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単細胞を飼う単細胞:浮遊性有孔虫と藻類の光共生関係の解明

2019年10月23日

高木 悠花(東京大学大気海洋研究所 日本学術振興会特別研究員(PD))
齊藤 宏明(東京大学大気海洋研究所 教授)

発表のポイント

◆単細胞動物プランクトンである浮遊性有孔虫には、細胞内に藻類を共生させることにより、光合成によるエネルギー獲得を行う種類が存在します。
◆太平洋と大西洋で行った7つの研究航海により、現生種の大多数について、光共生の有無や特性についての種間の違いを明らかにし、光共生に関する新たな概念図を提示しました。
◆藻類を巧みに利用する光共生という適応的な栄養生態が広く普及していることが明らかになり、海洋プランクトンの進化過程や海洋生態系のさらなる理解に貢献すると期待されます。

発表概要

東京大学大気海洋研究所、海洋研究開発機構、早稲田大学、ブレーメン大学らの研究グループは、単細胞動物プランクトンの浮遊性有孔虫について、細胞内に保持している藻類との光共生関係を、光合成特性に着目して明らかにしました。今回、7つの研究航海を利用し亜熱帯から亜寒帯まで広域に調査を行い、浮遊性有孔虫種の大多数を網羅する30種について検証を行いました。その結果、19種において光共生が確認され、そのうち16種においては、宿主の成長に従って共生藻を増加させ、恒常的に共生関係を維持していることが見出されました。さらに、光共生および光合成に関する様々なパラメータを解析することで、種間の違いや、光共生への依存度を示唆する定量的指標を見出したほか、この分類群全体における光共生の新たな概念図を提示しました。本研究で明らかとなった、光共生という適応的な生態についての情報は、浮遊性有孔虫の系統進化を考える上で重要であるだけでなく、特徴的な栄養生態をもつ生物として、海洋生態系のさらなる理解にも貢献できると期待されます。

発表内容

【研究の背景】
海洋のプランクトンは、絶えず変動する環境の中で、捕食、被食、共生など、様々な生物間の相互作用の中で生きています。その中でも、細胞内部の共生は、異なる種間における最も緊密な関係であり、海洋生物の進化を理解する上でも重要な現象と言えます。中でも、動物プランクトンにおいて、光合成藻類を細胞内に共生させるという「光共生(注1)」は、貧栄養な外洋域での重要な適応戦略のひとつです。また、宿主の代謝産物を栄養として利用できることから、光共生は藻類にとってもメリットがあると考えられています。

海洋表層に広く分布する単細胞動物プランクトンである浮遊性有孔虫(注2)においても、光共生する種が存在することは古くから知られていました。しかし、浮遊性有孔虫のほとんどの種で飼育が困難であるため、その生態の多くは明らかになっていません。また、現生種全体(約50種)のうち、どの種が光共生するかという把握自体が進んでいない状況にありました。

【研究内容】
こうした背景を受け、東京大学大気海洋研究所の高木悠花特別研究員らのグループは、クロロフィルのアクティブ蛍光法(注3)という非破壊的な手法を、採取直後の生きたままの浮遊性有孔虫に対して適用し、各々の個体について光共生の詳細を検討しました。本研究では、白鳳丸、新青丸、みらい、かいよう、RV Meteorによる7つの研究航海に参加し、太平洋西部および大西洋亜熱帯域(図1)において、浮遊性有孔虫の代表種をほぼ全て網羅する30種(2)を採取し、高速フラッシュ励起蛍光法(注4)を用いて計1266個体を解析しました。

その結果、19種において光共生が確認され、従来知られていなかった種における共生関係も明らかになりました。さらに、16種においては、体サイズとクロロフィル量の正の相関関係(図3)が見られたことから、宿主の成長に従って共生藻を増加させていることが示唆され、恒常的な共生関係が見出されました。また、光合成の生理特性(光の吸収効率や光合成活性)を種ごとに比較すると、光の吸収効率は、宿主の系統関係に関わらず主に共生藻の種類に依存することが示唆されました。また、恒常的に光共生している種であれば、共生藻類は高い光合成活性を示すことから、共生藻類にとって好適な環境が提供されていることがわかりました(図4)。さらに、光共生に関するさまざまなパラメータ(共生藻の保持率、体サイズとクロロフィル量の関係、光合成活性、バイオマスあたりのクロロフィル量)を多変量解析した結果、浮遊性有孔虫における光共生は4つに分類でき、共生関係の強さを指標できる統合パラメータを提案しました。これに従い、浮遊性有孔虫の光共生の全容を見渡せる新たな概念図を提示しました(図5)。

