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国重要文化財「赤神神社」創建に迫る日本最古級の狛犬の発見 ~ウイグルマッチング法による木造狛犬の高精度年代推定~

2019年12月24日

福與 直人(東京大学大気海洋研究所/東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 博士課程)
横山 祐典(東京大学大気海洋研究所/東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻 教授)
宮入 陽介(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)

発表のポイント

◆ 秋田県男鹿市に位置する赤神神社が所蔵する木造狛犬・獅子像の年代測定を行い、6世紀〜11世紀に相当する測定結果を得た
◆ 日本で初めて木造狛犬・獅子像に対してウイグルマッチング法(注1)を適用し、高精度な年代推定を行なった
◆ 本研究の成果は、古代または中世日本における伝世木造品の放射性炭素年代測定(注2)の数少ない重要な基礎資料となるほか、文化財保護や美術史研究の面でも有用な情報を提供する

発表概要

東京大学大気海洋研究所の福與直人(博士課程学生)、横山祐典教授、宮入陽介特任研究員らは、秋田県男鹿市市役所の五十嵐裕介氏、赤神神社宮司の元山高道氏らの協力のもと、赤神神社が所蔵する木造狛犬・獅子像の年代測定を行いました。加速器質量分析器(注3)とウイグルマッチング法を用いた高精度な年代決定により、これらの木材が6〜11世紀を示すことが明らかになりました。木材の放射性炭素年代測定においては、古木効果(注4)などを考慮する必要があるため、これらの年代をそのまま狛犬・獅子の制作年代として扱うことは出来ないものの、平安前期(西暦860年)とされる赤神神社の創建期に迫る資料となる可能性があります。

建造物を除けば、古代・中世日本における伝世木造品の放射性炭素年代測定例がわずかであるため、本研究はそうした年代測定研究の基礎資料となります。また、造形の自由度が高く編年学的検討が困難だった木造狛犬像に対して、定量的な年代測定結果を与えることで美術史上の理解も進むことが期待されます。

発表内容

【研究背景】
狛犬・獅子像は、寺社の守護像として日本全国に普遍的に分布していますが、その歴史、特に美術史的観点からの研究が進んでいませんでした。その理由の一つとしては、年代推定が困難であることが挙げられます。一般に芸術作品の場合、造形の差異により編年を組み立てる手法が用いられますが、狛犬は造形上の自由度が高く、年代の検討が困難でした。また、木材の年代測定では年輪年代法が広く用いられていますが、この手法では100年以上の年輪が必要とされており、狛犬のような小さな木造遺物には適用できません。

そこで本研究では、加速器質量分析装置を用いて1つの木材から年輪に沿った複数の試料から放射性炭素年代を測定し、それらの年代値を暦年較正曲線(注5)と統計的に比較することで誤差を小さくする手法であるウイグルマッチング法を用いて、赤神神社が所蔵する木造狛犬・獅子像の高精度な年代推定を行いました。

【研究内容】
赤神神社は秋田県男鹿市に位置し、縁起によれば西暦860年に建立されたとされています。本研究で用いた赤神神社の狛犬・獅子像は、いずれも風化が激しく、狛犬像には1対の前足が残存している一方、獅子像は胴体部のみ残存していました (図1)。放射性炭素年代測定に用いる試料は、10〜20年輪毎にそれぞれ試料採取を行いました。

それぞれの試料に対して、放射性炭素年代測定を行いました。まず、採取した試料に含まれる不純物を取り除くため、化学的洗浄を行った後、試料を燃焼させ14C年代測定に必要な二酸化炭素を抽出しました。高解像度の放射性炭素年代測定には、日本で唯一の装置であるシングルステージ型加速質量分析装置(東京大学大気海洋研究所所有)を用いました。さらに、本研究では、1つの木材から複数点の試料を採取して放射性炭素年代測定を行い、それらの測定値を暦年較正曲線と統計的に比較する「ウイグルマッチング法」を用いることで、年代推定の誤差を大きく減少させました。

