東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

第6章 大型研究計画の推進

6-6 文部科学省/日本学術振興会新プログラム「海洋生命系のダイナミクス(DOBIS)」

文部科学省/日本学術振興会の新プログラム方式による研究(採択時:文部科学省科学研究費補助金創成的基礎研究費,終了時:日本学術振興会科学研究費補助金 学術創成研究費)により,2000~2004年に「海洋生命系のダイナミクス」が実施された.本プロジェクトのゴールは,地球最大の生命圏の海洋で営まれる多様で複雑な生命活動の時間的・空間的ダイナミクスを理解しようというものである.その成果を地球温暖化,海洋汚染,資源枯渇など,海に関係するグローバルな諸問題解決のために資することも狙いとした.

具体的な目的として(1)海洋生物の進化と多様性,(2)海洋生物の機能と適応,(3)海洋生命の連鎖と物質循環,(4)生物資源の変動とヒューマンインパクトの4課題を掲げた.これらの成果を総合して,海洋生命系のダイナミクスの全貌を過去・現在・未来の地球史の時間軸に沿って解明することにした[➡6―6の図].陸上生物を中心に形成されてきた従来の生命観とは違った,新しい“海の生命観”を模索することも試みた.

新プログラム「海洋生命系のダイナミクス」の研究内容を表すダイヤグラム.地球史の時間軸に沿って,38億年の生命進化の歴史と現在の海洋生命系の成り立ちを示す.同時に,本プロジェクトの4つの班(生命史班,機能系班,連鎖系班,変動系班)の相互関係を表す.
新プログラム「海洋生命系のダイナミクス」の研究内容を表すダイヤグラム.地球史の時間軸に沿って,38億年の生命進化の歴史と現在の海洋生命系の成り立ちを示す.同時に,本プロジェクトの4つの班(生命史班,機能系班,連鎖系班,変動系班)の相互関係を表す.

組織は,研究代表者(塚本勝巳教授)と2名の幹事(西田睦教授,木暮一啓教授),それに全国17大学の研究分担者14名,研究協力者A13名およびポスドク5名から構成された.これに各研究分担者付きの研究協力者B計44名と新プロ事務局の職員3名が加わって,全体として計82名を数えた.研究者は約20名ずつ「生命史」,「機能系」,「連鎖系」,「変動系」の4班にわかれて活動した.3年目からは研究代表者を中心とした「総括班」(4名)が組織され,成果のとりまとめと班間の交流が図られた.

「生命史」では,海の生命の進化過程を分子系統学的手法によって明らかにし,現在の種と集団の成立過程を解明した(生命史のダイナミクス).「機能系」は,様々な海洋環境に適応するために生命が編み出した種々の生理・生体・分子機構を理解するために,浸透圧調節機構,個体数変動機構,生物石灰化機構について研究した(機能系のダイナミクス).「連鎖系」は,微生物ループのエネルギーフローを中心に,複雑に絡み合った海洋生物のネットワークを解明した(連鎖系のダイナミクス).「変動系」では,海洋生物資源の個体数変動に関わる要因と人類起源の汚染物質の挙動を解明した(変動系のダイナミクス).

本プロジェクトで実施された研究航海は,白鳳丸,淡青丸など国内の研究船の他,外国の研究船も導入し,5年間で計98航海にのぼる.このほか研究船を使わない沿岸からの調査研究も活発に行われ,海外調査33回,国内調査57回を数えた.国際シンポジウム,報告会,ワークショップなど,計19回の研究集会を開催した.

本研究の5年間でScience,PNAS誌などの国際誌・国内誌に計694編の原著論文を発表した.著書は55冊出版された.その他学術論文も合わせると,研究成果論文の総数は計879編に上った.なかでも,本研究プロジェクトの集大成として出版した『海洋生命系のダイナミクス』全5巻シリーズ(東京大学海洋研究所,A5判上製,各巻約450ページ)は,新しい研究領域創成の証となるだけでなく,現代海洋生命科学のフロンティアとして,将来の研究指針となった.

一方で研究成果をわかりやすく社会に公表するため,海と生き物の写真集『グランパシフィコ航海記』(東京大学海洋研究所編,東海大学出版会)や一般向けの教養啓蒙書『海の生き物100ふしぎ』『海の環境100ふしぎ』(東京大学海洋研究所編,東京書籍)を出版した.また,本プロジェクトのメンバーから学会賞4件,論文賞2件が生まれ,新聞,雑誌,テレビなどのメディアに研究成果が113回取り上げられた.

プロジェクトの特長は,様々な生命現象にすべて「時間軸」を通してみようという点であった.その成果は単に様々な生物群の進化過程を明らかにしたにとどまらず,行動や機能,さらには分子ファミリーの進化にまで研究は発展した.また新規ホルモンの発見,高精度マリンスノーカメラの開発,回遊環モデルの構築などにより,数々の新機軸を打ち出した.これにより海洋生命系の研究基盤が充実し,新しい研究領域を創成するという当初目標を達成した.プロジェクトの最終ゴールとしてあげた「海の生命観」についても,議論は深化した.海の生命と陸の生命の最大の違いは,水と空気という環境媒体にあることを共通認識とした上で,海の生命の特徴を象徴する「分散」「浮遊」「多産多死」など,重要な概念が多数生まれた.