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世界最深の巻貝相: 千島・カムチャツカ海溝の種多様性

2019年11月19日

福森啓晶(研究当時:東京大学大気海洋研究所 底生生物分野 特任研究員/
琉球大学熱帯生物圏研究センター 瀬底研究施設 日本学術振興会PD)
髙野剛史(目黒寄生虫館 研究員)
長谷川和範(国立科学博物館動物研究部 研究主幹)
狩野泰則(東京大学大気海洋研究所 底生生物分野 准教授)

発表のポイント

◆千島・カムチャツカ海溝での調査に基づき、海洋底の最深部(9,000m超)における巻貝相を初めて明らかにしました。
◆同海溝の超深海帯(6,500m以深)から22種を採集し、その多くは名前のない未記載種であることを示しました。
◆水深9,584m付近より深海化学合成系の固有分類群を発見、世界最深となる冷湧水生態系の存在を推定しました。

発表概要

海溝の水深6,500m以深、すなわち超深海帯は、深海探査研究に残された最後のフロンティアともいわれています。東京大学大気海洋研究所と琉球大学、目黒寄生虫館、国立科学博物館の研究グループは、千島・カムチャツカ海溝の深海帯・超深海帯、水深5,102–9,584mから腹足類(巻貝)の592個体を採集、これらを86種に分類し、その大半が名前のついていない未記載種、いわゆる新種であることを明らかにしました。超深海帯では22種が得られましたが、これは全世界の超深海から過去報告された総計43種にくらべ極めて大きな数字です。調査努力量の差に加え、北西太平洋表層の高い基礎生産力と豊富な沈降粒子の寄与が大きいと推察されます。一方、深度が大きくなるほど個体数と多様性が減少し、その水深固有な種の割合が増える傾向も確認されました。また海溝最深部の9,584m付近において、深海化学合成系に固有なグループの種が発見され、世界最深の冷湧水の存在が示唆されました。本研究は、海洋の最深部における貝類相を明らかにした点で重要であり、今後、深海生態系における種多様性創出や、海溝間の動物分散機構の理解に貢献すると考えられます。

発表内容

マリアナ海溝のチャレンジャー海淵を世界最深とする「超深海帯」(水深6,500–10,982m)は、深海探査研究に残された最後のフロンティアとも言われています。超深海帯は動物にとって高圧・暗黒・貧栄養の極限環境であり、それよりも浅い「深海帯」(3,500–6,500m)と比べ、生物量が小さく、種の多様性も極めて低いと考えられています。超深海帯にどのような種が住んでいるかを知ることは、海洋における動物の進化や分布の規定要因、また生物の極限環境への適応を理解する上で重要です。しかしながら、調査機会と研究試料の少なさから、超深海性動物についての私たちの知見はごく限られています。

本研究グループの福森啓晶博士(現・日本学術振興会特別研究員)は、ドイツ調査船Sonne図1A)による深海多様性調査航海KuramBio II(Kuril-Kamchatka Biodiversity Studies II,2016年8–9月)に参加しました。この航海で、千島・カムチャツカ海溝の深海および超深海帯(5,102–9,584m)に生息する多様な底生生物が採集され、そのうち腹足類(巻貝)の解析を本研究グループが担当しました。同海溝の底生生物研究はロシア調査船Vityazによる1940–1960年代の探査に始まり、東京大学海洋研究所(当時)の白鳳丸KH-01-2次航海でも釧路沖の超深海帯(< 7,350m)でトロール調査を実施しましたが、KuramBio IIはこれらよりはるかに大規模、かつ海洋最深部からの動物DNA試料を蓄積する点で、世界的に極めて新奇性の高い研究航海といえます。

KuramBio II航海には、ドイツ・ロシア・日本・スイス・韓国などの研究者と大学院生、あわせて40名が乗り組みました。アガシ型ビームトロール(図1B)、そりネット(図1C)、コアサンプラー類(図1D)を用い、深海帯の4測点および超深海帯の7測点をふくむ計11測点(図2)において延べ70回以上の曳網・採泥を実施、船上にて目合い0.3–1mmのふるいで生物を抽出しました。これにより、深海帯(5,102–6,221m)より491個体、超深海帯(6,442–9,584m)より101個体、計592個体の腹足類(異鰓亜綱を除く:注1)を採集することに成功しました(図1E)。

