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熱帯域で見られる巨大雲集団「マッデン・ジュリアン振動 (MJO)」の発生・東進開始メカニズムを提唱: 船舶観測などを通じて明らかになった赤道大気波動の役割

2019年6月6日

東京大学大気海洋研究所
海洋研究開発機構

研究トピックス

発表のポイント

◆ 2017年度冬季にスマトラ島沿岸域で実施された観測キャンペーン “YMC-Sumatra 2017” 期間中に活発化したマッデン・ジュリアン振動 (MJO) を主な対象として、その発生前後の過程を船舶からのラジオゾンデ観測を含むデータから解析した。
◆ 混合ロスビー重力波と呼ばれる赤道に沿って西進する大気波動が、インド洋上の対流圏中層の湿潤化や西インド洋での雲活動との相互作用の強化を通して雲システムの効率的な励起を促進したことで、MJOの発生・東進を駆動した。
◆ 本研究は混合ロスビー重力波を軸としてMJOの発生から東進開始までを初めて統一的に説明し、MJOのメカニズム研究に新たな視点を提供したものであり、MJO活動とそれに伴う地球規模の季節内変動の予測精度向上に寄与することが期待される。

発表者

高須賀 大輔(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 博士課程3年生/海洋研究開発機構 地球環境部門大気海洋相互作用研究プログラム 研究生)
佐藤 正樹(東京大学大気海洋研究所 海洋物理学部門 教授/地球表層圏変動研究センター長)
横井 覚(海洋研究開発機構 地球環境部門大気海洋相互作用研究プログラム 主任研究員)

発表概要

熱帯大気では、東西数千kmにも及ぶ巨大な雲集団が発生してゆっくり東進する「マッデン・ジュリアン振動 (MJO)」と呼ばれる現象がしばしば観測されます。MJOは熱帯気象に季節内スケールの変動をもたらすとともに、台風の発生や中緯度の異常気象の要因となるなど、地球規模の気象・気候変化に大きな影響を与えます。MJOの発生と東進メカニズムを理解することは、MJO活動の予測精度向上のためにも重要な課題です。

今回、東京大学と海洋研究開発機構の研究グループは、2017年冬季に実施された観測キャンペーン “YMC-Sumatra 2017” における研究船「みらい」からの高頻度のラジオゾンデ観測データ等を用い、観測期間中に見られたMJOの発生前後の過程を詳細に解析しました。その結果、混合ロスビー重力波 (注) と呼ばれる4−6日周期の赤道域の大気波動が、インド洋上の対流圏中層での水蒸気の蓄積や西インド洋での雲活動との相互作用の強化を通して雲システムの効率的な励起を促したことで、MJOの発生と東進開始を駆動したことが明らかになりました。

本研究は、MJOと比べて遥かに速く変動する混合ロスビー重力波が、MJOの発生から東進開始を統一的に駆動することを新たに示したものであり、MJOのメカニズムにおいて時間スケールの異なる変動との相互作用の重要性を訴えるものです。本研究の結果は、地球規模で影響をもたらすMJO活動の予測精度の向上に対して重要な情報になることが期待されます。

(注) 混合ロスビー重力波: 赤道域の大気・海洋中を伝播する波動のうちの1つで、典型的には3日から5日周期で流れや圧力の場に変動をもたらす。背景の流れに対して西向きに伝播する場合には、赤道付近を中心とした回転性の循環を伴う水平構造を持つため、赤道をまたぐ南北風の変動が明瞭に観測される。また、個々の波は西進していても、波の活動が活発な領域は東に進むという性質を持つ (東向きの群速度を持つことと対応する)。

発表内容

【研究の背景】
熱帯域では豊富な水蒸気の存在によって活発な雲活動が生じており、中でも「マッデン・ジュリアン振動 (MJO)」と呼ばれる現象は、東西数千kmにも及ぶ巨大な雲集団が主にインド洋で発生して西太平洋に向かって数十日かけて東進するという特徴を持っています。MJOは熱帯の降水活動に直接影響するだけでなく、台風の発生や中緯度の異常気象の要因となることを通して、地球規模の気象・気候変化に大きな影響をもたらします。そのような変動の予測精度向上を目指すためにも、MJOの発生と東進メカニズムを理解することは重要な課題です。近年ではMJOの時間スケールに対応した水蒸気の時空間変動に着目した理解が盛んに進められている一方で、一部の研究ではMJOよりも高周波の赤道域特有の大気波動 (赤道波) の重要性も指摘されており、発見から50年弱が経過した今もなお、MJOがどのように発生して東進に至るかを満足に説明する枠組みは未だ確立されていません。

