ムール貝が取り込んだマイクロプラスチック粒子が糞に排出されるまでの時間経過は粒子の大きさによって異なる
2019年9月19日
金城 梓(東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門 特任研究員)
水川 薫子(東京農工大学 農学研究院 物質循環環境科学部門 助教)
高田 秀重(東京農工大学 農学研究院 物質循環環境科学部門 教授)
井上 広滋(東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門 教授)
発表のポイント
・ムール貝(ムラサキイガイ)の飼育海水に直径1µm、10µm、90µmのポリスチレンビーズのいずれを懸濁させても、活発に取り込むことがわかりました。
・取り込まれたビーズが糞に排出されるまでの時間を、取り込んだビーズの90%が排出されるまでの時間(GRT90)を指標に比較すると、粒子が大きいほど長いことがわかりました。この結果は、大きい粒子は排出まで時間がかかり、小さい粒子は素早く排出されることを示しています。
・一方、糞からビーズがまったく検出されなくなるまでの期間を比較すると、粒子が小さいほど長いことがわかりました。この結果は、小さい粒子のほとんどは素早く排出されるものの、ごく少数の粒子が体内に長く残留することを示しています。
・以上のように、大きさの異なる粒子の体内保持パターンは異なるため、もたらす生理的影響も異なると予想されます。今後マイクロプラスチックの影響を解明していく上では、粒子のサイズに注意を払う必要があると考えられます。
研究の内容
背景
近年、マイクロプラスチック(注1)による海洋汚染が世界的な問題となっていますが、その海洋生物への具体的な影響は十分にはわかっていません。マイクロプラスチックの生理的影響を把握するためには、代表的な生物について、一定の条件下でマイクロプラスチック粒子を取り込ませ、その影響を精密に調べる実験的アプローチが効果的です。
本研究で取り上げるムール貝(和名・ムラサキイガイ(注2)、学名・Mytilus galloprovincialis)は、世界各地の沿岸に広く分布する生物です。ムール貝は潮間帯(注3)に付着しているため、マイクロプラスチック粒子が多く漂う表層海水に常にさらされています。水中のプランクトン等を鰓(えら)で濾し取って食べる「濾過食者」であるため、水中のマイクロプラスチックを誤食して体内に取り込みます。加えて、ムール貝は魚や甲殻類などに捕食されることで、沿岸生態系へのマイクロプラスチックの媒介者になっていると考えられます。したがって、ムール貝のマイクロプラスチック粒子の体内への取り込みや排出についての情報は、生理的な影響を予測するうえでも、生態系への影響を予測するうえでも重要です。さらに、ムール貝は世界的に食用にされる水産資源でもあり、マイクロプラスチックを人の体内に持ち込む経路になっている可能性があります。
マイクロプラスチック粒子の取り込み
本研究では、マイクロプラスチックのモデルとして、大きさの異なる3種類(直径1µm、10µm、90µm)の蛍光標識されたポリスチレン(PS、注4)ビーズを用いました。
ビーズの投与は、ムール貝を60mLの人工海水を入れた容器中に1個体ずつ入れておき、そこにいずれかのサイズの蛍光PSビーズを15,000個加えて、エアレーションにより攪拌しながら3時間放置することにより行いました。水中の蛍光ビーズは特定の波長の照明を当てると霧状に見えますが(図1)、どの大きさのビーズの場合でもムール貝は活発に取り込み、3時間後には水中のビーズ粒子はほとんど見えなくなました。さらに、実際に水中に残る粒子を数えることにより、83%以上の粒子が貝に取り込まれたことを確認しました。
ムール貝が主食とする植物プランクトンは、20µm程度の大きさのものが多いと考えられます。しかし、本研究において、通常の餌よりも小さい1µmから通常の餌より大きい90µmの粒子まで活発に取り込んだことより、ムール貝が取り込むマイクロプラスチック粒子のサイズ範囲は広いことがわかりました。
マイクロプラスチック粒子の排出
取り込んだビーズが排出される時間を、糞中に含まれるビーズを数えることにより調べました。糞の回収の方法は、ビーズを取り込んだムール貝を1個体ずつ、図2のようにマジックテープでビーカーの壁に肛門を下に向けて固定し、糞を25mLチューブで受けて、逃さず回収しました。回収は「短期実験」「長期実験」の二つの時間スケジュールで行いました。「短期実験」では、ビーズ投与後7日目まで短い間隔で回収を行い、「長期実験」では2日に1回の回収を40日目まで続けました。
