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南海トラフにおけるスロー地震活動を規定するプレート境界断層の物性と地質構造の解明

2025年9月3日

PDFファイル

発表者

于 凡  海洋底科学部門 / 大学院理学系研究科 博士課程
朴 進午 海洋底科学部門 准教授

成果概要

南海トラフでは、プレート境界断層に沿って発生するスロー地震(注1)が、巨大地震の準備過程や発生と密接に関連すると考えられている。東京大学大気海洋研究所の于凡大学院生と朴進午准教授らの研究グループは、スロー地震活動の静穏域にあたる紀伊半島潮岬沖の沈み込み帯で取得されたマルチチャンネル反射法(MCS)探査(注2)データを解析し、プレート境界断層の物性と地質構造を明らかにした。その結果、プレート境界断層における高い間隙水圧(注3)と付加体の層厚が、スロー地震活動を規定する重要因子であることを突き止めた。今後、南海トラフ全域での間隙水圧や地質構造の調査を進めることで、巨大地震発生予測モデルの高度化に寄与することが期待される。

発表内容

研究の背景
西南日本の南海トラフでは、歴史的に巨大地震が繰り返し発生しており、近未来の発生による甚大な津波災害が懸念されている。近年、プレート境界で発生するスロー地震が巨大地震の準備過程や発生と深く関連すると考えられ、その活動様式や発生原因の解明が進められている。南海トラフにおけるスロー地震は、プレート間固着の強い領域の周辺に局在する傾向があり、発生にはプレート境界断層の間隙水圧上昇が関与していると推測されてきた。

これまでの調査では、南海トラフに沈み込む深海堆積物のうち、砂層に富むタービダイト(注4)がスロー地震活動の静穏域(=プレート間固着の強い領域)に集中して分布していることが明らかとなっている(Park et al., 2021)。透水性に優れたタービダイトが間隙水圧を低下させ、断層面の剪断強度を高めることで、スロー地震活動が静穏化する可能性が示唆されてきた。しかし、プレート境界断層の間隙水圧に関する定量的知見は依然として限られており、スロー地震を規定する要因の詳細は未解明のままであった。

研究内容
本研究では、スロー地震活動の静穏域にあたる紀伊半島潮岬沖と、活動が活発な四国室戸岬沖(=プレート間固着の弱い領域)の沈み込み帯を比較することで、発生要因を探った。海洋研究開発機構が過去に紀伊半島潮岬沖の南海トラフ沈み込み帯で取得したMCSデータに対し、重合前深度マイグレーション(PSDM)処理を実施し、地下地質構造、特にプレート境界断層の詳細を高精度にイメージングした(図1a)。その結果、紀伊半島沖ではタービダイト層がプレート境界断層に沿って沈み込んでいることが確認された。

図1. 紀伊半島潮岬沖の南海トラフ沈み込み帯におけるMCS測線KI01の海底地下構造およびプレート境界断層の物性。(a) 海溝軸より陸側距離0~30kmにおける付加体プリズムを示すPSDM断面図及びプレート境界断層(Decollement)の解釈。0~30kmのプレート境界断層下の物性値を推定した。(b) 計算された間隙水圧(緑)、全応力(赤)、静水圧(紫)。(c) 計算された有効応力、予想有効応力およびせん断応力。

さらに、PSDMから得られたP波速度を用い、経験式(Hoffman and Tobin, 2004)と深海掘削データを組み合わせて沈み込む堆積物の間隙率を推定し、有効応力や間隙水圧を算出した(図1b, c)。解析の結果、海溝軸から陸側距離30kmの範囲におけるプレート境界断層の応力状態を定量化することに成功した。0~13km(Zone 1)ではタービダイトによる高い排水性により間隙水圧比(注5)は0.55~0.75にとどまった。一方、13~30km(Zone 2)ではタービダイトが減少し、泥岩が卓越して透水率が低下し、流体が閉じ込められるため間隙水圧が上昇し、有効応力比(注6)は0.3~0.4と低い値にとどまった。

