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オオメジロザメはなぜ河川でも生息できるのか? その生理学的メカニズムの解明

2019年7月4日

今関 到(研究当時:東京大学大気海洋研究所生理学分野/大学院農学生命科学研究科
  水圏生物科学専攻 博士後期課程)
高木 亙(東京大学大気海洋研究所生理学分野 助教)
兵藤 晋(東京大学大気海洋研究所生理学分野 教授)
沖縄美ら島財団、沖縄美ら海水族館
理化学研究所生命機能科学研究センター

発表のポイント

◆オオメジロザメがなぜ淡水環境でも生息できるのか、飼育実験・網羅的な発現遺伝子解析・組織化学的解析から、腎機能が変化する生理学的メカニズムを明らかにしました。
◆軟骨魚類の多くは海棲種で、サメ類ではほぼ唯一オオメジロザメが河川を遡上します。この「広塩性」を可能にするメカニズムの解明が、今回の研究で大きく進みました。
◆尿素を利用するユニークな海洋環境への適応機構を持ち、高次捕食者である軟骨魚類の生理・生態の理解が進み、海洋生態系の持続的保全に対しての貢献も期待されます。

発表概要

東京大学大気海洋研究所と理化学研究所、沖縄美ら海水族館の研究グループは、サメ類の中でほぼ唯一河川を遡上するオオメジロザメの広塩性のメカニズムを、腎機能に注目して明らかにしました。飼育下のオオメジロザメを淡水環境に移行させ、その時の体液や尿の組成の変化を明らかにするとともに、腎臓において発現が変化する遺伝子を網羅的に解析し、イオン輸送に関わる重要な膜輸送タンパク質(NCC:NaCl共輸送体)を見出しました。NCCは淡水環境でのみ遠位尿細管後部と呼ばれる部位に発現しており、イオンの乏しい淡水環境で体内のイオンを失わないように機能すると考えられます。このような現象は、他のサメ類(ドチザメ)を低塩分環境に移してもおこらなかったことから、軟骨魚類の広塩性を可能にするメカニズムのひとつであると考えられます。本研究の成果は、軟骨魚類の環境適応メカニズムの解明、さらには軟骨魚類の生息環境と進化の関係解明につながるものであり、海洋生態系の持続的保全に対する貢献も期待されます。

発表内容

【研究背景】
サメ・エイ・ギンザメ類からなる軟骨魚類は、私たちヒトを含む硬骨脊椎動物(注1)とは約4億5千万年前に分岐したと考えられており、脊椎動物の進化を理解する上で重要な動物群です。尿素を体内に蓄積して海洋環境に適応することや、体内受精による卵生から胎生までの多様な繁殖戦略など、生理学的にもユニークな特徴を多く持っています。海洋生態系の高次捕食者でもあり、進化・生理・生態など様々な観点から重要であるにもかかわらず、その研究は世界的にも少なく、未だ多くが謎に包まれています。

海水という高い塩分・浸透圧環境に適応するため、軟骨魚類は体内に尿素を蓄積し、脱水から免れるという適応戦略をとります(注2)。軟骨魚類のほとんどは海棲種であり、淡水のみに生息するグループはアマゾン流域に生息する淡水エイ(ポタモトリゴン属)に限られます。また、硬骨魚類には比較的多い、海水と淡水の両方の環境で生息可能な「広塩性種」(注3)も少数です。しかも、この数少ない広塩性軟骨魚は、淡水環境においても高濃度の尿素を体内に保持し続けることが知られており、体内外の浸透圧差は通常の淡水魚の約2倍です(注4)。淡水環境に適応するための生理学的メカニズムは長く興味を持たれてきたものの、全くわかっていませんでした。

本研究で注目したオオメジロザメ(Carcharhinus leucas)は、サメ類に限定するとほぼ唯一の広塩性種です。世界の熱帯・亜熱帯域に広く分布しており、ニカラグア湖やフロリダ、オーストラリア、アフリカなどの多くの河川でオオメジロザメ幼魚の遡上が確認されています。そのため、なぜオオメジロザメが河川で生息できるのか、どのような目的で河川に生息するのか、その生理生態学は長きにわたって多くの研究者の興味を惹きつけてきました。日本国内でも琉球列島などでオオメジロザメが確認されており、私たちも西表島の河川で調査を行っています。

