ナビゲーションを飛ばす

教職員募集 所内専用go to english pageJP/EN

facebook_AORI

instaglam_AORI

岩手県の河川に回帰するサケの水温順応

2019年4月5日

東京大学 大気海洋研究所
日本大学

発表のポイント

◆岩手県において、秋に北上川を遡上するサケと冬に三陸河川(釜石:甲子川)を遡上するサケの至適水温特性を、代謝速度を計測することによって評価した。遡上時期が早く、遡上距離も長い北上川群は、三陸群に比べて高い水温に順応していた。
◆「スタミナトンネル」と呼ばれる閉鎖型の実験水槽内でサケを半強制的に遊泳させ、水槽内の溶存酸素量の変化を計測することでサケの酸素消費量を計算し、両集団間の代謝特性の違いを明らかにした。
◆同じ岩手県内の河川に戻ってくるサケでも集団間で温度特性が大きく異なる。今後のサケ資源の温暖化に対する応答予測に繋がることが期待される。

発表者

阿部 貴晃(研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻 博士後期課程/東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門行動生態計測分野)
北川 貴士(東京大学大気海洋研究所 附属国際沿岸海洋研究センター 准教授)
佐藤 克文(東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門 教授)
牧口 祐也(日本大学 生物資源科学部 講師)

発表概要

東京大学大気海洋研究所と日本大学のグループは、岩手県において、初秋に北上川を遡上するサケ集団と冬季に三陸河川(釜石:甲子川)を遡上するサケ集団の温度特性を、代謝速度を計測することによって評価した。計測にはスタミナトンネルと呼ばれる閉鎖型の実験水槽を用いた。水槽内でサケを半強制的に遊泳させ、溶存酸素量をモニタリングすることで、両集団間の代謝速度を計測した。その結果、遡上期が早く、河口から産卵場への遡上距離も長い北上川群は、三陸群に比べて高い水温に順応していた。各集団の温度特性はその集団の産卵生態を反映していると考えられた。本種の温度特性は、今後のサケ資源の温暖化に対する応答予測に繋がることが期待される。

発表内容

【研究背景】
岩手県・宮城県の三陸沿岸および流入河川は,本種分布の南限付近に位置する(図1)。南限域は適水温域より高い水温の影響を受けると考えられるため,この水域に回帰する本種集団の温度適応の実態を詳細に調べることは,今後の本種の分布状況を予測するうえで不可欠である。しかし,これまでは北海道集団を扱った生物学的研究が主であったため,北上川を中心とする生態調査は少なかった。三陸沿岸河川および北上川に来遊するサケの遡上時期を調べたところ,三陸群の盛期が11月後半から12月であるのに対し,北上川群の盛期は高水温期の10月上・中旬に迎えることが分かってきた(図2)。北上川のサケは甲子川のサケよりも、高い水温を経験することが推察され、異なる温度特性をもっていることが考えられる。そこで本研究では北上川群のサケと三陸沿岸河川群(釜石市:甲子川)のサケに注目し、代謝速度を指標として両集団の温度特性を調べた。

代謝測定にはスタミナトンネルと呼ばれる閉鎖型の実験水槽を用いて行った(図3)。スタミナトンネルは、水槽内部のプロペラにより水流をおこすことで、魚を半強制的に遊泳させる機器である。水槽内の溶存酸素量をモニタリングすることで魚の酸素消費量を計測することができる。今回の実験では、水槽馴致後に休止代謝速度(RMR)(注1)を計測し、その後、徐々に速度を上昇させ、サケが疲労困憊するまで遊泳させ、その際の消費速度(最大酸素消費速度: MMR)(注2)を計測し、有酸素代謝範囲(AS)(注3)を算出した。

【研究内容】
休止代謝速度は両群とも水温に対して同じ割合で上昇していたが、同じ水温では、北上川の値は甲子川よりも低値を示していた。最大酸素消費速度についても同じ傾向を示した。北上川群のサケの限界水温の平均値は27.8°C だったのに対し、甲子川は24.7°Cであり、北上川のサケは甲子川のサケよりも高水温に耐えうることがわかった(図4)。

