EarthCARE衛星観測で全球気候モデルの雲を評価するための基盤を開発
2026年3月9日

発表者
中村 雄飛 気候モデリング研究部門 特任研究員
鈴木 健太郎 気候モデリング研究部門 教授
堀江 宏昭 情報通信研究機構 研究マネージャー
成果概要
東京大学大気海洋研究所の中村雄飛研究員と鈴木健太郎教授は情報通信研究機構と共同で、2024年に打ち上げられたEarthCARE衛星(注1)による雲レーダ観測と全球気候モデルを整合的に比較するための「ドップラー速度シミュレータ」を全球気候モデルMIROC(注2)上で開発しました。本研究では、モデルが計算する雲粒の落下速度、雲内の上昇・下降気流をレーダ観測と同じ形式に変換し、その妥当性を地上設置型雲レーダ観測との比較によって検証しました。その結果、雲の成長や融解などの基本構造はモデルで再現される一方、雨粒の落下速度には誤差があることが明らかになりました。本手法は、今後EarthCARE衛星データを用いた本格的なモデル検証に向けた重要な基盤となることが期待されます。
発表内容
研究背景
雲や降水は、地球の放射収支や水循環を左右する重要な要素であり、気候変動の理解や将来予測において欠かせない役割を担っています。近年、雲粒や雨粒の落下を明示的に計算する「予報型降水スキーム」(注3)を備えた気候モデルが発展してきましたが、そこで用いられる雲内部の粒子の動きや上昇流の強さを、全球規模の観測と整合的に比較・検証する手段は十分ではありませんでした。2024年に日欧共同で打ち上げられた地球観測衛星EarthCAREは、雲レーダによるドップラー速度(注4)の観測を全球規模で初めて提供します。この新しい観測量は、雲粒や雨粒の落下と雲内の鉛直運動を直接反映するため、モデル検証に極めて有用です。しかし、モデルが計算する物理量と衛星が観測する信号は性質が異なるため、両者を直接比較することは困難でした。
研究内容
本研究では、全球気候モデルとEarthCARE衛星観測を同一の基準で比較することを目的として、ドップラー速度信号を再現する新しいシミュレータを開発しました。モデルが計算する雲粒・雨粒のサイズ分布や落下速度、ならびに大規模場の鉛直速度や対流雲内部の上昇流の情報を用い、衛星や地上の雲レーダが実際に観測するドップラー速度信号を仮想的に生成します。このシミュレータを、国際的な全球気候モデルの相互比較に広く利用されている観測シミュレータCOSP2(注5)に組み込むことで、モデル出力をEarthCARE雲レーダ観測と直接対応づけることが可能になりました。これにより、モデルが表現する雲内部の粒子の運動や上昇気流の特徴を、EarthCARE観測と統計的に比較・評価できる枠組みが整いました。ドップラー速度は、雲粒や雨粒の落下速度に加え、雲の中の空気の上昇・下降運動を反映する量であり、雲内部の微物理過程と力学を同時に評価できる重要な指標です。本研究では、全球気候モデルが計算する情報を用いて、雲レーダが観測するドップラー速度信号を仮想的に再現する新しいシミュレータを開発しました(図1)。この手法を、全球気候モデルにおいて国際的に広く利用されている観測シミュレータCOSP2に組み込むことで、モデル出力を人工衛星EarthCAREや地上設置型の雲レーダ観測量と同一の形式に変換できるようにしました。これにより、モデルと観測を直接比較し、雲粒や雨粒の鉛直運動の振る舞いや雲内部の上昇流の特徴を統計的に評価することが可能となりました。

図1: 本研究で新たに開発したドップラー速度シミュレータの概念図。全球気候モデルの出力から、雲粒・雨粒の落下速度や雲内部の上昇流を考慮し、人工衛星EarthCARE搭載の雲レーダや地上設置型雲レーダが観測するドップラー速度信号を仮想的に再現するまでの計算の流れを示している。モデルと観測を同一の物差しで比較するための基盤となる手法である(Nakamura et al. 2026より引用)。
開発したシミュレータを用いて気候モデルMIROC6を解析し、情報通信研究機構(東京都小金井市)の地上設置型雲レーダ(HG-SPIDER)観測と比較した結果、氷粒子が成長しながら落下し、融解層付近で雨粒へと変化していくといった雲の基本的な構造は概ね再現されていることが確認されました。一方で、雨粒の落下速度が観測に比べて小さく見積もられているなど、雲微物理過程に関する定量的な誤差も明らかになりました(図2)。