今回の研究で得られた試料は6世紀から11世紀を示すことがわかりました。赤神神社に残存している縁起によれば、神社の創建は平安時代前期の西暦860年であるとされており、狛犬・獅子像は赤神神社創建時に迫る資料の一つとなる可能性が明らかとなりました(図2)。一方で、狛犬・獅子像には樹皮が残っていないため、これらの年代は材木が伐採された年代よりも古い年代を示していることが考えられるほか、後世になって狛犬・獅子像として再利用されている可能性も否定できません。そのため、本研究で得られた年代をそのまま狛犬・獅子像の製作年代と見なすことは出来ませんが、少なくともこれらの木造狛犬・獅子像に用いられている木材そのものの年代は、神社創建時に迫る可能性が高いと言えます。

本研究の結果は、古代・中世日本における伝世木造品の放射性炭素年代測定例がわずかであるため、そうした年代測定研究の基礎資料となります。また、造形の自由度が高く編年学的検討が困難だった木造狛犬像に対して、定量的な年代測定結果を与えることで美術史上の理解も進むことが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Radiocarbon」Volume 61, Issue 5, pp. 1221-1228
論文タイトル:AMS DATING OF POTENTIALLY THE OLDEST WOODEN SCULPTURES IN JAPAN FROM A SHINTO SHRINE IN AKITA
著者:Naoto Fukuyo*, Yusuke Yokoyama, Yosuke Miyairi, Yusuke Igarashi
DOI番号:10.1017/rdc.2019.31
アブストラクトURL:https://www.cambridge.org/core/journals/radiocarbon/article/ams-dating-of-potentially-the-oldest-wooden-sculptures-in-japan-from-a-shinto-shrine-in-akita/612664760576551B656576E8CD59FC30このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター
博士課程 福與 直人(ふくよ なおと)
Email: fukuyoaori.u-tokyo.ac.jp

東京大学大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター
教授 横山 祐典(よこやま ゆうすけ)
Email: yokoyamaaori.u-tokyo.ac.jp       ※アドレスの「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

注1:ウイグルマッチング法
ウイグルマッチング法では、木の年輪や年縞堆積物のような各層の年代間隔が明確な試料に対して、複数点の放射性炭素年代測定を行います。ここで得られた複数の放射性炭素年代を暦年較正曲線(後述)の変動パターンと照らし合わせることで、暦年較正の精度を高めることが出来ます。
注2:放射性炭素年代測定
炭素の放射性同位体14(14C)を用いて化石などの試料が生存していた年代を測定できる手法です。植物は光合成を介して14Cを含んだ炭素を体内に取り込みますが、死後は炭素が取り込まれなくなり、体内の14Cの濃度が減り続けます。そのため、木材中の炭素14Cの量を調べることで、その木材の生存年代がわかります。
注3:加速器質量分析器
放射性炭素は、地球表層に1兆分の1以下と極めて少ない量しか存在しません。そのため、測定の妨害となる核種を取りのぞくために、加速器質量分析器が用いられます。本研究で用いたシングルステージ型加速器質量分析器は日本で唯一の装置となります。
注4:古木効果
老齢の樹木の中心部を用いた場合やその木材が後世に転用されたものである場合、木材の放射性炭素年代とその木材が実際に使用された年代に差が生じる可能性があります。こうした誤差を古木効果(old wood effect)と呼びます。
注5:暦年較正曲線
放射性炭素年代は、生物が死んだ際の大気中14C濃度が一定であると仮定して算出される年代であるが、実際の暦年代とは差が生じてしまいます。そのような誤差を含む放射性炭素年代を、暦年代に換算するために用いられるデータセットを暦年較正曲線と呼びます。

添付資料

図1 赤神神社所蔵の狛犬像(左)と獅子像(右)(Fukuyo et al., 2019を改変)。

図2 狛犬・獅子像胴体部の較正年代(暦年代)。これらの木造狛犬・獅子像が赤神神社創建時に迫る資料となり得る。また古木効果などを考慮しても、少なくともこの木材が赤神神社創建時に何らかの用材として用いられていた可能性は高い。

研究トピックス