また、泥質堆積物のみが沈み込んでいる四国室戸岬沖との比較により、紀伊半島潮岬沖では間隙水圧比の差は小さいものの、付加体層厚が約2倍に達することが判明した(図2a, b)。これにより、プレート境界断層の高い間隙水圧に加え、付加体層厚が有効応力やせん断応力を制御し、断層固着やスロー地震発生に大きく影響することが明らかとなった(図2c, d)。

図2. (a) 本研究で処理した測線KI01のP波速度モデルとPSDM断面図。(b) 四国室戸岬沖の測線215におけるP波速度モデルとPSDM断面図(Tobin and Saffer, 2009を改変)。紀伊半島潮岬沖の付加体の層厚は、20km地点において四国室戸岬沖の約2倍以上である。(c)スロー地震の震央位置の空間分布。三角印は推定されたスロー地震の震央を示す(Nakano et al., 2018; Takemura, Baba, et al., 2022; Takemura, Matsuzawa, et al., 2019; Takemura, Noda, et al., 2019; Takemura, Obara, et al., 2022)。(d) 測線KI01および測線215において計算されたせん断応力。

社会的意義・今後の展開
本研究は、南海トラフ巨大地震の発生メカニズムを理解する上で新たな視点を提供する。従来、スロー地震活動の主要因は高間隙水圧と考えられていたが、本研究は付加体層厚の影響が同様に重要である可能性を示した。これは、地震活動を規定する要素が間隙水圧だけでなく、地質構造そのものに大きく依存することを意味している。今後、本研究手法を南海トラフ全域のMCS測線に適用し、海底地質構造や間隙水圧の分布を精緻に把握することで、巨大地震や津波の防災・減災に資する知見を提供できると期待される。

発表雑誌

雑誌名:Journal of Geophysical Research: Solid Earth(2025年9月3日)
論文タイトル:Pre-Stack Depth Imaging and Pore-Fluid Pressure Estimation Along the Nankai Trough Subduction Zone Off the Kii Peninsula, SW Japan
著者:Fan Yu, Ehsan Jamali Hondori, Jin-Oh Park
DOI番号:10.1029/2024JB029780
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1029/2024JB029780このリンクは別ウィンドウで開きます

用語解説

注1 スロー地震
低周波微動や超低周波地震などに代表される、通常の地震に比べて断層がゆっくりと滑る現象で、周期の長いわずかな地震波を放出する特徴がある。
注2 マルチチャンネル反射法(MCS)探査
海水面の近くで人工的に放出させた振動(弾性波)が下方に進行し、速度と密度が変化する海底下地層境界面で反射して、再び海水面へ戻ってきた反射波を受振器(ハイドロフォン)で捉え、 収録された記録を処理・解析することにより、海底下地下の構造と物性を解明する手法である。
注3 間隙水圧
堆積物や岩石中の空隙を埋める水(間隙水)による圧力を指す。
注4 タービダイト
陸源性の砂や泥などが海水と混ざった混濁流によって深海底に運ばれた堆積物を指す。
注5 間隙水圧比(Pore-fluid pressure ratio)
岩石にかかる全圧に対して、間隙水が支えている割合を示す指標である。間隙水圧比が高いほど、プレート境界断層下にトラップされた間隙水が多いことを意味している。
注6 有効応力比(Effective stress ratio)
静水圧状態で予想される有効応力に対して実際に計算された有効応力の比を指す。有効応力比が高いほど、プレート境界断層の固着は強い。有効応力比が低いほど、プレート境界断層の固着は弱く、滑りやすい。

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋底科学部門
博士課程 于 凡(ゆ はん)
yufan1168g.ecc.u-tokyo.ac.jp

東京大学大気海洋研究所 海洋底科学部門
准教授 朴 進午(ぱく じんお)
joparkaori.u-tokyo.ac.jp

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