東京大学大気海洋研究所での詳細な形態比較ならびにDNA解析の結果、これら592個体の腹足類標本は22科86種に分類され、その多くは名前のついていない未記載種(注2)であることがわかりました(図3)。また、海溝最深部をふくむ超深海帯からの101個体は、11科22種に分類されました。これらの数字は、他海域の海溝から報告された個体数・種数よりもはるかに大きく、採集努力量の差に加え、北西太平洋表層の高い基礎生産力と豊富な沈降粒子(マリンスノー)の寄与が大きいと推察されます。

千島・カムチャツカ海溝の腹足類について深度帯ごとに種組成を比較したところ、水深の増大にともなって個体数と種多様性が減少する傾向が確認されました。超深海帯に固有な種の割合(72.7%)は、他海域での過去の研究による値(68%)と同様に高く、深海・超深海帯の両方で見つかる広深度分布種は6種に留まりました(図4)。

今回の研究結果により、腹足類の多くの分類群(亜綱・目・科)あるいは生態型において、これまでの世界最深記録が更新されました。例えば、水深9,577–9,584mより採集された、イカやタコのカラストンビ遺骸上のみに棲息するBathysciadium petrochenkoi(Bathysciadiidae科:図5C,D)、また水深8,729–8,735mから発見されたクマナマコ寄生性のCrinolamia属未記載種(ハナゴウナ科:図5E,F)は、各々の科において最深の種であるばかりでなく、動物遺骸依存性あるいは寄生性の貝類として最深の記録です。さらに、水深9,584m付近から、含メタン冷湧水域などの深海化学合成系に固有なネオンファルス科およびホウシュエビス上科Sahlingia属の2種が発見されました(図5A,B)。これら化学合成系固有巻貝の発見は、千島・カムチャツカ海溝に世界最深の冷湧水生態系が存在することを示唆します。

本研究は、世界で初めて、超深海帯下部の腹足類相を種レベルで把握し、深度帯間の多様性を比較検討しました。これにより、千島・カムチャツカは、巻貝類に関する知見が最も豊富な海溝となりました。今回得られた知見は、海溝生態系における種多様性の創出機構や、海溝間の生物地理学的繋がりを解明する上で重要な基礎情報となると考えられます。なお、東京大学大気海洋研究所底生生物分野では、千島・カムチャツカ海溝と日本海溝の底生生物相およびその成立について更に詳細な検討を行うべく、同海域における白鳳丸研究航海を計画しています。

用語解説

注1: 異鰓亜綱
ウミウシ・アメフラシ・クリオネ類などが属する腹足類の一群で、本航海ではロシアの研究チームが解析を担当した。
注2: 未記載種
正式な記載と学名の命名が行われていない種、いわゆる新種。

発表雑誌

雑誌名: 「Progress in Oceanography」(2019年10月11日 pdfオンライン出版)
論文タイトル: Deepest known gastropod fauna: Species composition and distribution in the Kuril–Kamchatka Trench
著者: Hiroaki Fukumori, Tsuyoshi Takano, Kazunori Hasegawa, Yasunori Kano
DOI番号: 10.1016/j.pocean.2019.102176
​アブストラクトURL:https://doi.org/10.1016/j.pocean.2019.102176このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 生態系動態部門 底生生物分野
狩野 泰則(かのう やすのり)
E-mail:kanoaori.u-tokyo.ac.jp                ※「◎」は「@」に変換して下さい。

添付資料

図1.(A)ドイツ調査船Sonne.(B)アガシ型トロールによる海溝堆積物採集.(C)そりネット,(D)ボックス コアラーによる堆積物採集.矢印は泥表面の有孔虫.(E)堆積物から抽出された巻貝サンプル. 

図2.サンプル採集地点。深海帯4地点,超深海帯の7地点を含む.

図3.千島・カムチャツカ海溝の深海・超深海帯より採集された巻貝86種.

図4.各深度帯における種数分布.

図5.海溝最深部から得られた腹足類.(A)Neomphalidae sp., 水深9,492m,(B)Sahlingia sp., 水深9,577–9,584m,いずれも化学合成群集に固有の系統に属する.(C, D)イカ・タコのカラストンビ遺骸上にのみ生息する笠貝Bathysciadium petrochenkoi(矢印),水深9,577–9,584m.(E, F)寄生性巻貝Crinolamia sp.と寄主のクマナマコ,水深8,729–8,735m.スケールバーは0.5mm(A,B),1mm(C,E),5mm(D,F).

研究トピックス