ナビゲーションを飛ばす

教職員募集 所内専用go to english pageJP/EN

facebook_AORI

instaglam_AORI

インドネシアシーラカンス研究最前線

2019年4月26日

猿渡敏郎(東京大学大気海洋研究所、資源生態分野、助教)
岩田雅光(公益財団法人ふくしま海洋科学館、統括学芸員)
籔本美孝(北九州市立自然史・歴史博物館、 名誉館員)

イントロダクション

生きた化石の中でも、シーラカンスほど人を魅了し、広く認識されている生物はいないでしょう。1938年のアフリカ南東部でのシーラカンス(Latimeria chalumnae Smith, 1939)(図1A)の発見は世紀の大発見と言われました。60年後の1997年にはインドネシアシーラカンス(L. menadoensis, Pouyaud et al., 1999)(図1B)が発見され、こちらも大きな話題となりました。以後、現生シーラカンスに関する研究は世界中の研究者により、解剖学、生理学、系統学、分子生物学などの分野で精力的に行われてきました。しかし、現生シーラカンス、特にインドネシアシーラカンスに関してはまだまだ研究すべき点が多く残されています。列記しますと、
1)インドネシアシーラカンスがどのような動物なのか。実は、分類学的にしっかりとした記載論文は出版されていません。そのため、現生シーラカンス二種を外部形態から区別する分類形質は今でも不明です。二種を確実に区別するには、DNA分析に頼るしかありません。これは、現生シーラカンスの保護と保全、そして違法取引を取り締まるうえでも大きな問題です。
2)インドネシアシーラカンスが広い海のなかでどのように暮らしているのかは不明です。生息水深、水温など全くわかっていませんでした。
3)現生シーラカンスが胎生(卵ではなく子どもを産む)であることは知られていましたが、幼魚(子ども)がどこで暮らしているか不明です。

これら三つの研究課題に東京大学大気海洋研究所、アクアマリンふくしま(ふくしま海洋科学館)、北九州市立自然史・歴史博物館、インドネシア科学院がチームを組み、学際的かつ国際的な共同研究として取り組みました。このたびその成果が論文となりましたので、ご紹介いたします。本研究の一部は、東京大学大気海洋研究所共同利用学際連携研究により実施されました。

掲載雑誌

北九州市立自然史・歴史博物館研究報告A類自然史 第17号 シーラカンス特集号
発刊日:平成31年3月31日

研究の紹介

1)現生シーラカンスの分類学的再検討へ向けた第一歩。インドネシアシーラカンス(Latimeria menadoensis)の7個体目の標本に実施した外部形態の精密な計測と既存の知見の集約。

研究内容:アクアマリンふくしま(ふくしま海洋科学館)では、世界で初めてアフリカのシーラカンスとインドネシアシーラカンスの標本を同時に展示しています。現生シーラカンス二種は形態が非常に似ています。二種はDNAの比較により別種とされていますが、外部形態から見分けることは困難です。二種を外部形態から見分ける方法の確立は、現生シーラカンス研究の礎となります。また、時間と経費のかかるDNA分析に頼らずに形態から二種を見分けることができれば、現生シーラカンスの違法商取引を取り締まるうえでも有益です。現生シーラカンス二種を見分ける分類形質を発見し、二種の分類を確立するためにこれら展示中の標本の外部形態の精密な計測を行いました(図2)。計測結果と、インドネシアシーラカンスに関する既往の知見をまとめて報告しました。インドネシアシーラカンスが発見されて20年を経て、ようやく分類学的研究の第一歩を踏み出したこととなります。

