ワンクリックで海洋生物の分布がわかるeDNAmapを開発
2025年11月21日

発表者
井上 潤 海洋生命科学部門 准教授
平井 惇也 海洋生態系科学部門 講師
伊藤 幸彦 海洋生物資源部門 教授
兵藤 晋 海洋生命科学部門 教授
成果概要
海のどこにどのような生物がいるのか、実はほとんどわかっていません。従来の生物を捕獲する方法では解明できなかったこの問題に対して、近年急速に発達した環境DNA(注1)解析が有効です。しかし、取得した環境DNAデータがあっても、生物の分布を簡単に表示するプラットフォームは存在しませんでした。そこで、東京大学大気海洋研究所の井上潤准教授らは、インターネットを介して魚類を中心とした海洋生物の分布を即座に表示するデータベースeDNAmap(https://github.com/jun-inoue/eDNAmap
)を開発しました。eDNAmapは、ユーザーがアップロードした位置情報と種リスト(注2)に基づいて種の分布を明示するだけでなく、生き物が越えることが難しいとされる生物境界の検証などに利用できます。
発表内容
研究の背景
環境DNAメタバーコーディング法(注3)が、生物相(注4)の推定に利用されています。バケツ一杯の水から調査海域における種リストが作成できるこの手法は急速に広まり、近年は外洋にまで適用されています。大量に蓄積された環境DNAデータを解析すれば、様々な海洋生物の分布を効率よく明らかにできるはずです。しかし、膨大な種リストから生物の分布を地図上に簡単に明示するウェブ・プラットフォームがないことが、大きな問題でした。
研究内容
我々は、環境DNAの手法によって日本周辺海域で得られた真骨魚類の種リストをデータベース化しました。そして、分布と多様性の関係を示す標準的な解析を可能にしたeDNAmapを作成し、インターネットから公開しました。
分布を示す
トップページから種名と海域を選んでSUBMITボタンを押すと、選んだ種が検出された場所が赤色で表示されます(図1)。ここでは例として、カツオの分布を示しています。

図1.eDNAmapは種の分布を表示する。
生物境界を検証する
種リストを比較して、生物相が大きく異なる生物境界を検証できます。大海研・白鳳丸KH20-9航海で得た魚類の種リストをアップロードして解析したところ、トカラ海峡周辺域にあるとされてきた生物境界が、実際に存在することが示唆されました(図2)。

図2.種リストをアップロードして、生物相に基づいて生物境界も検証できる。右図は、非計量多次元尺度法 (nMDS)(注5)のグラフ。
黄色いプロット:大隅線よりも北の採水地点。
赤いプロット:大隅線よりも南の採水地点。
社会的意義
eDNAmapは海洋生物の分布をワンクリックで表示する、世界で初めてのツールです。データ解析に慣れない人々にも、生物の分布や多様性の解析に触れる機会を提供します。対象生物や地域を限定しないため、世界の海域、さらには陸上で得られた様々な種リストを解析できます。
本研究は、大気海洋研究所のオープンサイエンス推進室(https://opensci.aori.u-tokyo.ac.jp
)およびオーシャンDNAプロジェクトの支援を受けました。
発表雑誌
雑誌名:Molecular Ecology Resources(2025年11月5日)
論文タイトル:eDNAmap: A Metabarcoding Web Tool for Comparing Marine Biodiversity, with Special Reference to Teleost Fish
著者:Jun Inoue*, Junya Hirai, Kiriko Ikeba, Zeshu Yu, Sk Istiaque Ahmed, Zhen Lin, Yuan Lin, Marty Kwok-Shing Wong, Chuya Shinzato, Sachihiko Itoh, Shin-ichi Ito, Hiroaki Saito, Susumu Hyodo
DOI番号:10.1111/1755-0998.70066
アブストラクトURL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1755-0998.70066![]()
用語解説
- 注1 環境DNA
- 生物が水中や土壌、大気中に放出する DNA (粘液、糞など)。
- 注2 種リスト
- 環境DNA解析などにより、特定の場所や環境で検出された生物種の一覧。
- 注3 環境DNAメタバーコーディング法
- 環境DNAを用いて、一括して多数の生物種を同定する手法。特定の遺伝子領域を増幅・解析することで、生物群集の構成を推定できる。
- 注4 生物相
- 特定の地域や時代に生息する生き物の集まり。
- 注5 非計量多次元尺度法 (nMDS)
- 種リストの類似度に基づき、種組成が似た地点を近く、異なる地点を遠くに配置する手法。
問い合わせ先
井上 潤(いのうえ じゅん)
海洋生命科学部門 准教授
jinoue◎g.ecc.u-tokyo.ac.jp ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください。
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