【研究内容】
本研究では、海洋研究開発機構の主導で2017年11月から翌年1月にかけてスマトラ島沿岸部で実施された観測キャンペーン “YMC-Sumatra 2017”における研究船「みらい」による高頻度のラジオゾンデ観測を含むデータを用い、12月下旬に活発化したMJOの発生・東進開始メカニズムを調べました。

12月5日から約1ヶ月にわたってスマトラ島の西方沖 (南緯4.24度, 東経101.52度) で定点観測していた研究船「みらい」では、MJOの発生前から特に大気中層で混合ロスビー重力波 (MRG) と呼ばれる4−6日周期の赤道波が顕著に観測されました。MJOとの時系列的な関係を見ると、MJOの発生はインド洋を西進していたMRGの伝播速度が西インド洋で大きく低下した後に起きていることがわかります (図1)。MRGの伝播速度の低下は、西インド洋での東西風の収束の影響によってMRGの東西方向の波長が短くなることと対応しており、これが雲活動とMRGに伴う変動との相互作用の強化の引き金となりました。この結果、雲活動による潜熱解放によってMRGに伴う渦運動エネルギーが対流圏中上層で効率的に生成され、それが下層東側に分散してMRGの下層循環を新たに発達させたことで、その循環の一部である北風偏差がMJOの対流を発生させました。また、MRGはインド洋を西進していた際に対流圏中層の湿潤化に寄与しており、インド洋では活発な雲活動の組織化に好都合な状況が形成されていました。これらのプロセスを経て、MRGの下層循環がその群速度 (約5m/s) で東向きに発達を開始し、赤道をまたぐ風が次々に東側で対流を励起したことが、少なくともインド洋におけるMJO対流域の東進を駆動していました (図2)。

上記の結果は、MRGを軸としてMJOの発生から東進開始を統一的に説明するものであり、数十日の時間スケールでゆっくり変動するMJOに対して、それよりも遥かに速い数日周期の変動であるMRGとの相互作用の重要性を示すものです。

【社会的意義・今後の予定】
本研究は、観測データに基づいてMJOが確立する段階である発生・東進開始において重要な力学・水蒸気変動を明らかにしたものであり、地球規模で季節内スケールの変動に影響を及ぼすMJOがいつどのように顕在化するかを精度よく予測する上で重要な情報になることが期待されます。今後は、本研究によって明らかになったプロセスの普遍性の程度について、統計的なデータ解析や数値シミュレーションを駆使してさらなる研究を進める予定です。

発表雑誌

雑誌名:「Geophysical Research Letters」(2019年4月)
論文タイトル:Observational Evidence of Mixed Rossby-Gravity Waves as a Driving Force for the MJO Convective Initiation and Propagation
著者:Daisuke Takasuka*, Masaki Satoh, Satoru Yokoi
DOI番号:10.1029/2019GL083108
アブストラクトURL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2019GL083108このリンクは別ウィンドウで開きます

謝辞:本研究の遂行にあたって有益な議論をいただいた、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の三浦裕亮准教授およびお茶の水女子大学理学部情報科学科の神山翼助教に謝意を表します。また、観測キャンペーン ”YMC-Sumatra 2017” の実施に関わられた全ての方々のご尽力に感謝いたします。

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 高須賀 大輔
E-mail: takasukaaori.u-tokyo.ac.jp       ※「◎」は「@」に変換して下さい

添付資料

図1 横軸に経度、縦軸に時間をとって表した赤道域 (北緯5度から南緯5度の平均) での降水分布 (黒線) とMRGに伴う南北風変動 (カラーシェード)。紫色の破線の楕円で囲まれた範囲でMJOの東進が見られ、12月22日に対応する赤い点線がMJOの発生日にあたる。2つの黒直線 (A, B) の傾きの変化がMRGの伝播速度の変化であり、Bの方が伝播速度が遅いことを表している。(発表論文の図2(a)より)

図2 12月24日から30日までの2日ごとの赤外輝度温度 (カラーシェード; 色が濃いほど対流圏上層に雲があることを示す)、MRGに伴う対流圏下層の風 (矢印) と収束域 (ドット域)、対流圏の水蒸気量 (えんじ色の線; 実線がより湿っている領域) を表した水平図。黒楕円で囲まれた領域付近に見られる赤道をまたぐ風成分をもつ循環が次々に雲活動を励起することで (A, B, C)、MJOとして観測される雲活動全体はインド洋を東進している様子がわかる。(発表論文の図5より)

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