論文タイトル:A detailed morphological measurement of the seventh specimen of the Indonesian coelacanth, Latimeria menadoensis, with a compilation of current morphological data of the species
著者: Toshiro Saruwatari(猿渡敏郎)1,2, Masamitsu Iwata(岩田雅光)3, Yoshitaka Yabumoto(籔本美孝)4, Fresley D. Hukom 5, Teguh Persistiwady 6, Yoshitaka Abe(安部義孝)3
1:東京大学大気海洋研究所、2:成蹊学園サステナビリティ教育研究センター、3:アクアマリンふくしま(ふくしま海洋科学館)、4:北九州市立自然史・歴史博物館、5:インドネシア科学院海洋研究所、6:インドネシア科学院ビトゥン海洋生態保全センター。
Bull. Kitakyushu Mus. Nat. Hist. Hum. Hist., Ser. A, 17: 67–80, March 31, 2019
https://www.researchgate.net/publication/332406826_A_detailed_morphological_measurement_of_the_seventh_specimen_of_the_Indonesian_coelacanth_Latimeria_menadoensis_with_a_compilation_of_current_morphological_data_of_the_speciesこのリンクは別ウィンドウで開きます
※オープンアクセス記事です。

2)無人潜水機(ROV)によるインドネシアシーラカンス(Latimeria menadoensis )の生態調査

研究内容:インドネシアシーラカンスの生態を解明するために、2005年からインドネシア周辺海域において無人潜水機(ROV)を用いた調査を行ってきました(図3)。その結果、北スラウェシ州北部とパプア州ビアック島で1,173回の水中調査を行い、インドネシアシーラカンスに30回遭遇し、30個体の観察と撮影に成功しました(図4)。観察結果と映像の解析から、インドネシアシーラカンスの生態に関して、以下のことが新たに判明しました。観察されたインドネシアシーラカンスは最大137cmで、体長2mを超えるアフリカのシーラカンスよりも小型でした。アフリカのシーラカンスは夜行性で日中は洞窟に隠れているとされていますが、インドネシアシーラカンスは洞窟以外でも岩陰や崖の脇などの露出した場所でも観察されました。生息域の水温は12.5–21.5℃と幅が広く、急激な水温の変化が認められました(図5)。しかし、水温変化を避けるために移動することはありませんでした。インドネシアシーラカンスを、生息環境も含めて保護するための基礎的情報を収集し論文としてまとめました。

論文タイトル:Field surveys on the Indonesian coelacanth, Latimeria menadoensis using remotely operated vehicles from 2005 to 2015
著者:Masamitsu Iwata(岩田雅光)1, Yoshitaka Yabumoto(籔本美孝)2, Toshiro Saruwatari(猿渡敏郎)3,4, Shinya Yamauchi(山内信弥)1, Kenichi Fujii(藤井健一)1, Rintaro Ishii(石井輪太郎)1, Toshiaki Mori(森俊彰)1, Fresly D. Hukom 5, Dirhamsyah 5, Teguh Peristiwady 6, Augy Syahailatua 7, Kawilarang W. A. Masengi 8, Ixchel F. Mandagi 8, Fransisco Pangalila 8, and Yoshitaka Abe(安部義孝)1
1:アクアマリンふくしま(ふくしま海洋科学館)、2:北九州市立自然史・歴史博物館、3:東京大学大気海洋研究所、4:成蹊学園サステナビリティ教育研究センター、5:インドネシア科学院海洋研究所、6:インドネシア科学院ビトゥン海洋生態保全センター、7:インドネシア科学院深海研究所、8:サムラトランギ大学水産学部。
Bull. Kitakyushu Mus. Nat. Hist. Hum. Hist., Ser. A, 17: 49–56, March 31, 2019
https://www.researchgate.net/publication/332369305_Field_surveys_on_the_Indonesian_coelacanth_Latimeria_menadoensis_using_remotely_operated_vehicles_from_2005_to_2015このリンクは別ウィンドウで開きます
※オープンアクセス記事です。

3)世界初となるインドネシアシーラカンス(Latimeria menadoensis)の幼魚の生態観察と、シーラカンス(Latimeria chalumnae) 胎子との比較

研究内容:2009年10月6日に、インドネシアのマナド島沖水深164.6mの海域で実施したROVによる調査で、世界で初めてインドネシアシーラカンスの幼魚を発見し、その撮影に成功しました(図6)。得られた映像を解析したところ、幼魚は体長31.5cmで、今までに撮影されたインドネシアシーラカンスの中で最小の個体です。アフリカのシーラカンスの胎子と形態の比較を行い、インドネシアシーラカンスの幼魚の特徴について研究しました。インドネシアシーラカンスは尾鰭がアフリカのシーラカンスに比較して大きいことなど、2種の成長様式が異なる可能性が示されました。

