大分県姫島と鹿児島県昭和硫黄島の浅海CO2噴出域の生物地球化学特性が明らかに
2025年11月12日

発表者
藤井 賢彦 東京大学大気海洋研究所大槌沿岸センター 教授
小埜 恒夫 水産研究・教育機構水産資源研究所 主幹研究員
山田 誠 龍谷大学経済学部 准教授
大植 学 筑波大学下田臨海実験センター 技術職員
伊藤 武留 筑波大学下田臨海実験センター 大学院生
楊 人翰 国立中山大学海洋事務研究所 博士研究員
堀内 悠 おおいた姫島ジオパーク推進協議会 専門員
大岩根 尚 hikari works合同会社 代表
脇田 昌英 海洋研究開発機構むつ研究所 副主任研究員
和田 茂樹 広島大学瀬戸内CN国際共同研究センター 教授
成果概要
東京大学大気海洋研究所の藤井賢彦教授らの研究グループは、大分県姫島及び鹿児島県昭和硫黄島周辺の海底からCO2が噴出している海域を海洋学の観点から初めて調査しました。その結果、CO2噴出域周辺では海水のCO2濃度が高く、通常海域とは大きく異なる生態系が形成されており、通常海域と比べて生物多様性が減少していることが分かりました。CO2噴出域は人間活動に伴って排出されるCO2がこのまま増え続けた場合の「将来の海」と見なすことができます。よって、CO2噴出域の海洋環境や生態系を詳しく調べることで、海の生態系や生物多様性を保全するために、人為起源CO2の排出を今後どの程度に留める必要があるかといった具体的な知見を得られると期待されます。
発表内容
研究背景
海底から火山性のガスが噴出している海域が日本の周辺でも何カ所か報告されています。これまでの火山性ガスの噴出に関する研究の多くは、比較的アクセスが容易で人間社会にとって重要な沿岸の浅海域を対象に、主に火山学や地球化学の観点から行われてきました。浅海域のCO2噴出域は、人間活動に伴うCO2の排出量が大幅に削減されない場合の、海洋酸性化(注1)が進行した将来の海洋環境を先取りしているとみなすことができます。
研究内容
本研究では、日本近海の2つの浅海域CO2噴出域(大分県姫島及び鹿児島県昭和硫黄島)を海洋学の観点から初めて調査しました。その結果、いずれのCO2噴出域周辺においても、海水のCO2濃度が高く、pHが低いことが分かりました(図1、図2)。これは、人為的なCO2排出量が大幅に削減されない限り、今世紀末までに生じると予測される海洋環境です。また、CO2噴出域周辺における生物相の遷移と生物多様性の減少も確認されました(図1)。つまり、海洋生物保全の観点から、人為的なCO2の大幅な削減による海洋酸性化の緩和が不可欠であることを示唆しています。このように、浅海CO2噴出域は、海洋酸性化が海の生態系や生物多様性に及ぼす影響を実証する天然の実験場として機能すると考えられます。

図1.2024年8月20日に姫島で観測された、(a) pHと大気CO2濃度(xCO2)(ppm) とCO2噴出域からの距離 (m) の関係、及び (b) 大型海藻の一種であるホンダワラ科4種の被覆率の組成比 (%)とCO2噴出域からの距離 (m) の関係。IPCC(注2)で採用されたRCP(注3)8.5シナリオ下で2040年、2050年、2060年に到達すると予測されるxCO2の水準(Meinshausen et al. 2011;Yamamoto-Kawai et al. 2015)も示す。

図2.昭和硫黄島沿岸水深4mにおけるpHの値の分布。pHの値とIPCC RCP 8.5シナリオ下での2040年、2060年、2090年、2100年水準のCO2濃度との対比も示す。
社会的意義・今後の展望
本研究で調査した浅海域CO2噴出域はいずれもジオパークに位置しており、これらの浅海CO2噴出域をスタディツアーやエコツーリズムのフィールドツアーの題材として活用することは、海洋酸性化や気候変動が海洋生物に及ぼす影響に関する認識の向上に貢献すると期待されます。
(Progress in Earth and Planetary Science誌日本語要旨を改変の上で引用;https://progearthplanetsci.org/published/article_737/
)
発表雑誌
雑誌名:Progress in Earth and Planetary Science, 2025, 12, 101
論文タイトル:Biogeochemical properties of shall-water CO2 seeps on Himeshima and Showa Iwojima Island, Japan
著者:Masahiko Fujii*, Tsuneo Ono, Makoto Yamada, Manabu Ooue, Takeru Ito, Jen-Han Yang, Yu Horiuchi, Hisashi Oiwane, Masahide Wakita, and Shigeki Wada
DOI番号:10.1186/s40645-025-00772-w
アブストラクトURL:
https://progearthplanetsci.springeropen.com/articles/10.1186/s40645-025-00772-w![]()
https://progearthplanetsci.org/published/article_737/![]()
用語解説
- 注1 海洋酸性化
- 大気中に放出されたCO2を海洋が吸収することで、海水中の水素イオン濃度が上昇し、弱アルカリ性の海水の性質が中性あるいは酸性の方向に変化する現象。人間活動に伴って排出されるCO2が主な原因である。
- 注2 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change; 気候変動に関する政府間パネル)
- 国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により1988年に設立された政府間組織で、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を付与することを目的としている。
- 注3 RCP(Representative Concentration Pathways; 代表濃度経路シナリオ)
- IPCCで採用された、将来のCO2を含む温室効果ガスの排出シナリオ。将来の人間活動の違いを想定した4つのシナリオがあり、RCP 8.5シナリオは従来の社会や経済の枠組みの延長線上での経済成長を想定した、温室効果ガスの排出が最も多いシナリオである。
問い合わせ先
藤井 賢彦(ふじい まさひこ)
大気海洋研究所 大槌沿岸センター 教授
mfujii◎aori.u-tokyo.ac.jp ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください
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