【意義・今後の展望】
本研究では、海洋の低次生態系の一員である浮遊性有孔虫の共生生態について新知見を得ることができました。光共生は宿主にとって新たな栄養機能となり、特に貧栄養海域で適応的な生態戦略であるため、本研究で明らかになった光共生の有無や関係性の強弱は、浮遊性有孔虫の進化過程を考える際に重要な基礎情報となります。また、混合栄養性の一つのタイプである光共生に関する本研究の成果は、様々な栄養獲得戦略をもつプランクトン生態を理解する上での大きな進展となりました。これは、近年注目されている混合栄養生物の、食物網動態や物質循環における寄与についての再評価にもつながると期待されます。

発表雑誌

雑誌名:Biogeosciences, 16, 3377–3396, 2019
論文タイトル:Characterizing photosymbiosis in modern planktonic foraminifera
著者:Haruka Takagi*, Katsunori Kimoto, Tetsuichi Fujiki, Hiroaki Saito, Christiane Schmidt, Michal Kucera, and Kazuyoshi Moriya
DOI番号:https://doi.org/10.5194/bg-16-3377-2019
アブストラクトURL: http://www.biogeosciences.net/16/3377/2019/このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 国際連携研究センター 国際協力分野
高木 悠花
E-mail: htakagiaori.u-tokyo.ac.jp    ※アドレスの「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

注1: 光共生
光合成を行う藻類を細胞内に共生させること。宿主は藻類から光合成産物を栄養として受け取り、また藻類はる宿主の代謝産物を光合成のための栄養として利用できると考えられている。貧栄養な外洋域では、栄養面において重要な適応戦略となる。混合栄養性の一種とも考えられる。
注2: 浮遊性有孔虫
単細胞性の動物プランクトンで、海洋表層に広く生息している。原生生物の一グループであるリザリアに属する。炭酸カルシウムの殻をもち、死後は堆積物中に微化石として保存される。殻に記録される様々な地球化学的指標は古海洋環境の解析に用いられている。
注3: アクティブ蛍光法
人工光源によって藻類細胞内のクロロフィル蛍光を励起させ、その量子収率を測定する手法。光合成の電子伝達系(光化学系II)の電子受容体を酸化状態から還元状態へと変化させ、生体内クロロフィル蛍光の誘導曲線を描く。これにより、光化学系IIの生理状態を表す様々なパラメータを得ることができる。光合成の生理状態を非破壊的に解析できる手法として広く用いられている。
注4: 高速フラッシュ励起蛍光法(FRRf)
アクティブ蛍光法の一種。光化学系IIの励起光源には、高速でフラッシュさせた青色LEDを用いる。検出感度が高く、本研究で対象としているような、小さな浮遊性有孔虫1個体でも測定することができる。

添付資料

図1. 本研究の調査海域。白線は研究航海の航路、白丸はサンプリング地点。(a) 太平洋 (b) 大西洋。表層海水温のデータはWorld Ocean Atlas 2013 (Locarnini et al., 2013)による。

図2. 本研究で用いた浮遊性有孔虫30種。スケールバーは200 μm。

図3. 光共生が確認された19種における体サイズ(殻直径)と個体あたりのクロロフィル濃度(共生藻の量の指標)の関係。このうち16種においては正の相関関係が見られ、個体が大きくなるほどより多くの共生藻を保持していることが示唆される。

図4. 高速フラッシュ励起蛍光法で得られる光合成の生理パラメータの比較。(a) 光合成活性 Fv/Fm(潜在的な光合成能力の指標)。(b) 有効光吸収断面積 σPSII(光の吸収効率の指標)。Fv/Fmはどちらのグループも十分に高い値を示し、宿主の細胞内が光合成にとって好適な環境であることがわかる。またσPSIIではペラゴ藻を持つ種で有意に高い値を示し、このグループの弱光環境への適応が示唆される。

図5. 浮遊性有孔虫における光共生の概念図。右に行くほど、より強い共生関係を築いていると考えられる。各種の色分けは多変量解析によって分けられた4つのグループを示している。本研究で、多くの浮遊性有孔虫種が光共生することが明らかになったが、その程度が種によって様々であることも示唆された。

 

研究トピックス