研究者を対象とした連携講習会が各大学持ち回りで行われ,それぞれのセンターで行われている研究の体験学習が行われている.