図2: 日本国内の地上設置型雲レーダ(HG-SPIDER)観測と、気候モデルMIROC6にシミュレータを適用した結果との比較例。上段は地上レーダ観測から得られた層状雲におけるレーダ反射強度(左)とドップラー速度(右)の統計分布を示し、氷粒子が成長しながら落下し、融解層付近で雨粒へと変化していく特徴が表れている。下段は同じ指標をモデル側で再現した結果であり、雲の成長や融解といった基本構造は捉えられている一方、雨粒の落下速度が観測に比べて小さく見積もられていることが分かる(Nakamura et al. 2026より引用)。
社会的意義・今後の展望
本研究の最大の特徴は、EarthCARE衛星が新たに提供するドップラー速度観測と気候モデルを整合的に比較できる評価基盤を構築した点にあります。今後は、EarthCARE衛星による全球観測データを用いることで、地域差や雲の種類ごとのモデル特性を体系的に検証することが可能になります。特に、ドップラー速度に含まれる情報である雲粒・雨粒の落下速度や雲内部の上昇流速度は全球気候モデルの最も不確実な要素の一つであるため、これらを観測データに基づいて検証・拘束することを可能にする本研究開発は気候モデリングを質的に進展させ得るものです。本研究は、このような全球気候モデルにおける雲・降水過程の改良を通じて、将来の気候変動予測の信頼性向上や極端気象の理解深化に貢献することが期待されます。
発表雑誌
雑誌名:「Journal of Advances in Modeling Earth Systems」2026年1月29日
論文タイトル:Incorporating W-band Doppler velocity signal simulator into COSP2: Model evaluation against ground-based radar measurement
著者:Yuhi Nakamura*, Kentaroh Suzuki, Hiroaki Horie
DOI番号:10.1029/2025MS004958
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1029/2025MS004958![]()
用語解説
- 注1 EarthCARE衛星
- 雲・エアロゾル・放射エネルギーの同時計測による気候変動予測の精度向上を目的として、日欧が共同で進めてきた地球観測衛星ミッション。搭載された雲レーダはドップラー速度計測機能を初めて有し、雲粒の鉛直運動を初めて宇宙から計測することを可能とした。
- 注2 全球気候モデルMIROC
- 東京大学・国立環境研究所・海洋開発研究機構が共同で開発した数値気候モデルであり、日本の気候研究コミュニティにおいて気候変動予測の研究基盤として継続的に開発・活用されてきた。現在の最新公式版はVersion 6となるMIROC6である。
- 注3 予報型降水スキーム
- 従来の全球気候モデルが簡略化して扱っていた降水粒子を精緻化して取り扱う計算手法であり、雨や雪の粒子が大気中を徐々に落下しながら放射エネルギーと相互作用する過程を陽に表現する。MIROC6モデルに試験的に導入されている。
- 注4 ドップラー速度
- ドップラー効果を利用して計測される物体の移動速度。本研究の対象であるEarthCARE衛星搭載・地上設置型雲レーダからは雲粒の落下速度および雲内の鉛直運動を反映した鉛直速度がドップラー速度として計測される。
- 注5 COSP2
- 全球気候モデルの計算データから種々の衛星観測量を生成するためのパッケージ・ツールであり、雲フィードバックに関するモデル相互比較プロジェクトの枠組みで開発された。全球気候モデルを衛星観測と整合的に比較するために広く用いられている。
問い合わせ先
鈴木 健太郎(すずき けんたろう)
東京大学大気海洋研究所 気候モデリング研究部門 教授
ksuzuki◎aori.u-tokyo.ac.jp ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください
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