【研究内容】
オオメジロザメの広塩性のメカニズムを明らかにするため、沖縄美ら海水族館で飼育されていたオオメジロザメを海水環境から淡水環境に移行させるという飼育実験を行いました。血液と尿を採取して体内で起こった変化を調べるとともに、発現する遺伝子の変化を網羅的に解析するRNAシーケンス(注5)を理化学研究所と共同で進めました。今回発表するのはその中でも腎臓での結果ですが、NaClの取り込みに関わるNaCl共輸送体(NCC)をはじめとする多数の遺伝子を見出しました。特にNCCは、海水環境に生息しているときにはほとんど存在しないのに対し、淡水環境に移行すると腎臓での発現が約10倍上昇しました。さらには、NCCが発現するのは腎尿細管(注6)の遠位尿細管後部と集合細管前部という限られた領域であることもわかりました。淡水環境では、体内に過剰となる水の排出が腎臓の重要な役割であるため、NCCなどによるNaClと尿素を腎臓で再吸収して、できるだけ希釈した尿を排出することが明らかになりました。このような変化は、淡水環境では生息できないドチザメ(Triakis scyllium)を希釈海水に移行させても起こらなかったことから、オオメジロザメの広塩性を可能にするメカニズムであり、腎尿細管の中でも遠位尿細管後部と集合細管前部がその役割を担っていることを発見しました。

【社会的意義・今後の展望】
海棲種が多数を占める軟骨魚類の中で、なぜオオメジロザメがサメ類の中でほぼ唯一淡水環境に適応できるのか、その他の広塩性のエイ類はどのようなしくみなのか、尿素を持たなくなった淡水エイとはどのように異なるのか、といった比較生理学的研究を進めることで、軟骨魚類の生理学的特徴の理解、軟骨魚類における広塩性種や淡水棲種の進化の理解に繋がることが期待されます。これらの知見は、絶滅危惧種が増加している軟骨魚類の保護、多様性の維持、さらには海洋生態系の持続的保全への対策にも繋がることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Journal of Experimental Biology」(オンライン版:2019年5月28日)
論文タイトル:Comprehensive analysis of genes contributing to euryhalinity in the bull shark, Carcharhinus leucas; Na+-Cl- co-transporter is one of the key renal factors up-regulated in acclimation to low-salinity environment
著者:Itaru Imaseki*, Midori Wakabayashi, Yuichiro Hara, Taro Watanabe, Souichirou Takabe, Keigo Kakumura, Yuki Honda, Keiichi Ueda, Kiyomi Murakumo, Rui Matsumoto, Yosuke Matsumoto, Masaru Nakamura, Wataru Takagi, Shigehiro Kuraku and Susumu Hyodo*
DOI番号:doi:10.1242/jeb.201780
アブストラクトURL:https://jeb.biologists.org/content/222/12/jeb201780.abstractこのリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 生命科学部門生理学分野
兵藤 晋(ひょうどう すすむ)
hyodoaori.u-tokyo.ac.jp     ※「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

注1:硬骨脊椎動物
現生の脊椎動物の中で、硬骨魚類・両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類をまとめた分類群
注2:尿素を利用する適応戦略
海水という高い塩分環境に適応するしくみのひとつで、体内に尿素を蓄積し、体内の浸透圧を高めることで、海水中でも脱水されることがない。硬骨魚類でも、シーラカンスは同様に尿素を利用している。死亡後バクテリアにより尿素が分解されるとアンモニアが発生する。
注3:広塩性
外界の広い範囲の塩分変化に対応して生存できる生物の性質。硬骨魚ではサケやウナギなど川と海を行き来する回遊魚や、河口近くの汽水域に生息する生物などに多い。
注4:体内外の浸透圧差
淡水環境では、体内の方が浸透圧(溶質濃度)が高いため、体表を介して水が体内に流入する。そのため、淡水魚は薄い尿を多量につくることで、体内に過剰となる水を排出する。オオメジロザメは体内に尿素を持ち続けるため、体内外の浸透圧差が通常の淡水魚よりも大きく、より多くの水が流入し、体外に積極的に排出しなければならないと考えられる。
注5:RNAシーケンス
次世代シーケンサーを用いて転写されたRNAを網羅的に配列決定する方法。どのような遺伝子が、どの程度発現しているのか、その全体像を把握することができる。
注6:腎尿細管
脊椎動物の腎臓で尿が作られる時、糸球体で濾過された血漿成分を、尿細管を通る間に必要な成分を吸収して体内に戻すことで、不要な老廃物などを尿として体外に排出できる。オオメジロザメは淡水環境に入ると、注4のとおり薄い尿を多量に作るが、栄養素やイオン・尿素などの有用物質を尿細管で吸収することが重要。一方で、ヒトを含めた陸上の脊椎動物では、水も体内に保持する必要があるため尿細管で吸収する。

添付資料

図1. 研究対象のオオメジロザメ。沖縄本島や西表島などの河川でも生息が確認されている。

図2. 美ら海水族館における淡水移行実験の様子。

図3. 海水飼育個体と淡水飼育個体の腎ネフロンにおけるNaCl共輸送体遺伝子の発現変化。青く染まっているのがNaCl共輸送体mRNAシグナル。

図4. 海水環境から淡水環境に移行した時の腎機能の変化の模式図。

研究トピックス