ナビゲーションを飛ばす

教職員募集 所内専用 go to english pageJP/EN

facebook_AORI

磯の香りと微生物 〜硫化ジメチル生成に関わる細菌の分布は海流系に強く支配されている〜

2020年7月31日

崔英順(韓国生命工学研究院)
濵﨑恒二(東京大学 大気海洋研究所)

PDFファイルPDFファイル(872KB) ​

成果概要

「磯の香り」の本体である硫化ジメチル(DMS)は、海洋から大気に放出され、大気中で硫酸エアロゾルとなり雲核注1として働きます。その主な発生源は、海藻や植物プランクトンが生成するジメチルスルホニオプロピオネート(DMSP)で、海洋細菌の分解作用によってDMSに変換されます。本研究では、植物プランクトンブルーム注2を人為的に発生させるメソコズム実験注3により、DMS生成に働く主要代謝経路と細菌種を特定しました。さらに研究船観測によって、DMSP代謝細菌の分布が、親潮や津軽暖流などの東北三陸沖特有の海流系に強く支配されていることを初めて明らかにしました。本研究成果は、地球規模の硫黄循環に加えて、海洋生態系から気候システムへのフィードバック機構に新たな知見を与えるものです。

発表内容

[1] 研究の背景
ジメチルスルホニオプロピオネート(DMSP)は、海洋植物プランクトンや大型藻類の浸透圧調節物質として生成され、海水中の微生物に硫黄源として利用されます。海水中に放出されたDMSPは、主に細菌によって3つの異なる代謝経路で分解を受けます(図1)。脱メチル化によってメルカプトプロピオン酸やメチオニンなどに変換される経路、DMSPリアーゼによる硫化ジメチル(DMS)への直接的変換、アシルコエンザイムとの結合を経てDMSを生成する二次的変換です。脱メチル化経路はDMSを生成しませんが、その他の経路ではDMSが生成し、海水中から大気に放出されます。海洋から大気へのDMSフラックスは、全球の生物起源の硫黄フラックスの約50%に相当します。大気中で酸化されたDMSは硫酸エアロゾルとなり、雲核注1として雲の生成にも影響を与えます。このように、DMSP分解とDMS生成に関連する細菌の代謝活動は、海洋の生物起源の硫黄循環に直接リンクしているので、DMSPやDMS代謝細菌の動態とそれらの代謝活動を調節する要因を明らかにすることは、全球的な硫黄循環や、海洋生態系から気候システムへのフィードバック機構を理解する上で重要です。

図1.バクテリアによるDMSP代謝経路と雲生成への影響

既往研究により、いくつかの海域でDMSP代謝細菌が特定され、その動態が環境要因によって強く影響されることが示されていますが、十分な知見が得られていないのが現状です(1)。濵﨑教授の研究グループは、生産性の高い海域として知られている西部北太平洋における細菌群集の動態を明らかにしてきましたが、DMSP分解細菌の動態やこれを制御する要因については未調査のままでした(2,3,4)。そこで、本研究では、海洋のDMSP分解とDMS生成における細菌群集の動態を明らかにすることを目的として、東北三陸沖でのフィールド調査と植物プランクトンブルーム注2を人為的に発生させるメソコズム実験注3を行いました。

[2] 研究内容
メソコズム実験は、大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターの施設で行いました。大槌湾で採取した海水を200Lタンクに入れ、栄養塩添加により植物プランクトンの一種である珪藻類と円石藻類のブルームを発生させました(図2)。開始から10日間に渡って植物プランクトン、DMSP、DMS濃度を測定しました。DMSP代謝細菌の変動は、3つの代謝経路に関わる酵素遺伝子、すなわち脱メチル化酵素遺伝子dmdA、DMSPリアーゼ遺伝子dddP、二次的変換酵素遺伝子dddDをリアルタイムPCR法で分析することにより調べました。同時に、遺伝子配列を解析し詳細な遺伝子タイプと細菌種を特定しました。その結果、dmdA遺伝子のうちサブクレードDタイプを持つ細菌がDMSPの主要分解者であることがわかりました。また、既往研究で多いとされているdddP遺伝子ではなくdddD遺伝子が多く検出され、その存在量がDMS濃度と正の相関を示したことから、本海域のDMS生成は主に二次的変換酵素によることが示唆されました。

図2.メソコズム実験:200Lタンク4基を屋外水槽に入れて温度を一定に保つ(右)数日後に植物プランクトンが大増殖し緑色に変化したタンク内の海水(左)