「短期実験」の結果から、取り込んだビーズ数の90%が排出される時間(GRT90)を計算しました。その結果、それぞれのサイズのGRT90は図3のようになり、粒子が大きいほど排出が遅いことがわかりました。
「長期実験」では、糞の中にいつまで蛍光ビーズが検出されるかを調べました(図4)。その結果、90µmビーズは28日目まで、10µmビーズは34日目までしか糞中に検出されなかったのに対し、1µmビーズでは、数はわずかではあるものの、40日後でもまだ糞中にビーズが検出されました。なお、実験終了後、貝の体内をチェックしましたが、ビーズは検出されませんでした。
まとめると、90µm粒子は、排出されるのに時間がかかるが、その後体内に残留しないと考えられます。一方、小さい粒子は、殆どが短時間で排出されるが、一部は体内に残留して少しずつ継続的に糞に排出されると考えられます。
以上の結果は、ムール貝のマイクロプラスチック粒子の排出の経時的パターンが粒子のサイズによって異なることを示しており、大きさの異なる粒子がもたらす生理的影響は異なる可能性が高いと考えられます。例えば、ゆっくりと消化管中を移動する大きな粒子は消化管を物理的に阻害したり、その大きさゆえに、プラスチック粒子にもともと含まれる添加剤(注5)を貝に多く移転させる可能性があります。一方、小さい粒子は、数は少なくとも長く残留するため、継続的にマイクロプラスチックに曝露される環境にいれば、蓄積が進む可能性があります。また、小さい粒子は重量に対する表面積の比率が高いため、大きい粒子と比べて海水中の有機汚染物質をより吸着する可能性があります。今後マイクロプラスチックの影響を解明していく上では、粒子のサイズに十分に注意を払う必要があります。
発表雑誌
Marine Pollution Bulletin 149巻(online先行出版2019年8月)
タイトル:Size-dependent retention of microplastics in the Mediterranean mussel, Mytilus galloprovincialis
著者:Azusa Kinjo, Kaoruko Mizukawa, Hideshige Takada, Koji Inoue
DOI: https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2019.110512
問い合わせ先
東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門分子海洋生物学分野
井上 広滋(いのうえ こうじ)inouek◎aori.u-tokyo.ac.jp ※「◎」は「@」に変換して下さい
用語解説
- 注1 マイクロプラスチック
- 環境中に存在する微小なプラスチック粒子。5mm以下の大きさのものを指すことが多い。工業製品の原料として、あるいはヘルスケア製品などに用いるために微小粒子として製造されたものは一次マイクロプラスチック、大きなプラスチックの紫外線や高温への曝露や物理的な破壊により生じたものは二次マイクロプラスチックとよばれる。マイクロプラスチックの有害性は、プラスチック粒子そのものの物理的な作用(組織を塞ぐ、消化管の流れを阻害するなど)と、もともとプラスチックに含まれる添加剤や、環境中を漂ううちに吸着する汚染物質による化学的な作用が考えられるが、まだわかっている知見は多くない。
- 注2 ムラサキイガイ
- 学名Mytilus galloprovincialis。近縁種のヨーロッパイガイ(Mytilus edulis)とともに、ムール貝の名称で食用に利用される二枚貝。両種は外見で見分けるのは難しく、市場ではほぼ区別されることなく流通している。両種とも、分布域が広く、化学物質や粒子を蓄積しやすい性質を持つため、沿岸汚染の指標としてよく利用される。
- 注3 潮間帯
- 最大満潮時には水没し、最大干潮時には干出する場所を潮間帯と呼ぶ。ムール貝は潮間帯に棲む代表的な生物である。潮間帯に棲む生物は、常に海面が近くにあるため、浮遊性のマイクロプラスチックに曝露されやすいと考えられる。
- 注4 ポリスチレン(PS)
- ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)などと並んで海に浮遊するマイクロプラスチックの代表的な材質。PEやPPとは異なり、PSは海水より若干比重が大きいが、空気を含む発泡スチロールとして使用されると水に浮きやすい。
- 注5 添加剤
- プラスチック製品を製造する際に、劣化を防止する、あるいは望ましい性質を付加する目的で添加される化学物質。
図版
図4 曝露直後から40日後までの糞からのポリスチレンビーズ検出数