有酸素代謝範囲から推定される北上川群の至適水温(注4)は17.6°C、適水温範囲(注5)は12.8~20.8°Cであったのに対して、甲子川のサケの至適水温は14.0°C、適水温範囲は10.7~17.5°Cだった。このことから北上川のサケと甲子川のサケで集団固有の温度特性をもち、北上川のサケは甲子川のサケよりも約3℃高い至適水温と適水温範囲をもっていることが明らかとなった(図5)。また、推定した北上川群の適水温範囲は河川水温によく一致し、海面水温も極端に高い水温帯を除いて概ね一致していた(図5)。甲子川群は、海面水温とはよく一致したものの、河川水温とは一致していなかった。

代謝速度の温度に対する応答性のシフトは、温度馴化によって起こるとされる。温度馴化はパフォーマンスを維持した状態で、高温での代謝速度抑制を可能にするため、エネルギー効率の観点からも大きな利点があるだろう。サケは日本沿岸に到達した頃には摂餌を行わなくなり、体に蓄えたエネルギーのみで、産卵場まで辿り着き繁殖なければならない。つまり、温度馴化よるエネルギーコストの削減は高水温環境下で産卵回遊する北上川のサケにとって重要な役割を担っていると推察された。

【今後の展望・社会的意義】
これまでの生物学的モニタリングの情報をもとに、サケが生まれた川に回帰するのに必要な温度パフォーマンスの値の推定や、サケの繁殖投資量といった生物学的特性をより広い範囲で集団ごとに検討し、本研究の結果と統合していくことで、本種の南限域への水温適応の機構が明らかになるばかりでなく、本種の地球温暖化に対する応答予測とそれに基づいた保全や管理対策に繋がることが期待される。

発表雑誌

雑誌名:「Journal of Experimental Biology」(オンライン版:2019年2月7日)
論文タイトル:Chum salmon migrating upriver adjust to environmental temperatures through metabolic compensation.
著者:Takaaki K. Abe*, Takashi Kitagawa*, Yuya Makiguchi, Katsufumi Sato
DOI番号:10.1242/jeb.186189
アブストラクトURL:http://jeb.biologists.org/content/222/3/jeb186189このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 附属国際沿岸海洋研究センター
北川 貴士(きたがわ たかし)
E-mail:takashikaori.u-tokyo.ac.jp      ※「◎」は「@」に変換して下さい。

用語解説

注1:休止代謝速度(RMR)
魚類など動物の生命維持に必要な最低限の酸素消費速度。
注2:最大酸素消費速度(MMR)
酸素消費速度の最大値。
注3:有酸素代謝範囲(AS)
最大酸素消費速度(MMR)と休止代謝速度(RMR)の差。魚のある温度でのパフォーマンス(温度パフォーマンス)の指標とされ、遊泳や餌の消化、成熟に費やすことができる有酸素代謝の容量と捉えることができる。
注4:至適水温
ASが最大となる水温。
注5:適水温範囲
ASが高い値を示す水温の範囲のことで、本研究では至適水温のときのASを100%としたとき90%以上を示す水温範囲とした。
注6:限界水温(CTmax)
ASは至適水温を上回ると次第に減少していき、最終的にはゼロになる。そのときの水温。

添付資料

図1.調査地図

図2.北上川 (赤) と甲子川 (青) のサケの遡上盛期と環境水温。河川水温のデータはそれぞれの河川の情報を、海面水温は塩釜湾(北上川)と釜石湾(甲子川)の情報をもとに作図した。

図3.スタミナトンネルに収容されたサケ

図4.北上川 (赤) と甲子川 (青) のサケの代謝速度と水温の関係と、限界水温。四角は最大酸素消費速度(MMR)を、三角は休止代謝速度(RMR)を示し、丸は限界水温(CTmax)(注6)を示す。

図5.北上川(上)と甲子川(下)のサケの適水温範囲と環境水温。丸はASを示し、実線はASと水温の関係を推定した曲線を示す。ヒストグラムは河川水温と海面水温の頻度分布を示す。北上川のヒストグラムは10月の河川水温、海面水温(塩釜湾)を、甲子川のヒストグラムは12月の河川水温と海面水温(釜石湾)をもとに作成。

研究トピックス