論文タイトル:Observation of the first juvenile Indonesian coelacanth, Latimeria menadoensis from Indonesian waters with comparison to embryos of Latimeria chalumnae
著者:Masamitsu Iwata(岩田雅光)1, Yoshitaka Yabumoto(籔本美孝)2, Toshiro Saruwatari(猿渡敏郎)3,4, Shinya Yamauchi(山内信弥)1, Kenichi Fujii(藤井健一)1, Rintaro Ishii(石井輪太郎)1, Toshiaki Mori(森俊彰)1, Fresly D. Hukom, Dirhamsyah 5, Teguh Peristiwady 6, Augy Syahailatua 7, Kawilarang W.A. Masengi 8, Ixchel F.mandagi 8, Fransisco Pangalila 8, and Yoshitaka Abe(安部義孝)1
*1:アクアマリンふくしま(ふくしま海洋科学館)、2:北九州市立自然史・歴史博物館、3:東京大学大気海洋研究所、4:成蹊学園サステナビリティ教育研究センター、5:インドネシア科学院海洋研究所、6:インドネシア科学院ビトゥン海洋生態保全センター、7:インドネシア科学院深海研究所、8:サムラトランギ大学水産学部。
Bull. Kitakyushu Mus. Nat. Hist. Hum. Hist., Ser. A, 17: 57–65, March 31, 2019
https://www.researchgate.net/publication/332369482_Observation_of_the_first_juvenile_Indonesian_coelacanth_Latimeria_menadoensis_from_Indonesian_waters_with_a_comparison_to_embryos_of_Latimeria_chalumnaeこのリンクは別ウィンドウで開きます
※オープンアクセス記事です。

謝辞:本研究を実施するにあたり、以下の個人、組織の方々に大変お世話になりました。深く感謝いたします。(敬称略)
安部義孝、石井輪太郎、上野輝弥、薦田章、篠原現人、中江雅典、藤井健一、松崎浩二、松永奈々子、蓑島悠介、望月賢二、森俊彰、山内信弥
Zainal Arifin, Irma S. Arlyza, Hansle Batuna, Ineke Batuna, Angelique B. Charlton, Danny Charlton, Dirhamsyah, Fresly D. Hukom, Ixchel F. Mandagi, Djoko H. Kunarso, Jonas Lowerns, Kawilarang W. A. Masengi and family, Mohammad K. Moosa, Fransisco Pangalila and family, Teguh Peristiwady, Sofia Y. Sani, Suharsono, Augy Syahailatua, Indra B. Vimono
インドネシア科学院海洋研究所、インドネシア科学院深海研究所、インドネシア科学院ビトゥン海洋生態保全センター、国立科学博物館、北九州市立自然史・歴史博物館、ふくしま海洋科学館、サムラトランギ大学水産学部、東京大学大気海洋研究所、ふくしま海洋科学館、ミューレックスダイブリゾート

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋生物資源部門 資源生態分野
猿渡 敏郎(さるわたり としろう)
E-mail:tsaruwataori.u-tokyo.ac.jp

アクアマリンふくしま(ふくしま海洋科学館)シーラカンス保全プロジェクト
岩田 雅光
E-mail:greeneyecoelacanthaquamarine.or.jp

北九州市立自然史・歴史博物館
籔本 美孝
E-mail:yabumotokmnh.jp         ※アドレスの「◎」は「@」に変換して下さい

添付資料

図1A. シーラカンス(Latimeria chalumnae, Smith, 1939. )

図1B. インドネシアシーラカンス(Latimeria menadoensis, Pouyaud et al., 1999. ) 7個体目の標本。

図2. インドネシアシーラカンス計測の様子。2017年5月31日 アクアマリンふくしまにて。

図3. ROV調査海域。赤丸が調査海域。

図4. ROVにて撮影されたインドネシアシーラカンス。画像提供:アクアマリンふくしま

図5.ROV調査によるインドネシアシーラカンス発見水域の水深と水温。

図6.ROV調査により世界で初めて撮影されたインドネシアシーラカンスの幼魚。画像提供:アクアマリンふくしま

研究トピックス