フィールド調査は、2013年1月から2014年4月にかけて学術研究船新青丸による6回の航海で行いました。大槌湾の沖合3つの観測点で水深0mと50mで採水したサンプルを分析しました。その結果、親潮域におけるDMSPの主要な消費者はdmdAサブクレードC/2を保有するSAR11細菌群であり、DMS生産者はdddDを保有するガンマプロテオバクテリア細菌群と示唆されました。一方、津軽暖流のDMSP消費者はdmdAサブクレードDを保有する別のSAR11細菌群、DMS生産者はdddPを保有するロゼオバクター細菌群と示唆されました。さらに、これらの遺伝子タイプと環境要因の関係についてネットワーク分析を行ったところ、海流系によって規定される環境要因がそれぞれの遺伝子タイプを持つ細菌の生息場所を決めている、いわゆる環境フィルタリングやニッチ分割が起こっていることが示唆されました(図3)。

図3.DMSP代謝関連遺伝子と環境要因の相関ネットワーク図:実線は正相関、破線は負相関を示す。水温と正相関を示すdmdA遺伝子群は津軽暖流の影響を強く受けており、水温や塩分と負相関でクロロフィル濃度と正相関を示すdddDとdddP遺伝子は親潮の影響を受けていると考えられる

[3] 社会的意義
本研究により、DMSの生成に関わる細菌が特定され、その分布と存在量が海流系に規定される環境要因よって大きく変動することがわかりました。細菌の代謝活動によるDMS生成はどのような環境で抑制されたり、反対に促進されうるのか? 今回の研究は、海洋生態系における微生物の活動が、DMSのような有機硫黄化合物を介して大気―海洋間の物質交換や雲生成プロセスに影響を及ぼす過程の一端を明らかにしたものです。温暖化や気候変動など、今後ますます地球環境の変化が顕在化する中で、人間社会の適応策が求められており、生命と地球システムに関する科学的な知見の集積がその指針を与えてくれるものと期待されます。

関連論文

  1. Cui, Y., Suzuki, S., Omori, Y., Wong, S. K., Ijichi, M., Kaneko, R., ... & Hamasaki, K. (2015). Abundance and distribution of dimethylsulfoniopropionate degradation genes and the corresponding bacterial community structure at dimethyl sulfide hot spots in the tropical and subtropical Pacific Ocean. Appl. Environ. Microb., 81(12), 4184-4194.
  2. Tada, Y., Taniguchi, A., Nagao, I., Miki, T., Uematsu, M., Tsuda, A., & Hamasaki, K. (2011). Differing growth responses of major phylogenetic groups of marine bacteria to natural phytoplankton blooms in the western North Pacific Ocean. Appl. Environ. Microb., 77(12), 4055-4065.
  3. Taniguchi, A., & Hamasaki, K. (2008). Community structures of actively growing bacteria shift along a north‐south transect in the western North Pacific. Environ. Microb., 10(4), 1007-1017.
  4. Nagao, I., Eum, Y. J., Iwamoto, Y., Tada, Y., Suzuki, K., Tsuda, A., Toratani, M., Hamasaki, K. & Uematsu, M. (2018). Biogenic sulfur compounds in spring phytoplankton bloom in the western North Pacific off the coast of northern Japan. Progress in Oceanography, 165, 145-157.

発表雑誌

雑誌名:「Frontiers in Microbiology」 7月13日オンライン版
論文タイトル:Distribution of dimethylsulfoniopropionate degradation genes reflects strong water current dependencies in the Sanriku coastal region in Japan: from mesocosm to field study
著者:Yingshun Cui*, Shu-Kuan Wong, Ryo Kaneko, Ayako Mouri, Yuya Tada, Ippei Nagao, Seong-Jun Chun, Hyung-gwan Lee, Chi-Yong Ahn, Hee-Mock Oh, Yuki Sato-Takabe, Koji Suzuki, Hideki Fukuda, Toshi Nagata, Kazuhiro Kogure, Koji Hamasaki*
DOI番号:https://doi.org/10.3389/fmicb.2020.01372このリンクは別ウィンドウで開きます
アブストラクトURL:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2020.01372/fullこのリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

濵﨑恒二
hamasakig.ecc.u-tokyo.ac.jp   ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1 雲核
大気中の微粒子で、水蒸気を集めて水滴や氷のつぶとなって雲の生成を媒介する
注2 ブルーム
海や湖などの水圏環境で植物プランクトンが急激に増えた状態
注3 メソコズム実験
大型の容器(数百リットル以上)に自然の海水や湖水を入れ、自然環境を模した条件で環境要因を人為的に操作して、生物や生態系の応答をモニタリングする実験

研究トピックス