東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

リサーチハイライト

気候モデルの開発


高解像度大気海洋結合モデルMIROCで再現された海面水温と土壌水分

大気化学モデルで再現されたオゾン分布

全球非静力学モデルNICAM による7kmメッシュシミュレーション(2008年9月13日).台風13号(SINLAKU)とハリケーンIkeが再現されている

気候のコンピュータモデルを開発し,気候形成や気候変動のメカニズム解明や地球温暖化予測に貢献してきた.モデルは,大気,海洋の運動を再現することから始まり,陸面、海氷との相互作用や気候システム内での生物化学過程や物質循環まで扱うものへと発展し,気候研究には不可欠な道具となった.さらに,雲や海洋の微細過程を再現する超高解像度シミュレーションも始まり,未解明のプロセスに挑んでいる.

気候研究における観測からのアプローチ


下層雲の有効粒子半径(μm)の衛星観測結果(上)と気候モデリング結果(下).2003 年4 月の月平均値

GOSAT搭載熱赤外センサーのデータ解析により得られた対流圏上部のCO2 濃度(2010年4月)

熱帯降雨観測衛星(TRMM)データから推定した雨に伴う上空の加熱分布.1998-2005年6-8月平均

人工衛星などによる観測データの解析を通じて,気候の仕組みを紐解いてきた.大気中の塵(エアロゾル)の特徴や分布,エアロゾルと雲の気候影響,二酸化炭素等の温暖化気体の衛星観測,雨と大気大循環の結合・エネルギー循環への効果など,世界に先駆けた研究を行った.これらの知見を気候モデルの検証や改訂に適用すると共に,気候形成の更なる理解に向け,近く打ち上げ予定の雲や雨などの新しい衛星観測計画に取り組んでいる.

北太平洋深層循環の解明


太平洋の3500m以深における深層循環の流路.
数字は流量(単位:100万m3/秒)

係留系の回収作業(白鳳丸KH-08-3次航海)

北大西洋北部に端を発する深層循環は,南大洋を経由して太平洋に入り,複雑な海底地形によって枝分かれしながら,海底近くを北上する.

数百年規模の気候変動をもたらすと考えられるこの深層循環の北太平洋における流路と流量を,白鳳丸航海で実施した高精度水塊観測と係留系による連続測流などによって明らかにした.
Kawabe M and Fujio S (2012) Journal of Oceanography, 66: 389-403.

ニシン科魚類資源量変動様式の南北差


北海道春ニシン3歳魚の加入尾数変動.20世紀初めに大豊漁を記録した北海道春ニシン資源は,大きな加入量変動を見せつつ傾向的に減少し,1950年代に北海道沿岸からその姿を消した.現在は宮古湾など北日本の沿岸海域に,小規模な地域性ニシン資源が存在する.

宮古湾におけるニシン稚魚採集

宮古湾のニシン稚魚

マイワシの資源量は,海洋生態系のレジームシフトに伴って数百倍の幅で大変動する.しかし,すべての資源が大変動するわけではない.資源加入量の変動係数を比較すると,亜寒帯のニシンは130%と著しく大きいが,亜熱帯のウルメイワシは30% と小さい.低緯度水域から高緯度水域への進出に伴って,ニシンは産卵と成長を春から夏に集中させた.集中的なエネルギー投資の結果,年による当たり外れが大きくなったのである.

北太平洋における微量元素濃度分布



1990年代以後,海水中の微量元素に関するサイエンスは格段の進展をみせる.チタンやケブラーアーマードケーブルによる海水採取クリーン技術の進歩と,ICP質量分析法をはじめ高感度機器分析法の発展によって,微量元素と同位体の挙動が続々と解明されつつある.1997年と2001年に,故野崎義行教授は北太平洋における微量元素濃度分布を元素周期表に集大成した.この図は世界中の海洋研究者に強いインパクトを与え,国際GEOTRACES計画発足への引き金ともなった.
Nozaki Y (2001) Encyclopedia of Ocean Sciences, Vol.2, 840-845, Academic Press.

大陸形成過程


伊豆ー小笠原島弧を横切る断面における地下の地震波(P-波)の速度分布

伊豆ー小笠原島弧を横切る断面(北緯32度,東経138-142度付近)において,地殻,沈み込むスラブ,その下のマントルの構造を,反射法地震探査と海底地震計を用いた屈折法探査により明らかにした.この結果は海洋性島弧が大陸地殻に近い構造であることをはじめて示したもので,大陸形成過程の謎に迫る重要な研究である.
Suyehiro K et al. (1996) Science, 272: 390-392.

動物プランクトンの多様性を探る―全海洋生物センサス(Census of Marine Life: CoML)



CoMLは,この海にどれだけの種が,いつ,どこに,どれくらい棲んでいるのか,その過去から現在にわたる変化を調査・解析し,海洋生物と地球環境の将来予測に役立てることを目指した国際共同プロジェクト(2000~2010年)で,大気海洋研究所はアジア海域の拠点として,動物プランクトンに関する調査,データ管理,人材育成に貢献した.

ウナギの産卵場を求めて


太平洋のウナギ産卵場調査の歴史.より小さいレプトセファルス(ウナギの幼生)を求めて、推定産卵場は南へ南へ,そして東へ東へ移っていった.

1991年、ついに全長10ミリ前後の小型レプトセファルスを約1000匹採集し、産卵場がグアム島西方海域にあることを特定した.この成功は英科学誌Natureのカバーストーリーとして掲載された.

口径3mの大型プランクトンネット( 愛称:BigFish)を開発.また過去のレプトセファルスの採集データ,耳石日周輪解析,海流,海底地形などを検討して,産卵場所を決める「海山仮説」と産卵タイミングを決める「新月仮説」を導き,2005年には孵化後2日目のプレレプトセファルスの採集に成功した.

2009年,2011年,2012年の5,6月には「塩分フロント」仮説に基づき,新月2~4日前に西マリアナ海嶺海山列と塩分フロントの交わる点の第3象限において,ウナギ卵計593個を採集した.これによって,産卵地点とそのタイミングをより正確に予測できるようになった.

1973年,白鳳丸を使って始まった海洋研究所のウナギ産卵場調査は,2009年のウナギ卵31個の採集をもって終止符を打った.結果,ウナギは夏の新月の夜,西マリアナ海嶺南端部の海山域,水深200m前後で産卵することが明らかになった.しかし,産卵地点の物理・化学・地学的特性や雌雄親ウナギの産卵集団形成メカニズムなど,その産卵生態は依然謎に包まれている.潜水艇により産卵シーンを直接観察しようという新たな計画が始動した.

時間厳守の海鳥 国際沿岸海洋研究センターを基地としたバイオロギング研究


背中にGPS記録計を載せたオオミズナギドリ

2008年と2009年にオオミズナギドリ17羽から得られた26回分の採餌旅行経路

2008年と2009年にオオミズナギドリ17 羽から得られた26回分の採餌旅行経路

岩手県三陸沿岸の無人島で育雛中のオオミズナギドリに,小型GPSを取り付けて採餌旅行経路を調べたところ,約6割が島周辺で餌を捕り日帰りする一方で,北海道沖まで最長8日間出かけることもあると判明した.採餌場から島へ向けて戻り始める時刻は遠方ほど早まり,結果的に約9割の採餌旅行で日の入り直後3時間以内に島に到着していた.鳥は島までの距離と時速27.8kmという水平移動能力に見合った時間調節をしていたと解釈できる.
Shiomi K, Yoda K, Katsumata N and Sato K (2012) Animal Behaviour, 83: 355-359.